第10話:隠忍自重
アバコーン王国暦287年2月25日ガーバー子爵領アームストン城・美咲視点
「エマお嬢様、ガーバー子爵閣下から新しい魔術の本が届きました。
このペースではとても写本する事ができません。
もう少しゆっくりと読んでくださいませんか?」
「1度読めばいいという物ではありませんよ、アビゲイル。
何度も読んで、しっかりと理解しなければいけません。
時間が経った影響か、それともたくさん食べてたくさん飲んで鍛錬した影響か、あるいは魔術書に書いてある呪文を唱えた影響かは分かりませんが、記憶が戻ってきているのですから、全て同じように繰り返すべきでしょう?」
「それはその通りです、エマお嬢様。
ですがこれ以上ガーバー子爵閣下に借りを作るのは……」
「お爺様と王家の戦いが膠着状態になっているのは理解しています。
ブラウン侯爵家と王家に対するガーバー子爵の影響力が強まっているのも、十分理解していますよ」
「エマお嬢様はそれでもいいと考えられているのですか?」
「それでもとは、ガーバー子爵との結婚ですか?」
「ガーバー子爵とは爵位もお年も離れておられます。
エマお嬢様ならば、もっと高位の若い方を婿に迎えられます」
「どれほど爵位が高く若くてハンサムでも、中身が悪ければ何の意味もありません。
わたくしが王太子や王に殺されかけた事を忘れたのですか?」
「いえ、決して忘れられるような事ではありません!」
「アビゲイル達は、わたくしがブラウン侯爵に連なる誰かを婿入りさせる事を望んでいるのでしょうが、この状態では難しいです。
わたくしがこの城を出たとたん、裏切ったと判断したガーバー子爵が態度を豹変させるかもしれません。
ガーバー子爵が婿入りを諦めてくれたとしても、ブラウン侯爵領にたどり着くまでに、敵に捕まって殺される可能性が高いのです。
ただ殺されるだけでなく、公爵令嬢の誇りまで穢されるかもしれないのですよ。
それでもいいと言うのですか?」
「いえ、とてもそのような事は言えません」
「だったら、今はガーバー子爵の好意にすがるしかありません。
すがると決めたのなら、骨の髄まですがり尽くすのです。
手に入れられるモノは全て手に入れるのです。
武器も兵糧も兵力もです。
魔術書もその1つに過ぎないのですよ」
「承りました。
私達もそのつもりでガーバー子爵閣下と交渉させていただきます」
ガーバー子爵は王家の目を欺くために、武器や兵糧を準備しました。
貴族家の義務である軍役を果たしたうえで、それ以上は商売として莫大な利益を上げています。
その上で、本来の味方であるブラウン侯爵家にも武器と兵糧を売りつけています。
王国の商会が王家に命令でブラウン侯爵家との商売を禁止している現状では、本来なら言い値で売買できるので、莫大な利益を上げられるはずでした。
ですが、エマがハミルトン公爵家の商会を動かしているので、ブラウン侯爵家は相場に近い値段で購入できています。
その影響でガーバー子爵もブラウン侯爵家に法外な値段はつけられないでいます。
ハミルトン公爵家の商会があげている利益と同じ割合でしか利があげられません。
普通なら実の祖父で命の恩人でもあるブラウン侯爵には、損をしてでも武器や兵糧を送るべきなのですが、エマは違います。
この状況でも、恨まれない範囲で堅実に利益を上げています。
エマは堅実にもうけた利益で、ハミルトン公爵家に残る騎士や兵士を引き抜いて、商会の傭兵にしています。
この状況で、本当の味方と敵に寝返る裏切者を選別しているのです。
ぬるま湯のように平和な日本で生まれ育った私にはとてもできない事です。
(ミサキ、ぼやぼやしないでしっかりと聞きなさい!
表だって動けない間に、魔力を蓄え魔術を極め、この国の歴史と現状を頭に叩き込んでもらいますからね!)
(あまり厳しい事は言わないでよ、エマ。
日中の鍛錬と魔術書の勉強で、もうフラフラなのよ)
(この程度の事で何を言っていますの!
わたくしが受けてきた王妃になる勉強に比べれば、大したことはありませんわ!)
(そこまで言うのなら、私が寝ている間は自由にしていいわよ。
寝ている間なら、身体を動かせるのじゃない?
本当にもう限界なの、寝かせて、お願い)
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