第2話:プロローグ2・修道院
アバコーン王国暦287年2月4日王都修道院・エマ視点
「エマお嬢様!
ジェームズが公爵閣下と奥様を裏切ったそうでございます!」
「やはりそう来ましたか。
それで父上と母上はどうなされたのですか?」
「……おいたわしい事でございますが、恥かし目を受けないように、自害された上で部屋に火を放たれたそうでございます」
「それで、ジェームズはどうしているの?
まさか、庶子であるジェームズが公爵家を継いだわけではないわよね?」
「それが……国王陛下に忠誠を誓い、叛乱を起こした悪逆非道な公爵閣下を討った手柄により、特例でハミルトン公爵家を継ぐことを許されたそうでございます」
「なんでもありね」
「はい、王家とジェームズが教団に莫大な献金をしたと噂されています」
父上と母上は上手く逃げられたでしょうか?
ジェームズが裏切る可能性も考えていました。
万が一の時には、影武者を使って抜け道から逃げる事になっていました。
ですが今回は、父上もわたくしも国王と宰相に出し抜かれてしまいました。
商会の情報網を潜り抜けて、父上とわたくしを罠に嵌めたのです。
影武者も抜け道も見抜かれていた可能性があります。
「エマお嬢様?
大丈夫でございますか?」
「ええ、大丈夫よ、アビゲイル。
商会はブラウン侯爵家に逃げる事になっていたはずですが、お爺様は何と言わているのかしら?」
ブラウン侯爵家は母上の実家です。
王国北方に広大な領地と精強な騎士団と傭兵団を擁しています。
お爺様の力がなければ、わたくしはとうに殺されていた事でしょう。
「ブラウン侯爵閣下は、ハミルトン公爵家とお嬢様に対する再調査を強硬に申し入れておられますが、王家も教団もあれこれと言い訳をして、全く取り上げてくれないそうです」
「それはそうでしょうね。
お爺様の監視を逃れて罪を捏造する事など不可能ですからね」
レオンお爺様は今年60歳になられましたが、まだまだ現役の戦士です。
若い頃から傭兵として戦い続けられた歴戦の猛者です。
騎士のような制限のある戦い方などされません。
勝つためなら、手段を選ばれない方だと聞いています。
「はい、これ以上王家と教団が逃げるのならば、独自に神明裁判を行って、エマお嬢様も無罪を証明し、王太子の首を貰い受けると断言されたそうです」
「それは、随分と思い切った事を口にされましたね」
これはかなり問題がありますね。
神明裁判で私の無罪が証明されたら、いくら腐り果てた王家と教団とは言え、王太子を裁かない訳にはいきません。
父上と母上を殺してしまっている以上、国王が頭を下げる程度ではすみません。
軽くても王太子は王族から追放したうえで流刑でしょう。
奸臣佞臣悪臣に至っては、全員斬首になります。
かといって、王国最強と言われるブラウン侯爵家の騎士団と傭兵団を相手に正面から戦っても、全く勝ち目がありません。
王家と教団が生き残る方法は、神明裁判に応じるわたくしを殺す事だけです。
「王家と教団がわたくしを殺そうとする事でしょう。
お爺様はそれを防げるのかしら?」
「お任せくださいませ、エマお嬢様。
私達も歴戦の修道院騎士でございます。
正面から襲われても、毒殺を図られても、必ず防いでみせます」
お爺様が王家と教団に強硬に申し入れてつけてくださったアビゲイル達。
歴戦の戦士であるだけでなく、神に命を捧げた修道女でもあります。
彼女達が私の安全を確保してくれています。
いえ、側近くで護ってくれている彼女達だけではありません。
男なので修道院の中には入れませんが、修道院の周囲にはブラウン侯爵家の騎士と傭兵が常駐してくれています。
「そうね、アビゲイル達が側にいてくれているのだから、大丈夫よね」
完全に安全とは思えないけれど、それは流石に口にはできないわね。
「ハミルトン公爵家の商会は上手くにブラウン侯爵領に逃げ込めたのかしら?」
父上と母上が上手く逃げ延びたとしたら、商会を通じて領地から離れているはず。
「全ての商会が逃げ延びたかどうかは私達も聞いておりません。
しかしながら、大半の商会はハミルトン公爵領から逃げたと聞いています」
ハミルトン公爵家の力は、その豊かで広大な領地だけではありません。
その豊かさから常設させられる騎士団だけでもありません。
王家王国に知らせていない、莫大な利益を生む商会こそがハミルトン公爵の本当の力なのです。
「商会の中には、ハミルトン公爵家の家宝を持ち出す者、ハミルトン公爵領の武器や兵糧を持ちだす者など、多くの役目を持つ者がいましたが、その者たちが上手く逃げ延びたか分かりますか?」
「申し訳ありません。
細々とした報告は受けておりません。
次に連絡を取る時に詳しく質問しておきます」
「お願いしますね」
次の連絡まで生きていられるでしょうか?
ハリー王とガブリエル宰相は私達が思っていた以上に謀才があるようです。
最初は王家とハミルトン公爵家を融合させて、王家の支配体制を盤石にしようとしているのだと思っていました。
ですが、そうではなかったようです。
最初から考えていたかどうかは分かりませんが、ハミルトン公爵家を潰してその力を奪う事も考えていたようです。
いえ、ブラウン侯爵家も潰す気があったのかもしれません。
そうでなければ、あの愚かなジェームズに公爵家を継がせる訳がありません。
ブラウン侯爵家を潰すまでは、他の貴族家を騙しておく気なのでしょう。
王家は貴族家を潰したいのではなく、王家に忠誠を尽くす者に貴族家を継がしたいだけなのだと。
ですが、それもブラウン侯爵家を潰すまでです。
ブラウン侯爵家を潰したら、愚かなジェームズが継いだハミルトン公爵家も潰すでしょう。
王国二大勢力を潰した後なら、もう何も恐れる必要はありません。
王家に媚び諂う何の力もない弱小貴族以外は全て潰される事でしょう。
「アビゲイル、できるだけ早くお爺様と連絡を取ってちょうだい。
もうこれ以上修道院にいられません。
父上と母上の仇を取るために、一刻も早く修道院を出て戦いたいのです。
お爺様にそのように伝えてくれないかしら?」
「……承りました。
今直ぐ外にいる騎士団と連絡を取ってみます。
ブラウン侯爵閣下に連絡が取れ次第、王都から脱出する事になります。
今夜はできるだけお休みになってください」
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