unknownな二人
鈴川 掌
unknownな二人
女か男か、はたまたそのどちらでもないのか、それはこちらからではわからない。
何も見えない、何も感じる事ができない、ただわかる事があるとすれば、今自分は生きているという事、その一点だけ。
ゆさゆさと心地良くは無い揺れを感じるのではなく、頭が実際に振られながらこの体が覚えているのだろう、この体ではそう理解する事も出来ないが、間違いなく経験として、この体に集積されている。
揺れが収まった時の事、そこを語るのは自分ではない。
我が子とは思えない、我が子を抱えて、走る、走る。
息が切れ何度も立ち止まりたくなるが、そんなことはどうでも良い、もはや自分の事など、どうでも良かった。
願いはただ一つ、当たり前すら知る事の出来ない、我が子に当たり前を知ってほしいという、親になったからか、それともこの醜い姿を見てしまったからこその、同情なのだろうか?そんな事はどうでも良かった、この何もない我が子にしてあげられる、親としての唯一の行動を取るべきなのは、恐らく火を見るよりも明らかなのだろうから、だからこそ私は親として、走る、我が子を抱えこの切なる願いを聞き届けてくれそうなモノが居るであろう場所に走り続けた。
走り続け、息も絶え絶えになりながら走る、どれ程走ったかはわからない、何せ我が子を見た瞬間そうしなくてはならないと思い至り、走り続けているのだから、せめて当たり前を知ってほしいのだ、それが私が我が子にしてあげられる唯一の事だと分かっているから。
「ハァ……ハァ……」
それでも限界は訪れる、その目指すべき場所に辿り着く前に我が子を抱えたまま私は、前に倒れるその時であった。
『願いは何だ』
天からの慈悲か、それとも悪魔の囁きか、しかし間違いなく私が待ち望んでいた、会いに行こうとしていた存在らしきモノに、私は出会う事ができた。
息も絶え絶えになりながら、もう意識を保っている事さえ苦しい程に疲弊してしまった、私にはその存在をこの瞳で捉える事すらできない。
「願い…は一つだけ…ハァ…」
そこまで口にしたときに私は悩む。先ほどまで、この何もない醜い我が子の事を考えて行動してきた筈なのだ、しかしこの自分より上位の存在とも言うべき存在を前にして、私は、私の欲望が湧いてくる。今すぐこの醜い我が子を取り換えてくれと、言ってしまいたくなる自分もいれば、富が欲しいと単純明快な望みを求む私もいる、名声が欲しいと武勲を上げるべき勇者でもない私が欲しがるべきではないモノを欲しがる自分も居るのだ、富、名声、力、権力、果ては世界平和まで、私は今まで求めようとすらしてこなかったモノを、私は欲しがり始めているそれだけ甘い誘惑だ、恐らく本当に願いを一つ叶えてくれようとしているのだろう、この慈悲深い神の様な存在は。
その甘い誘惑に乗せられてはいけない、私の願いはたった一つで、シンプルなモノだったはずのなのだから。
「この子に……当たり前を与えてあげてください」
『了解した』
その瞬間の事だった、醜い我が子は何処へやらと、普通の子供へと変貌していく、あぁここまで走り続けた、甲斐があったものだ……。さようなら我が子、私の役目は終わりだ、さようなら私達の我が子、これで私達の願いは果たされたのだろうから。
甘い蜜の様な甘言には、必ずしも裏があると言えるだろう、そしてその代償を支払うのは影響を受けたこの子ではないであろう。
代償を支払う必要があるのは、私である。
対価が無ければこの願いが果たされないだろうから、私は、うつらうつらしながらこの子を庇うように、この当たり前を手にした我が子が直接これから起こるであろう惨劇を見せない為に、私は我が子の前に立つのだ。
もう息は整っている、目も開く事ができる、けれど開くのが怖い、自分がどのような目に遭うのかが分からないからこそ怖い。
しかし願いは聞き入れられ、そして願いは果たされた、ならば今度は対価を支払う時、目も開く。
刹那、私は絶句した。
刹那、私は後悔した。
刹那、私は懺悔した。
しかしそれから逃げる術は、私には無い。どれ程我が子に最後のひと時として親としてやってやりたい事があったとしても、手を伸ばそうとも、私の手は届かない。
だから今一度思う、我が子よ。
当たり前に生きて、当たり前に日常を過ごしてください、決して誰も私の様に甘い甘い甘言に乗せられては行けませんよ?
そしてどうか許してください、甘言に乗ってしまった私を、そして願わくば我が子が平穏に過ごせますようにと、心に思い残し。私は、私と言う存在はこの世から姿を跡形も無く消し去るのです。
輪廻するのでしょうか?それとも天国とやら行けるのでしょうか?それとも地獄で釜茹でにされるのでしょうか?それは私にはわかりません、私にできるのは一つだけ、お行きなさい、その足で地面を蹴り、その手で体を支えて進みなさい、ただそれだけなのです。
―十数年後―
「待てぇー!」
「ごめんなさーい、知らなかったんですー」
必死に走る、宛ても無く走り続ける、しかし宛てが無いだけで目的はあるのだ、それはこの後ろから凄い形相で迫ってくる、男達から逃げる事、そもそも何故私は逃げているのだろうか?それがわからない、この男達に捕まる訳にはいかないという事だけは確かだ。
しかし私は何をしたのだろうか?何か悪い事をしてしまっただろうか?わからない、だが私の何か一言によって激昂して追われているのは確かなのだが…。
今一度、私を、私が、私自身で分析してみよう、なにが悪かったのだろうか?いや何が悪い事なのか等知りもしないのだが…、私は思いだして見ようとする。
「これはどうだい!」
「いぇ、要らないです」
そんな喧騒が響き渡る所に私は居た、この世に生を受けたと認識できたというのが、その日だったと言ってしまってもいい、だが違和感がある人と言うのは、この世に生を受けるその時はもっと小さい体だと当たり前の様な共通認識の様なものがあったのだが、私はどう考えても成熟した人間だ、しかし成熟しているはずならばある筈の、知識が無い、経験がない、なのにわかる事が一つだけある、私は言葉を理解している、なに一つ知識が無いのにも関わらず、だ。
人々の会話の内容が理解できる、そしてその会話の意味を理解できる、知識が無ければ、知恵が無ければ、経験が無ければ理解できない筈の物を私は理解できた。
理解できるのであれば話は早い、歩いてその会話の後に起こる事象を伝えてあげよう、でないと男達に言い寄られている青年は不幸になってしまうと結果が見えているから、しかしなんて言えばいいのだろうか?会話を理解できても、知識がないのだから伝えようがない、しかしこういうのはこうしてあげればいいのだ。
「どうした?お嬢さん、お嬢さんもこの極上の一品に一目惚れしたのかな?」
そんな言葉を無視して、その商品を掴みとり、叩き落とす、その結果何が起こるかと言うのであれば、それは単純な話だ。軽い親切心のつもりだった、私はこの男達が売りさばいているモノは偽物と言う確証を知識は無いものの、理解はできていたというのが本当の所なのだがそれを行動に移した事がいけない事なのだと私は知識として経験として初めて認識できたのだった。
「おい、何しやがる!」
いきなり店主にどつかれる、この感情も知識には無いし、理解はしていないものの結果を知っている。これは怒りだ。
いきなり現れた少女とも言える女性にこの店の真実を全て明るみにされたのだ、コケにされたと感じたのだろうか?それともまた他の感情がこの男達を支配しているのだろうか、それはわからないが、一先ずいえる事がある。私は見ず知らずの青年を助ける事ができたという結果だけだ、それは青年の顔を見た瞬間にわかる。
「やっぱり、騙していたんだな!」
そういって青年は走り去っていく、正しい判断であろうから私は止めない。
しかしそれを止めなかった事は私にとって、判断ミスなのかもしれない、知らないが。どれ程、青年を救うという大義名分があったとは言え、男達の商品を破壊したのは私の間違いなく非であろうから。
「バレちまったモノは仕方ねぇ!お前らやっちまえ!」
物凄い形相をさせて、私を追いかけ始めた。
それを見た私は、自身の生命に危機を感じ走っているという今に至るという訳だ。
そしてこうなった現状、何が原因か私はわかっている、わかっているとも、だからこそ私はこう叫ぶのだ。
「壊しちゃダメなんて、知らなかったのでー」
知らないモノは知らないそう答えるしかないであろう?知らないが。
「人の商品を壊しといて知らなかったなんて、言い訳通じる訳が無いだろうが―!」
言い返してくるが、本当に壊す事がダメだなんて知らなかったのだ、知らないモノはしょうがないで逃がしてくれないだろうか?なぜそこまで怒るのかが、私にはわからないというか知らないのだ、本当に自分で結果が分かる事があっても、知っている事は無いのだから。
「知らないモノは、知らないのだから見逃してくださいー」
「見逃せる訳があるかぁ!」
その時だった、先ほどの騙されかけていた青年と同じ位の身の丈をして、それでいて青年と言うよりは少年と思わせる年端も行かぬであろう少年がこちらをじっと見ている。知るはずも無いが、何故かその少年の瞳に私は吸い込まれるような魅力を感じたのだ。
知る由も無いが、男の子らしい短髪に、こちらも知る由が無いが、私好みと言える顔つきを持っている少年が高い所に佇み私をじっと見ている。
私を見ているというよりも、私が逃げ惑っている現場を見ていると言った方がいいのだろうか?そんな少年とバッチリ目が合い、見つめ合う。これが俗にいう運命的な出会いというのだろう、まぁそんな言葉知らないが。
そんな運命など知らないし、興味は無い今はこの絶望的状況から脱する方が、最優先すべき事象だ、だがしかしそんな時少年から思いがけない言葉をかけられる。
「お礼をしてくれるのなら、助けてあげようか?」
面白い少女が居た、ぼーっとした顔で立っていると思えば、悪徳商売をしているであろう男達に近づき偽物であろう商品を叩き落とし、それが偽物であるという事を証明して見せたのだ、まぁあんなものが偽物であるという事はすぐにわかる話ではあるだろうが、それを証明して見せるというのは初めて見た。
闇をも通さない黒髪にそれを映えさせるような白い服、そして極上とも言える程不気味な程に整った顔をもった少女、普通の人間じゃ関りたくも無いであろうことに、いきなりだ、知ったこっちゃぁないとその真実が気に入らないとでも言いたいのか、暴いて見せたのだ。
いい人だなと思った、それと同時にその考えは消え失せたが、それと同時に彼女をもう少し見て見たいと思った。
商売人達は、凄まじい喧騒と共に少女に詰め寄る、当たり前だろう、自分達の悪徳商法がこの村のど真ん中で暴かれたのだ、この村はおろかこの近辺ですら商売はもう無理かもしれない程の手傷を負わされたのだ、その怒りもしょうがない、同情はできないが理解はできる、理解はしかし次の瞬間であった理解できない事を口走りながら逃げ去る少女がそこには居た。
「知らなかったんです」
そう叫びながら逃げ去り始めて幾星霜、少女にしては凄まじい速度で逃げ去っていくが、商売を台無しにされた男達がちょっとやそっと持久力の差など、お構いなしに息を荒げながら気を荒げながら少女を最早殺すとでも言うべき勢いで迫り迫っていく、それを俺は屋根伝いに追いかけながら、顎を上げながら知らないモノは知らないと言いふらしながら逃げる、少女と追い越してしまった時に目と目が合う、瞬間好きだと気づきはしないが、やはり好印象を抱かざるを得ない。
運命と言うのはこういう事を言うのだろうか?いやそれは恐らく考えすぎだ、けれど放っておく訳にはいかないと思っただからこそ、この世に生を受けて何度も言ってきた言葉を少女にも言おう。
「お礼をしてくれるのなら、助けてあげようか?」
旅は道連れ世は情けと言う言葉もあるだろうきっと、といっても自分の旅の同行者は居ないが、まぁ人助けにも対価が必要と言う話だ。
「これまた知らぬ人ですが、是非助けてください」
恐ろしい程素直に助けを求めた、正直意外だった、まぁ変に悩まれてあの男達に捕まって助けられないのも、こちらが少し嫌な気分になるという話だ。
お礼をしてくれるのであれば話は早い。背中に背負っていた間違いなく人を殴る為には作られていないであろう大きい手甲を装備して少女の前に降り立つ。
「なんだ!お前は?俺達が用があるのは後ろの女だけだ!どいてろ!」
「俺も用があるのは、このお嬢さんでお前達じゃない、怪我をしたくなかったら、そっちこそ下がったほうがいい」
男達は3人こちらは逃げるのが上手な少女一人と戦う事が得意な少年が一人、数は実質1対3だからと言って負けるとも思っていない、武器を持っている分こちらが有利だろう。
戦う前の決め台詞を言いたいのだが、言ってもいいのだろうか?まぁ逃げないようだし言ってもいいのだろうか?いやまずは相手が何を言ってくるかを待ってからであろう。
「面白れぇ!お前ら女諸共やっちまえ!」
「雑兵が、幾ら束になっても!」
そう口にした瞬間に、真っすぐにこちらに突き進んでくる男の懐に忍び込み、強烈なアッパーを顎に喰らわせてやる。
渾身のアッパーを放った自分はその勢いのまま2m程ジャンプをして、アッパーを食らった男は最高到達点5mを記録しながら、弧を描きながらリーダー格と思しき男を前に上から雹の如く降り注ぐ。
「俺には敵わない!」
「「ヒッ、バ、バケモノー!」」
そう言いながらもう一人と押しつぶされたリーダー格の男は吹っ飛ばされた男を担ぎ逃げ去る。
「決まった……」
満足気に後ろを振り返ると、こちらを賞賛するかのように精一杯の拍手をこちらに向けて送っている。
そんな賞賛は要らない、欲しいのは旅で使う路銭になるモノだと言わんばかりに自分は少女に向けて手を出す。
「んっ」と声に出し出すものを出しなと言わんばかりに、手を差し出すが、少女は理解していないのか、頭に?を浮かべながら自分の手を差し出しこちらの手に乗せてくる。別にお手をして欲しい訳ではない、まぁわからないのであれば口でいうまでか…。
「お礼が欲しいんだけれど…」
お礼、言ってしまえばお金なのだけれど、まさか助けてもらった癖に、払うモノはないとでも言いきるつもりなのだろうか?そうなのであれば、追いかけるのが先ほどの男達から、俺へとただ変わるだけなのだが、この少女はまた可笑しなことを言う。
「あのお礼とは何なのでしょうか?知らないのですが」
これは困った多分、自分の目は腐っていたらしい、こんな何にも価値の無い事をするだなんて久しぶりの事だ、まぁいい。そう見抜けなかった自分の落ち度であろうから。
助けてあげようかという言葉を知らなかったが、私はここで恐らく最善手であるこの少年のこの問いかけを受けるという結果を理解出来た。
「是非助けてください」
だからこそ、私の言うべき事はシンプルだ、その応じかけに応じるという、たった一つのシンプルな答えを答えることができた。
その後はすぐだった、その少年は背中に背負った手にはめる武器の様な私が名前を知る由も無い武器を両手に装着し、颯爽と私を追いかけてきた男達と私の間に割り込む。そしていくつかの問答を後に何か、少年が呟き男達は逃げて行った。
少年の呟きの意味は解らないというか知らないが、まぁ恐らく意味のある事なのだろう。そして少年は手をこちらに出す。
どういう意味であろうか?手を乗せればいいのだろうか?少年の手に手を乗せたと同時に少年と私は互いに頭の上に?を浮かべる。
こういう意味では無かったのだろうか?そう考えていると少年はお礼が欲しいと言ってきた。はて?お礼とは何のことだろうか?お礼という言葉は先程少年が言っていた為、知っているけれどお礼の意味を知らないだからこそ、私はこう答えた。
「お礼とはなんでしょうか?」
少年は心底呆れた顔をして、肩をがっくりと落とす。
「お礼というのはお金だったり、お金になるモノだったり、そういう物無い?」
「お金という言葉を今初めて知りました」
お金という物は持っていない、だけれど何かが欲しいという事は、何も知らない私なりに解った、ならば私の起こすべき事象はこの一言に尽きるのだろうと、何も知らない私は知っている。
「貴方はなんでお金が欲しいんですか?」
そうすると肩を落とした少年はこちらをチラっと見て、語り出す。
「そりゃ一人旅を続けているからね、持ち合わせがない訳じゃないけれど、先立つモノは必要なんだよ、だからこうして人助けをしている訳で」
一人旅、持ち合わせ、先立つもの、人助け、私は学ぶ、意味は解らないけれど、その言葉の結果は知る事ができるから、そして私はこう提案するのだ、これを提案というのかは、知らないが。
「それならば、旅りませんか?」
「ハァ!?」
今日聞いた中で一番素っ頓狂な声を上げた少年だった。
「実の所、私何も知らないんですよ」
「だろうね」
私の発言に、苦笑いを浮かべながら少年は肯定する。
「お金も知らないという発言から予想はしていたよ、にわかには信じられないけれどね」
「そこまで当たり前の事なんですか?お金と言うのは」
「常識中の常識だろうね」
でも私は知らなかったと、少し自慢気になってもみせるがそれをすると途轍もない、虚無感に苛まれる予感がしたので私は、無知を自慢する事は辞める事にした、まぁ虚無感に苛まれたところで知りはしないが。
「それでどうでしょう?その旅るという言葉自体正しいのかどうかも、私には知る術がないんですか」
「それより」
少し頭を掻きながら、面倒くさそうに少年は話を遮り、会話を新しく発生させる。まるで私の疑問はどうでも良いと言うばかりに、少し胸がズキンと痛む、これはなんだろうかまだ知らないモノだ。
「何も知らないという割には、会話はできるんだね。どういう仕組み?凄い魔術師が生み出したゴーレムか何か?」
だが少年が抱いた疑問は、私の興味から離れていないという事に、すぐに気づける、私。なんだか先ほどまでの、胸ざわつきは何処へやらと離れていくのが目に見えるようにわかるそして、私は私の事を少年に知ってほしいという気持ちが大きくなる。
「良い質問ですね、私実は全く意味は理解していないんですけれど、会話はできるんですよ、意味が分からなくてもその内容が生み出す結果はわかっていると言えばいいんですかね?」
「どういう事?意味も会話の内容も分からずに話しているって事?」
「そうともいいますね」
やれやれと少年は頭を振るう、私が変だという自覚はある、けれどどこが変なのかが私にはわからない、だからこそ私は疑問と言う言葉の意味を理解する事は無いけれど、疑問という結果を抱くのだ。
「私のどこが変なのか、貴方は説明できます?」
「全部」
「ぜんぶ?」
全部とはどういう事だろうか?私の何もかもを、たった一言で否定された気がした。私の存在そのものを否定された気がしたのだが、何かの聞き間違いだろうか?
「全部が変、何も知らないのも変、そのくせ物事の結果はわかるという所も変、それに…」
「それに?なんですか?」
少年が少し頬を赤らめて、視線を逸らす。私はその視線を逃がしはしないと少年の前に佇む、すると更に少年は顔を逸らす、私は少年を逃がさないそのような些細な戦いは突然に終わりを告げた。
「もうわかったよ、話す、話すからそんなぐいぐい近づかないで…」
両手を組み合わせながら少年は、握りしめていた手から力を徐々に緩めていく。だが私が離す気がない、離したら逃げ出しそうな気がしたから。私とは違って人を知っている少年は、それも納得できたのか頭の上で組み合っていた手を腰まで下げて話を始める。
「初めての事だったから、目を離さずに顛末を見て見たいと思った人は…」
「?」
何故少年が恥ずかしがっているのかが、わからないが…私の脳内の結果だけを取得する機能は便利な事に、更に少年を恥ずかしがらせる言葉をはじき出す事に成功する。
「私に惚れました?」
「なっ!?」
まぁ真っ赤なお顔、恐らく図星というのだろうか?
「まぁ私は惚れたという言葉の意味を知りませんけど」
「知らなくていいよ、それより本気で俺の旅についてくるつもり?一人でする旅より。話し相手、例えそれが君であっても居た方が個人的に嬉しいのは、事実だけれどオススメはしないよ」
なにも知らない私にとって、このように会話をしてくれる人は貴重だ、それに少年は優しいのだろうという事が私にはわかる、私は少年を通して優しさを学べている。優しい人間に助けてもらいながら私がこの世に生を受けた意味を、何も知らない訳を知りたいという気持ちに嘘も偽りも無い、まぁ嘘も偽りどういう意味かは知らないが。今はどうだっていい大切なのは。
「はい、ついていく気満々です、私もお話相手が欲しいと思っていたんです、それに助けてもらったお礼?を返さなくてはなりませんからね」
そういうと少年は頭をポリポリと掻きながら、それでいて少し嬉しそうな顔をしてこう答えるのだ。
「しょうがないなぁ、今回だけだよ?」
そうして私と少年の少しだけ共に歩んだ二人旅が始まった。
何も知らぬ少女の旅は困難を極めた、危ないから近づかないという常識を知らぬが所以に、危険地帯にも関わらず好奇心に負けて、歩みを止めるという事しないのである。
だからこそ少女に対する貸しはどんどん増えていく一方であった為、これでは返せるものも返せない、そこで特別授業を行う事にした。
「はいそこに座って、座って」
簡易的に石を椅子にして、地面に何か書くのに適当な木の枝を見つけ地面に突き刺す。
そこまで準備を進めたモノの少女はその有り余る知らないモノを知りたいという知的好奇心を全面にだして聞いてくる、それはいつもの事だが前回の村で少し話題になった事であった自分の唯一、少女に教える事ができない事であった為言葉に詰まってしまう。
「いままで何気なく、『おい』とか『お前』で解決していましたけれど、貴方の名前を私は知りません、そして私自身の名前も私は知らないのです、どうにかなりませんか?」
そう名前、本来は親であったり村のしきたりであったり、まぁそういう家族が決めるモノ。それを自分は持ってない、名前を持っていないからそう言われても困るというのが本音だ。
「残念だけれど、俺も俺の名前は知らないから教える事はできないよ、忌み子とか危険因子とかそういうのも名前に入るのであれば、昔は呼ばれていたけれど」
少しだけ思い出したくも無い思い出を思い出しながら少女にそう答える、そう答えるしかないのだ。
「それは名前とは言わないですよね?いい機会です、ここは一つ私達の名前を決める場としては」
別に少女がしたいのであれば、名前を決める場にしても別に文句はないが、それでもそれをやるのは、無知蒙昧たる少女にこの世界について知識を教えてからだ。
「ハイハイ、後でね、まずはお勉強」
「なんでしょう?その言葉を聞くと急激にやる気がそがれていくのですが」
少女の特性である理解はしていないけれど、その物事の結果だけを見抜く能力と言ってもいい特性、その特性が勉強という面倒くさいものを見抜いたのか、勉強というモノは大体の者にとって本能的に避けたいものなのかは、わからないしどうでも良いが、この世界の事を知ってもらうまで旅は一時中断だ。
それにしてもどこから話そうか、この世界の事を。こういうのは少女が気になる話題から進めていくのがいいのかも知れないと思い少女に問う。
「この世界について何か気になる事は?」
「それなら沢山ありますよ、そうですねぇまずは良く貴方が倒す嫌悪感を催す生物についてとか」
なるほど魔獣についてか…確かにこの世界を知らぬ少女にとってはこれ以上に無い不思議要素かもしれない、といっても魔獣なんてモノ、その存在自体に疑問感を抱いた事などこの世に生を受けてから一回も無いのだが。
「嫌悪感を催す生物かどうかは知らないけど、多分言っているのは魔獣っていう生物の事だね」
「まじゅー?なんか前に食べた食べ物に似ていますね」
それは饅頭。
「まぁ魔獣について語れることは正直あんまりないんだけれど、昔からいる人に害なす生物と言う認識でいいと思うよ」
「確かに人、というか畑に害はなしていましたね」
「そう畑とか川とかそういう所に害をなすからこそ、俺みたいのが少し手伝ってあげると感謝される訳だね」
まぁ自分なんかじゃ手も足も出ないような正しく、モンスターというべき怪物も居たりするのだが、そんなものの相手はハンターと呼ばれる人達に任せて自分は知らぬ存ぜぬと見て見ぬふりをしておけばいいという話だ。
「他に気になる事は?」
「そうですねぇ、私を襲った人達についてとか」
「それは君が悪い、幾ら偽物であっても自分の商品を叩き割られたら怒る、俺だって怒る」
全くの悪意も無く、善意100%でやったというのだから末恐ろしい、自分との旅の最中はそんな事やられても困るというのが本音だ、だからこそ少女が悪いという認識を持ってもらおう、もっとも恐らく許可も取らずい偽物を売りさばいていた彼らの方が悪であり、やり方がまずかったとは言え、彼女のやった事は正義であろう。
「そこまで言いますか…ちょっとショックですね」
「ハイハイ、ごめんごめん、それで他に気になる事は?」
「はい!それなら…」
そこから彼女の知的好奇心の赴くままにこの世界の事を話した、お金の稼ぎ方だったり、何故ああいう悪人が生まれるのかだったり、彼女が気になる事を自分なりの考え方で教えた。そしてある程度教え切った時に話しは最初に戻った。
「決まりました!」
「いきなりどうしたの?」
少女がいきなり座っていた石を立ち、何かを閃いたとい言わんばかりに少女は大きな声を上げた、何か決め事等あっただろうか?
「私達の名前です」
「あぁ、そういえばそんな話もあったねぇ」
正直名前なんてあっても無くても大して困りはしないのだが、それでも少女は名前というモノに価値を見出し、ちゃんとこちらの話を聞きながら考えてくれたのであろうから、使うかどうかは置いておいて聞くだけ聞いてみるとしよう。
「私がアンで、貴方がノウンでどうでしょうか?」
その時何か心が跳ねるような感覚に至った、空っぽだったはずの何かを埋めるようなそんな不思議な感覚、それでも調子に乗らせない為に彼女にはバレないように平静なままで聞いてみる。
「ノウンか、中々いいんじゃない?アンも良くある名前だし違和感はないかも、それで意味は」
「ふっふっふ、満足して貰えて何よりです」
「意味ありげに笑ってないで、意味を教えてよ」
「結果を見ました、意味は知りません!」
ズコォーっと音を鳴らしながら、今日教える為に書き続けた地面に自分は、いやノウンは倒れ込んだのだった。
「ノウン!」
「分かってる」
ノウンに対して飛び掛かってくる魔獣、確か名称をゴブリンと言ったはず、それが群れを成しているので助けて欲しいと、旅の道すがらで、お願いされたお願い事を私達は解決するために洞窟に入ったのだが…。
最初は数体のゴブリンが襲いかかってくるだけだった、その程度であればノウンの有り余る身体能力で対処が可能であった、問題はこのお願いがゴブリンの掃討だったという事。
「ノウン、更に後ろから複数体を視認しました」
「キリがない、どれだけ殴り殺しても、っと」
ノウンの、明らかに人を殴る事を想定していない、あの手甲はこういうゴブリンの様な魔獣を駆逐するために装備しているのだという事を今更ながらに理解する、そして私と言う存在がこれ以上無い程に役立たずと言う事も同時に理解する。
「アン!危ない!」
洞窟の奥の暗闇を注視しすぎて、自分周りの確認を疎かにしていた、ノウンが駆逐し過ごした、瀕死のゴブリンだけれど私という何も知らぬ人間を殺すには十分すぎる刃物をそのゴブリンは振り下ろした。
死んだ、そう思っていた、けれど私は知っていた筈だこういう時に絶対助けてくれる存在が近くに居た事に。
だから私はすぐに後悔した、少しでも動いていればと。
ザシュっと目の前で鮮血が飛び散る、しかし私のモノではない、私の血液はきっとこんな綺麗な赤をしていないだろうから。だからこそ私のモノではなくもう一人の、ノウンのモノだと分かるには1秒もかからなかった。
「ノウン!どうして?」
「いい、でも手傷を負ったこういう時は?」
ノウンの質問の意味を私はすぐに理解する、私がするべき事は彼の手当をすることでも心配をする事でもない、彼に言われた通りの事をする。
彼の体に寄りかかり首に手を回し、体を預けて私は叫ぶ。
「戦略的撤退!」
どちらかが手傷を負うような状態になった瞬間、私達はこのお願いを放置して逃げる、それはノウンの旅の手助けをするにあたっての決まり事の様なモノであった、それを口ずっぱくなるまで聞かされた私だからこそすぐに身を任せ、これ以上彼の邪魔にならない様に後方確認に勤しむ。
「後方にゴブリンは見えず」
「じゃあしっかり捕まっていて、全速力で走るから」
その言葉と同時に凄まじい体の揺れと、風圧を体に感じながら私達は洞窟を後にした。
洞窟を後にして何もない原っぱを駆け出し、荷物を置いていた場所にまで辿り着くと私を降ろすと同時に、息を荒げながらノウンは倒れ込む、浅い傷では無かった筈だがここに来るまでの間に、傷は塞がり血は固まっていた。そして疲れからかノウンはそのまま意識から手を離しそのまま眠ってしまった。
「このままじゃダメですよね?」
口に出すほどの事では無かったが口に出して、今やるべき事を自分に理解させる一先ずやるべき事はノウンの体を拭いて、新しい服に着替えさせよう。
体を拭いている内にも、ノウンの肉体の傷はもうその傷がどこにあったのかさえ分からない程に綺麗さっぱりに消えてしまっていた。だからこそ疑問に思うあの人間離れした身体能力にこの再生速度、彼は本当に人間なのかと。まぁそんな事人間の体を大して知りもしない私にどうにかできる事でもないが。しかしいい機会だ、起きたら少し聞いてみようと思い彼に身を寄せ私も今日は眠る事にする。
ゴブリンに襲われ手傷を負う羽目になってはしまったものの、不思議と傷は消えており、どういう訳かアンに理由を聞いても、私は知らないと返される。暫くの足止めを食らうと思ってはいたがそうはならないようで安心し、次の村か街か分かりはしないがそちらに足を運ぶことにする。
暫く道を歩いて三千里もいくことは無いが、なるほど聞いた事はあった国と呼ばれるモノに徐々に近づいているらしい。どれ程大きいのかここからでもわかる程に大量の建造物が見える。
「ノウン、見てください家があんなに!」
「分かってる、分かっているからそんなに引っ張んないで…」
アンが何故こんなにテンションが上がっているのかはわからない、しかし凡そ人が多いと思ってテンションが上がるのだろう、アンはどういう訳か人が多い場所、そして願いを多く持つ人が多いとテンションが上がるらしい本人曰く、俺自身と同じ人助けの精神がそうさせるとの事だが、実際はどうなのやら。実はカニバリズムで捕食者としての本能がそうさせるなんて話は…、ありえないか。
「あんまりはしゃいでいると、疲れた時置いていくぞー」
「それは…、困りますね…」
そう声をかけるとはしゃぎ切っていたアンは何処へやらと言った感じでとぼとぼとこちらに歩いて帰ってくる。
聞き分けは凄い良いから、天性の無知とは思えない程のみ込みが早い、そして人の感情を読むのがアンは上手い、冗談と冗談じゃない事を聞き分けられる才能とも言えるモノを持っている。
「聞き分けがよろしくてよろしい」
「本当に置いていく気でしょう?ノウンは」
「そうだね、一人でへばったら置いていくよ、まぁ門で待っていては上げるけれどね」
そう自分はなんだかんだ優しいのだ、例え怪しさ満点の無知蒙昧だった少女であったとしても一人にする事はしない、その証拠にもう数か月も一緒に旅を続けられているという訳だ、この世界の事を教え尚且つ生活の補助もしてあげる、そんな人間世の中を探してもそうはいないであろうことは簡単に想像がつく。
「何を考えているんですか?」
「俺ほど優しい人間は居ないだろうなって考えていたよ」
「そうですね、ノウンは世界一優しいです。そして私はその世界一優しい旅人の世界一の助手ですね」
調子に乗るなコイツめと思っておでこをコツンと叩こうと思ったがふと考えた。
確かにアンは手助けを求める声を聞き分けるのが上手だ、そしてより良い条件のお願い事を持ってくるのが得意だ、その結果ゴブリンの洞穴の様に怪我をする羽目にもなるのだが、どういう訳かアンの傍に居るだけで怪我の治りは早くなる。
「アン、次の街で大きなお願い事無ければ少し休もう」
「どういう心境の変化ですか?」
「なんとなく…かな」
もうそろそろアンとも別れるべきなのかもしれないと、心惜しいがそうするべきだと言う自分が脳裏で囁いている。
もう十分世界の事を知ったアンであれば恐らく、この世界を生き残れるだろうから。
国に着いた時思ったのは、何かが違うというフワフワとした感想だけだった。
何かはわからないが想い描いていた国とは何かが違う、自分が想像していた国はもっと活気があって、生気に満ち溢れているそんな場所だったはずなのだが、この国にはそういうのは全く存在しない、どこか疲れて、どこか皆怯えているそんな印象を抱かざるを得なかった。
「なんか辛気臭いですねぇー」
「そういう事は思っていても言わない様に、でも少し事情は気になるね解決できることだったら解決して見せて、路銭でも大量に貰おうか」
「そうですね、聞き込み言ってきます!」
そう言ってこの国とは真逆と言ってもいい程のテンションで国を駆け巡るアンを見て、自分もアンに任せてはいられないと思い、重い腰を上げるのであった。
この国に起こっている事は三つ、曰く流行り病、極度の水不足、そして夜になると街が荒らされる怪事件。それらを総括するにこの国に起こっている事は間違いなく災害と呼ばれるモノであろうことは簡単に想像が付いた。
「さてどうしたモノか…」
口に出しながら考える、好機と好奇が入り乱れている自分にとっての好機とアンにとっての好奇燻る出来事、いつもの自分であったらテキトーに理由を付けてこの国から離れるべきなのだろうが、どうするべきか自分にとっても好機ではあるのは確かなのだ、しかしアンを危険な目に晒すのも違う気がすると考える、考えて、今すぐに向かう事で解決に向かう事に決めた、アンを危険な目に晒さない為に。自分を殺す為に。
ものごころついた時から自分を疑う事を止めなかった、それは村の人から疎まれ嫌われたていたという事も関係はしているが、それだけでは無かった。
なんせ自分の肉体は子供が持つには完璧すぎるモノを持っていたから、五体不満足では無く五体満足過ぎるとでも言うべきなのか、まるで人間とは思えない身体能力を有していたからこそ疑念は確信へと変わっていた。
村の人々が言う忌み子と言う言葉も当時は意味もわからなかったがなんとなくニュアンスは伝わってきた、つまりは自分の事を人間では無いものとして扱いたかったのだろう、余りにも人間離れしていたからこそ、恐れた当たり前の事だろうと思う、それでも一人で何とかできるようになるまで育ててくれた村には、感謝こそすれど憎しみなど一欠けら程も無い。でも唯一、村の人に釈明するとしたら、耳だけは普通の人と同レベルだったという事は認めて欲しかった、という子供の言い訳がましい事だけが唯一の心残りか。
そして自分には一つだけ叶えたい願いと一つの知りたい事があったのだ、それは家族とも呼べる存在を欲していた事、産まれながらに両親が居なかったから村の人が親代わりだったのが、その村の人にも疎まれていた為家族と言うものを知らなかったから、そういう家族とも呼べる関係性が欲しかった。
そしてもう一つの知りたい事、自分は何故このような体になったのか、こう言ってはなんだがアンにも負けない位自分の事には無知なのだ。そしてどういう訳かこの災害の元凶たる存在を殺す事に成功したら、なぜだろうか?ずっと知る事ができなかった真実を知る事ができると思った。
もう十分すぎる程生きた、もう十分すぎる程幸せを貰った、だからそれを返上できる気がしたんだ。
情報収集を終えて、約束の場所に戻ってもノウンは何処にも居ない。
「ノウン…どこに行っちゃったの?」
この街の現状を見て、この街の惨状を見て、嫌な予感はしたものの思った以上にこの街は、国は、危機に瀕していたその元凶たる存在が国の外の山に居るという所まではわかったものの、そこに居るという魔獣を倒しに何人ものハンターが討伐に向かったが誰一人返ってくることは無かったと言われる通称魔の森、そういう危ないから絶対に行かない方がいいという情報しか得られなかったからこそ、この国は避けて違う所へ行こうと話そうとした矢先の事だった。
ノウンは私に情報収集をさせている時は、自分は帰りの目印になる為に、集合場所から離れず周辺で聞きこむ事が多い、だからこそもう一度聞きこんでみようノウンが居なかったかどうかを。
「私より頭一つ位大きい、藍色の髪をした少年を見ませんでしたか?」
「それなら、さっきまでここで聞き込みをしていたよ、ありゃ情報を聞きつけてきたハンターだな、魔の森の方向へ向かっていったよ、残念だが嬢ちゃんそいつの事は諦めた方がいいぞ」
信じられない言葉がスラスラを耳に入ってくる、ノウンがこんな危険な事に自ら足を運んだ?誰かに操られているのではないかと思いたくなるほど、不自然な事が起こり始めている、だからこそ私は魔の森の方向に足を向けるのであった、絶対に元凶たる魔獣には、私の個人的感情を優先するのであれば、会わせてはいけない。
息が切れ何度も立ち止まりたくなるが、そんなことはどうでも良い、もはや自分の事など、どうでも良かった。
私は走って、走る、もしあの速度で走るノウンであれば決して追いつく事も出来ないかもしれないが、私は走って、走り続ける、遠い遠いあの森へ。
魔の森に入る前に後ろを振り返ると遠くから、自分の声を呼ぶ声が響く、しかしそれは自分が生み出した幻聴、自分のこの暴挙を止める人間等居はしないのだろうし、いたとしても自分の名前を知る物は決して居ないだからこそ、この言葉が幻聴ではなく真実であるという事を知ってしまう。
「………ンーーーー」
「…ノー……ン――」
「…ノウンーーー!」
どうして、どうして来てしまったんだ、君はこんな自分の自殺に付き合う必要性も無いのに。少し涙が零れそうになるが、必死に堪えて、魔の森に侵入する。魔の森に入ってさえしまえば、彼女も…アンが入っては来られないだろうから。
魔の森に到着する、暗い、暗い森だ、私の夜目でも10m先は見えない程に暗い森。
こんな中に入られては、戦う事の出来ない私ではただ無様に死ぬだけだろう、しかしノウンを思う今の私に怖いモノなど無かった、unknownだった筈の記憶や知識がこの森に近づく事で徐々に戻りつつある、私が何の為にこの世界に降り立ったかも今ならわかる、けれど私はそれでも、ノウンを失いたくない、××失格だがそれでも失いたくないのだ。
「待っててノウン、絶対に死なせはしないから」
そうして走り続けて、ノウンの背中を捉えたその時だった世界が真っ暗に変わるのは。
不思議だ、魔の森と呼ばれるというからには、魔獣が大量に居て、その魔獣にハンター達も殺されたのだろうと思っていたがそうでは無いらしい、大分歩き続けてきた。最奥に辿り着きそうだと言ってもいい、それなのに魔獣どころか生物の声すらないこの暗い森の中を歩み続けている、その時世界が暗転する、それと同時に背中に違和感を覚えた。むにゅっと柔らかい人の感触を感じ、振り返るとそこには…。
「アン!?どうして?」
「どうしてじゃないですよ、なんでこんな危険な事を…」
「それは…」
それは申し訳なく思っている、けれどここに来ればわかると思ったんだ、自分の事を何も知らない自分が何者なのかを、だからこそ俺はアンにこう答える。
「俺の知りたい事が知れそうだったから、だからこそアンには内緒でここまで来た……そうするはずだったのにアンに追いつかれるとは思っても居なかった」
「その知りたい事を知ると同時に死が迫ってきているとしても?」
「死がすぐ近くにあるとしても俺は俺の事を知りたいんだ、だからアンはそれまで待っててくれるかな?」
背中に手を回し、抱き着き耳元で最愛の彼女へと、最愛の家族に最後の言葉をかける。
「愛しているよ、アン」
「私も愛しています、ノウン、だか…」
アンが全てを語る前に、首に衝撃を流し意識を奪う、ここには魔獣はいないのだから、この状態でも大丈夫であろうから、じゃあねアン。
せめて末永く生きてくれ。
最奥に近づく度に暗さは増していく、そして最奥に辿り着いた時にその暗さ完全に晴れる。
「お前が元凶の魔獣」
魔獣と言うには、不完全であるべきものが無い、目が無い、鼻が無い、手も無い、足も無い、全てが何もない醜き魔獣を見て自分は何を思ったのか、歩みを寄せる何を思ったのか手に装備した筈の手甲すら捨てて歩みを寄せる。
あぁこれこそが真実なのだという事が身に染みる様にわかる、十数年も変わりに辛さを受け続けてくれたんだ、だからしっかり礼を言わないといけない。
どの道この国の問題は俺にしか解決できなかったのだから、ここに来て正解だと改めてそう思った、人助けの精神を持っていなかったらこんな国とっとと立ち去っていただろうから、でもこうするつもりだったと言えど、こうなるのであれば最後のアンの言葉を聞いておけばよかったかなと後悔が滲み出るが、納得してやった事だ、だからさようなら、アン。
「そして今までありがとう、お母さん」
元凶たる魔獣は俺に覆いかぶさり、俺が持つべきものでは無かったモノを綺麗さっぱり奪い去っていく。手も足も、目も鼻も俺にはない筈のモノを返していく、だけれどやっぱり耳だけは自分のモノだったのだ、それさえわかればもう自分に後悔は無い。
鈍い衝撃を受けてから首の痛みを覚えて起きるまで、何時間経っただろうか?それとも何分だろうか?ただ私の記憶が完全に戻っている事を考えるに、全ては最悪な方向に進んでしまったのだろう。
「ノウン…」
もう暗くは無い森の中を進み最奥へ向かう。
私は全てを知っている、彼の特性も彼が何故このような暴挙に出たのかも、ずっと違和感があったのだ、自分のモノでは無い何かの真実を探ろうとしただけだ。
最奥に辿り着くと、彼だったモノと彼の母がまるで親子ですやすやと眠るように死んでいた。
だからこそ私はこうするべきだ。
「お休みなさい、ノウン今度ばかりは良い夢を、私に頼る事など無い夢を、そしてあわよくば私とまた一緒に旅をしてくださいね?」
そう少女は告げると自分の髪と同じ色の羽を纏い空へと飛んでいく、自身の涙をかき消すように、どこまでも、どこまでも高くへと駆け上がる。
「世界を教えてくれてありがとう、愛を教えてくれてありがとう」
どこかで誰かがそう言っている気がした。
unknownな二人
unknownな二人 鈴川 掌 @suzunone13
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