第116話
原初の魔物の指示に従い、四体一組に分かれて騎士像の左右から進軍が開始された。
原初の魔物が従えてきたのはどうやらゴーレム。神官を思わせる格好をした白い石像を自らの傍らに侍らせ、その他、木や金属、様々な質感を持つ人型ゴーレムで軍は形成されている。
ズッ、ゴッ。ズッ、ゴッ。と足取りは重く、しかし着実に進むゴーレム隊へと、天井から降ってきたリーズロットの配下が襲い掛かった。
「あらよっと!」
頭上から飛び掛かって、爪で一閃。頬や腕、露出した上半身に生えた鱗と尻尾がまま特徴を残している。半人半竜の姿をした男女二人。
男は正面から、女は背後から急襲して、ゴーレムたちを手当たり次第に壊していく。
「何と……」
前方で進んでいた部隊と、後方で警戒のために展開していた部隊。原初の魔物から少し離れていたその両翼は急襲した半人半竜二人によって撃破された。
残るは原初の魔物を護るように展開していた中央の部隊のみ。
「その魔力、並々ならぬ。このデュエルのコスト量を考えれば、其方等二体でほとんど上限であろう」
そういう割り振りか。また随分思い切ったことしたな。
「ウチのマスターは人情家なんだ。削り合いで犠牲を出すのを良しとしない。進軍ルートを決められるのはこっちなんだぜ? 数の優位を消せるなら、少数でも問題ないさ」
「わしとて、己で育てた配下共に愛着はあるよ。だが……ふむ。発想が似るのは悪くない。せっかく用意してきた自慢の子を、わしも披露しようではないか」
「何?」
半人半竜の言葉には答えず、原初の魔物は手を叩いた。すると一斉に残ったゴーレムたちが神官の方へと体を向ける。
その手には様々な質感の破片を持っていた。ゴーレムの残骸か……?
そして次の瞬間、砕け散る。
「!?」
続いて魔力の風が渦巻き、細かな破片となったゴーレム隊たちが神官へと集まっていく。見れば竜の男女が急襲して砕いたゴーレムも巻き込んでいる。
変質と接合を繰り返し、僅か数秒で一つの存在へと錬成し直された。
出来上がったのは装飾の多い聖衣をまとった女性の像だ。
「背徳の聖女モスナじゃ。お主の相手はこれにさせよう」
硬質の輝きを放つモスナ像は、正面に立つ男の方へと向き合った。その動作は滑らかで、まったくゴーレムらしくない。見た目は明らかだから見間違えはせんが。
「わしは、其方を屠ろうかの」
そう言って原初の魔物は、挟撃してきたもう一人、女の方へと身構えた。
これは少し、分が悪い気がする。
相手の原初の魔物は『アイテム枠』も使ってゴーレム素材を持ち込み、モスナ像に使った感がある。ついでに先の水晶広間で壊された分のゴーレムもだろう。
つまり、人員コストで用意された戦力が減っていない。
対してリーズロット側は、単純に戦力を失ったとみて間違いあるまい。
水晶広間での小競り合いはここで隊列を整えさせるための仕掛けに過ぎないだろうから、致命的なコストロスにはなっていないと思うが……。
「其方たちは確かに強そうではあるが、マスター分のコストを考えれば、どう足掻いてもモスナとわしには勝てん」
原初の魔物の分を差し引いた全コストが、モスナ像に投入されているわけだからな。
手が必要な場合に備えてゴーレム隊で部隊を編成して、その実は最大コストを投じた一体の強力な魔物を用意してきていたわけだ。
壊れても回収さえできれば強化素材として活用できるという、よくできた構成だと言えよう。
……手を貸したいところだが。
下手な手の出し方をしたら、瞬殺されるのがオチだ。一応メタモルスライムに学んで自身の魔力を周囲に同調させる膜を作って隠蔽してあるが、どこまで効いているかの自信さえない。
気圧されたように、半人半竜の男が足を引く――ように見えた。が、違う。
引いた足裏に魔力を流し、床を蹴る。目で追うことさえ難しい勢いでモスナ像へと接近し、その凶悪な爪を突き出した。
ギギギギギキィッ!
耳障りな金属音を立てて、モスナ像の表面に浅い傷がつく。
「ッカッ!」
そしてすかさず、高出力のブレス。青白いスパークを生じさせながら放たれたブレスは白色。聖の光神属性だ。
一方のモスナ像は完全な魔力で生成されたゴーレム。属性相性的には特効となる。
体の前で杖を斜めに構えて障壁を張るが、数秒のせめぎ合いののちほとんど威力を減退させることも叶わず正面から食らった。
バキン、と音を立てて表面に大小傷がつく。
「む!?」
予想外だったのか、原初の魔物が戸惑いの声を上げた。
属性効果もあるとはいえ、コストのほとんどを費やしたモスナ像だ。傷一つ付けられないという方がむしろ自然だろう。
だが今モスナ像は間違いなく傷付き、たたらを踏んで後退した。
そのモスナ像は唇を動かし何らかの呪文を唱え、自らの繊手で傷口をなぞる。砕けた破片が浮かび上がって元の位置に戻り、継ぎ目も残さず修復された。
然程の痛手ではなさそうだ。そもそも、生命ではないゴーレムに痛覚なんてものはないしな。動力が尽きて動かなくなるまで戦える。
「なァ、どーもあんたは思い込みが激しいみたいだけどよ。ダンジョンデュエルにマスターが参加しなきゃならない決まりはないぜ?」
「……それは、其方の言う通りよ。だが己の尊厳をかけた戦いであるぞ。それを配下に委ねたというのか?」
「どういう戦い方をするのが勝率高いかって話さ」
「確かに、ダンジョンマスターだからといって戦闘に優れるとは限らんか」
半竜の言葉に原初の魔物は納得した様子を見せるが――俺はむしろ戸惑った。
リーズロットは強い。おそらくダンジョンで一番強いだろう。メンバーから外れる理由がない。
半竜の言動が虚偽だった場合。何だ。何を狙っている。
「其方の言う通り、わしは大層な思い込みをしていたようじゃ」
リーズロットが参加者に入っていないのなら、ここに揃ったドラゴン二体にかかっているコストはモスナ像と原初の魔物とほぼ同等。
油断できる相手ではないと、原初の魔物は間合いを計りつつ身構える。
「……」
しかし――男の方はよくしゃべるが、女の方は寡黙だな。顔も無表情で相対している。
だがその神力の波長は男のものとよく似て……。ん? いや、似すぎている。むしろそのものと言っていい。
これは、擬態か?
そう疑問を覚えた直後、リーズロットが描いた展望が読めた。同時に、遠くて近い場所から神力が膨れ上がるのを感じる。
ディスハラークの神力に違いない。成功したか!
「!」
天井から沁み込む唐突な属性の変化に、原初の魔物は反射的に頭上を振り仰ぐ。
やるならここでだ。
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