第115話

 まずは、リーズロットのダンジョンだ。もしかしたらシステム上第三者は侵入できなくなるかもしれない――と思ったが、入れた。

 大扉を潜って、三度目となる大広間に出る。この景色にも慣れてきた。


「アラ、いらっしゃい」


 そして出迎えてくれたのはいつものハーピィ。


「邪魔をするぞ。そろそろ時間だと思うんだが、部外者でも入れるんだな?」


 これだとデュエルのルールに関係なく、戦力を投入できてしまうんじゃないか?


「始まったら弾かれるわよ。それがダンジョンのルールだから。世界のルールを逸脱できるだけの力がないと破れないわね」


 世界のルールと来たか。

 ダンジョンとは本当に不思議な存在だな。そこで生まれた俺が言うのもなんだが。


「だから用があるなら、急いでマスターの所に行った方がいいわね」


 言いながらハーピィは水晶柱に魔力を流し、道を繋げてくれた。


「ああ。行かせてもらう」


 ハーピィが繋げた道を通って、リーズロットの私室へ。

 戦いの直前だが、慌ただしい気配はない。準備はすでに終えているようだ。


「リーズロット。いいか」

「どうぞ、お入りになって~」


 ためらいのない入室許可。ありがたく入らせてもらう。


「ごきげんようですわ~」


 リーズロットは優雅にティータイムを楽しんでいた。自身の進退をかけた戦いを控えているとは思えない姿だ。


「お前も無事に戻れたんだな」

「はい~。おかげさまで~」


 騒ぎが起こらなかったのは知っている。人間側も無事だったということだ。

 そのせいでしばらく厳戒態勢は解除されなかったし、今も警戒は続いている。まあ、もう少しの辛抱だ。

 こうしてリーズロットがダンジョンに戻っている姿を自分の目で見られたことで、本当の意味で確信できて安堵する。


「それで、今日はどのようなご用件かしら~。ダンジョンデュエルを見届けにいらしたの~?」

「そんなところだ。だが、部外者だと弾かれるそうだな?」

「第三者の横やりが入ると、公平ではなくなってしまうからですわね~。リズがゲスト認証すればデュエルに参加できないまでもダンジョンに留まることはできますし、何なら参加者コストも多分ニアの分ぐらいなら余ってますけれど~」


 外からの助太刀もできるような言い方だった。所属がどこでもシステムに則れば参加できるのは想像していたが。


「コストを余らせてるのか?」


 ぎりぎりまで使って何でもいいから用意していた方がいいのでは。いつ何が役立つかも分からないのだから。

 しかしそんなことはリーズロットとて考えるだろう。その上の判断だ。俺が口出しするようなことではないか。


「最大数までピッタリ、とは中々いかないのですわ~。それに失礼ながら、フォルトルナーは戦力としてはあまり強くはないので~。上位種であってもコストは軽い方に入りますわね~」


 個体として強くないのが幸いしたが。


「なら、加えてくれるか。呪境の香炉の発動を手動でやる」


 ディスハラークの神力に触れれば放置していても場を有利にするが、仕掛ける機を調節できるのならより効果を期待できるだろう。


「よろしいですわ~。では、少々お待ちくださいね~」


 リーズロットはシステム用の魔法陣を呼び出し、操作。と、手の甲にむず痒さを感じて目を向ける。

 そこには黒色で痣のようなものが浮かび上がっていた。多分、薔薇の花だ。

 おそらくこれはリーズロットを象徴するものなのだろうが……黒薔薇?


「お前、一体どういう魔物なんだ」


 原初の魔物だからそのものではないとしても、似た傾向の何かぐらいはあるだろう。


「うふふ~。内緒ですわ~」


 それはそうか。

 まあ一つ言えるとすれば、意味ありげに彫刻をしているドラゴン種ではないんだろうなというぐらいだ。


「じゃあ、適当に場所を借りるぞ」

「ええ、お願いしますわね~。でも無理はしないように勧めますわ~」

「だろうな」


 余った半端なコスト枠で入れるぐらい、俺のコストは低いらしい。主戦力として投入されているだろうダンジョンの配下たちの戦いになんぞ、手を出せる気はしない。


 ……まあ、確かに俺自身の力は強くはないが。

 補助能力には、それなりに自信はあるぞ。リーズロットの配下が強いのならばなおさら、効果も高くなるだろう。


 前回呪境の香炉を設置しに行ったので、待機するべき場所は分かっている。

 俺はハーピィ経由で転移しているが、侵入者は通常、歩いてダンジョンを進む。

 入り口の水晶広間から曲がりくねった一本道の通路を抜け、馬に乗った勇壮な騎士の像が中央にそびえるちょっとした空間に出る。


 基本的に屋内の様相をしているが、この辺りは花などが土の地面を作って植えられていたりもしていて、庭園の雰囲気もある。

 樹木までもが所々にあるので、俺はフォルトルナーの姿に戻ってそのうちの一本に留まった。

 俺がフォルトルナーだと分かれば、手加減をする奴もいるだろう。


 こちらに容赦する理由はないので不公平と言えばそうだが、命と尊厳がかかっている。攻め込んできているのも先方なので、そのあたりの精神は脇に置かせてもらおう。


 待機して十数分後――厳かに鐘の音が響き渡る。この階だけではなく、ダンジョン全体に聞かせている様子だ。

 そして大きな鬨の声が上がった。同時に交戦が始まる音も。

 序盤の戦場となったのは、入り口すぐの水晶の広間。戦況は……目で見ないとさすがに分からん。どちらもダンジョン産の魔物だし。


 ただ、その中で異質な輝きを放っている者がいるのは察知できた。多分魔王軍側の原初の魔物だ。

 戦場の音は徐々に小さくなっていく。消えた魔力反応から察するに、被害はほぼ同程度だろう。力量も制限されると言っていたから、道理と言える。

 侵入した魔力の一団は通路を突き進んでくる。散発的に上がる破壊音は、ダンジョンに仕掛けられている罠にやられたか。


 そしてついに、目視できるところにまで進攻してきた。

 この広間はドでかい騎士像が中央にあるせいで見通しが悪い。ぱっと見で受ける印象より、少人数でしか展開できないようになっている。

 待ち構えられる防衛側と違って、攻略側はどうしても一塊で進まざるを得ない。通路を制限し、罠を駆使して損耗を抑えつつ人員を振るい落とすのは基本と言える。


「後続は待機せよ。後方の警戒も怠るな」


 そう自らの配下に指示を与えた原初の魔物は、老年の男の姿をしていた。

 目深にフードを被った黒いローブ姿で、顔には深いしわと大きく目立つ古い傷痕が見える。

 腰は曲がり、杖を突いてようやく立っているような状態だ。

 まあ、見たままではないだろう。宿す魔力が俺には図り切れないほどに膨大だ。

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