第114話
「一週間ぐらい前、アトリエにいなかったときも魔物の軍の所に行ってたんでしょ? 多分、今日の儀式まで魔物の足を止めるために」
「結果的に成し遂げたのは俺じゃないけどな」
魔王軍は昨日の遅くに王都近辺に辿り着き、今は町から少し離れた場所に陣を張って休憩している。
ここまで足が遅くなったのは、リーズロットによって消耗したゴブリンとオーガを補充していたからだと思われる。
軍勢の規模がリーズロット襲撃前と同等になっているから間違いない。
奴らがダンジョンを支配下に置きたいのは、これも理由の一つだろう。雑兵の補充がとにかく容易くなる。
魔王軍本拠の魔王城もダンジョンであるはずだが、多くて悪いことはないのと、中継地点としてあると便利なのは分かる。
現在、魔王軍に動く気配はない。疲労を抱えたまま動くよりも、リーズロットのダンジョンデュエルの結果を待つつもりだ。
純聖神製の結界を持つ町に仕掛けるのは、それだけ嫌だという証明でもあるな。
だがたとえ嫌でも、必要であればやるだろう。戦力を整え直してまでここに来ているのがその証。
ただ、奴らは人間を甘く見ている。緊張感がない。自分たちが攻められることは考えていない気配がする。
国王はじめ首脳陣はどうか知らんが、フレデリカ王女は結界が拡張され次第打って出る気だ。
「それで、ニアはどうするの」
「出る」
「やっぱり!」
持論を肯定されたリージェは、眉を下げて俺を見上げてくる。
「どうしてもニアが行かなきゃ駄目なの? だって危ないし……。そりゃあ、採集とかで魔物と戦うこともあるけど、基本、錬金術士って戦闘従事職じゃないよ?」
「勿論分かっている」
「ニア見てると、言葉通りに受け取れない……」
分かっているのは本当だ。必要だと思うことをしているだけで。
「リージェ。お前は城から出るなよ」
ここは町の中心だから、何かがあっても一番最後まで護られる場所だ。
「本当に、どうしても行くの? ここは王都で、強い騎士の人だっているし」
俺の意思を確認しても、リージェはまだ引き留めようとしてくる。そこにあるのは純粋な心配だ。
「そうだな。騎士の多くは俺よりも強いだろう」
そんな中に実力の劣る俺が行く意味があるのか? と問われれば、きっと答えは否だろう。誰かが求めているわけでもない。
「だが、出来ることはあるはずだ」
行って足手まといになるようであれば自重するべき。だが邪魔にまではならない自信もまたある。
「だから、行く」
俺が大切に想うのは、イルミナやリージェといった一部の人々だけだ。
だが俺にとっては大切でもなんでもない誰かもまた、きっと誰かの大切な存在だろう。そして大切に想う誰かを辿っていけば、究極、繋がりのない者などいないのではと考えている。
ダンジョンで生じて、縁も所縁も持たなかった俺でさえ、生きているうちにこれだけの繋がりを得た。
生じた瞬間から繋がりを持つ世の生き物たちが抱える絆は、どれほどのものがあるだろうか。
「……分かった」
ややあってリージェはうなずき、手を引いた。
「でも、無理はしないで。わたしにできることはある?」
「ある」
「えっ。なになに?」
即答した俺に、リージェは勢いよく食いついてきた。お前も大概献身的だと思うぞ。
知っているけどな。初めて会った、ノーウィットでのダンジョン討伐のときから。
「戻ってきたとき、無事で出迎えてくれ」
「――っ」
リージェは思い切り顔を赤くしてから、うなずく。
「分かった。……あのね、ニア。こんなときに言うのもどうかって感じだけど」
「何だ」
「わたし、一人じゃなくてもいい。それでもニアを愛していい立場が欲しいし、愛してほしい」
「そうか」
リージェの言葉は本心だ。その関係に耐えられるかどうか不安も感じているが、覚悟の方が強い。
それだけ、俺の側にあることを望んで決断した。
「お前が俺を選んでくれたことを後悔しないよう、俺も務めよう」
「愛してくれる?」
「ああ」
答えてリージェの体を抱き寄せる。抵抗はなかった。触れるだけの口付けを落とし、離す。
「お前を愛しく思う気持ちに嘘はないつもりだ」
「……うん」
それで納得できるかどうかは、リージェ自身も試してみなければ分からないといったところだろう。
だが今は俺を選んだ。ならば俺も俺のできる限りでリージェを愛そう。
「行って来る」
「行ってらっしゃい。――きっと無事に戻ってきてね」
「そのつもりだ」
リーズロットのダンジョンを護り、王都前に陣取る魔王軍を蹴散らし、二勢力間に停戦を結ばせる。
やってやるとも。
俺自身がその結末を望んでいるのだから。
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