第113話

「ともかく、精一杯の想定をして備えるしかないってことだね」

「ああ」


 だが全力の警戒をし続けるのは難しい。いずれ必ず隙が生まれてしまう。

 とはいえ、今回は大丈夫だろう。そこまでの長期間ではない。


「何、そう悲観的になることもない。結界の拡張と同時に、こちらから仕掛けて蹴散らしてやる」

「それしかないだろうな」


 アストライト側としては、長々と王都周辺に留まられても困るだろうし。


「時が間に合ってくれるといいんだが」


 フレデリカ王女の声は不安そうだ。彼女からすればいつ攻められるか分からないわけで、自然な心境だろう。だから答えた。


「間に合う。必ずな」


 そうなるように調整している。

 断言した俺にフレデリカ王女は驚いた目を向けてきて、小さく笑う。


「ふっ。それは私が言わなくてはならない言葉だったな」

「立場はそうだが、準備の進捗は俺が詳しい。間違っていないと思うぞ」

「違いない。――だが」


 常に周囲の目を意識して、自信のあるように振舞う。その仮面を少しだけ外して、フレデリカ王女は期待のこもった眼差しを向けてくる。


「頼もしく思ったよ。ありがとう」

「そうか」


 フレデリカ王女に応じた先で、ふとイルミナと目が合った。瞬間、気まずげな顔をして視線を逸らされた。なぜだ。


「イルミナ」

「な、なに?」

「なぜ目を逸らす」

「っ……」


 イルミナに拒絶されたくはない。理由が分からないから余計に気になる。


「ニアさん、時々容赦ないよね」

「問題を放置して解決することなどまずない。俺は延々お前に目を逸らされ続けるのは嫌だ」

「そうだよね。わたしも、ニアさんに目を逸らされたら怖くなると思う。ごめんなさい」

「謝るような理由なのか?」


 それだとイルミナ側の問題ということになるが。


「うん。今のは、ただの嫉妬だから」

「嫉妬?」

「殿下が、ニアさんに好意を持ったのが怖かったの」

「あぁ……。それは、悪かった」


 イルミナの告白に、原因となったフレデリカ王女は困った様子で謝った。


「いえ。申し上げた通り、わたしの狭量な嫉妬です。二人に対しても失礼な勘繰りでした」

「いいや、そうでもない。お前の感触は正しいぞ、イルミナ。だから気になったんだろう」


 苦笑して首を横に振ると、フレデリカ王女は改めて俺を見た。


「魅力的すぎるのも時には罪か。弱い部分にこうも的確に寄り添われてはな……。だが、それだけ私は嬉しかったのだ」


 己を肯定されて嫌な気分になる者は少数だと思うが、それにしたって効きすぎじゃないか?


「お前の周囲は、余程お前に優しくないらしい」

「だから、そういうことをさらりと口にするのは止めろ。頼りたくなってしまうだろう?」


 口調は冗談めかしているが、フレデリカ王女の声に宿る感情は結構本気だ。

 何となく、分かる。

 ここで俺が是と言えば、フレデリカ王女はおそらく今後、俺への好意を隠さない。隣でイルミナも察したらしく、目に力を込めた。

 こちらも引かない雰囲気だ。


「頼ってくるのは構わないが、応えるとは限らないぞ」


 好意を拒む理由はないので、そのまま答える。

 フレデリカ王女は一瞬絶句して。


「はっはははははははっ!」


 痛快そうに笑いだした。


「なるほど、そう来るか。だが『限らない』というのは、そのままの意味で受け取ってもいいのか?」


 裏を返せば『応えるかもしれない』ということでもある。

 そしてフレデリカ王女の認識は間違っていない。


「ああ」


 なので、肯定する。


「ただし、今のところお前に応える意思はない」


 身分が余計に面倒そうだし、すでに心が望んでいるイルミナとリージェだけでも正直俺の力ではまだ娶るに足りない。これ以上妻を増やす余裕はないだろう。

 半ば応じるつもりなどない、ただ、未来だから断言できない。その俺の意図をフレデリカ王女は違えず読み取った。


「ああ、それは分かるよ」


 苦笑してイルミナの方を見る。

 若干の誤解がありそうだな。訂正する必要はない部分だから流すが。


「誰かの想いを踏みにじってまでという、強い執着を持ってしまったら考えよう。まあ、避けた方が無難だがな」

「同意する」


 俺の答えに、僅かに寂しげに、しかしそんな感情さえ振り払うかのようにフレデリカ王女は顔に笑みを浮かべた。


「では、私は失礼する。目的も達したし、準備も進めねば」

「じゃあ――またね、ニアさん」

「ああ」


 今日は最後までフレデリカ王女に同行するようだ。二人を見送ってから、俺も踵を返す。

 備えて悪いことはない。俺も可能な限りの準備を整えるとしよう。




「そろそろ、儀式が始まる頃かな」


 俺が使っているアトリエにある椅子の一つに腰掛けたリージェが、窓から外を眺めつつ呟く。声は少し不安そうだ。


「いい時間帯だし、おそらくは。……しかしなぜお前はここにいる」

「え? ダメ?」

「駄目ということはないが」


 儀式が行われる今日、太陽が昇ってわりとすぐにリージェが部屋に突撃してきた。以降、ずっと居座って今に至る。


「だって目を離すと、すぐにどこか行っちゃうんだもん。今ならたとえば、魔物の軍勢を迎撃に出かけたりとか?」

「勝ち目と必要がなければしないぞ」


 俺はあまり強くはない。何なら現場に出向くだけ足手まといになる。


「でもつまり、勝ち目があって必要だったらやるのよね?」

「普通はそうじゃないか?」

「普通はためらうと思う。行動起こすのって、勇気と覚悟がいるし。勝利に貢献できる力を持ってることから稀有だし」


 そういうものか?

 人間の普通に関しては確実にリージェの感性が正しいので、否は唱えんが。

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