第110話
リーズロットと共に戻ってきた王都は――成程、恐怖の後が見て取れる。実に堅固な防衛体制が敷かれていた。
外に向けてもそうだが、主軸は内側に対してだ。
魔王軍の到達にはまだ時間があるが、ダンジョンは足元。一瞬後に魔物が飛び出してくるかもしれない、という危機感の差だろう。
「あら~。困りましたわ~。どうやって帰ろうかしら~。強行突破するしかない気もしますわね~」
「止めろ」
緊迫してぴりぴりしているときにさらなる刺激を与えたら、無用な悪感情を買うぞ。
短く否定した俺に、リーズロットはぷく、と頬を膨らませた。
「だって、ダンジョンに帰らないわけにはいきませんわ~」
「少し待て」
「考えがあるのなら待ちますけど~」
好んで騒ぎを起こしたいわけではないリーズロットは、強行突破案を一旦引っ込めた。
俺も無策でリーズロットを止めたわけではない。当ては本当にある。
まずは人化して再び隠者の粉を自分にかける。例外処理用のブレスレットもしっかり装着。
以前にリージェと入った門は……あの辺りか。
かつてと違って門衛はいない。大門も閉じられていて、一般人の出入りを禁止しているようだ。
好都合と言える。
外壁の上を行き交う見張りは多いが、視覚のみに頼っている者が大多数のように見受けられた。おかげで見付かることなく門に辿り着く。
貴族などの特別枠のための門――の、更に脇にある、関係者用の小さな扉から中へと入る。
当然鍵がかかって閉まっているが、他に方法がないので壊させてもらう。
鍵の部分の構成を読み解き、一部の結合を弱くする。と、立ち眩みを感じた。
……さすがに魔力を使いすぎだ。疲労が無視できなくなってきた。
大体、物質の完全な分解と再構成なんて、道具の補助もなくやるようなものじゃないんだ。まったく、スィーヴァも余計なことをしてくれる。
魔力と神力のバランスが絶妙な今の世界の在り方が、俺には望ましい。魔力だけに偏っても神力だけに偏っても、素材が減り、可能性が失われるだけだ。遠慮したい。
ともあれ無事に鍵を壊して中へと入った。出るときに結合を戻せばバレないだろう。多分。強引に変質させてるから、少し脆くなるだろうが。
そこまで精査して変化させる魔力が惜しい。と言うか余裕がない。
さっさと済ませよう。あのとき騎士がブレスレットを取り出したのは、奥の棚からだったはず。
記憶を頼りに戸を引くと、あった。
ここも城への門と同じ理由だな。入る時点で保証されているから、中の方の警戒は外に向けるものよりも薄くなる。
ブレスレットもおそらく、城のアトリエの鍵と同じ細工だろう。一度魔力質を保存したら、当人にしか使えない。
なので直接触れないようにしてブレスレットを一つ盗り、リーズロットの元に戻る。
「待たせた。これを身に付けておけ。おそらくそれで結界が例外と判断して反応しなくなる」
「あら、そのように便利な物が~」
「少しは実益がないとやる気も起きないだろう」
これでリーズロットは王都だけなら歩きやすくなる。彼女の目的の一部は達成できると言っていいはずだ。
「だが、あまり頻繁に使うのは勧めない。正規に得た品ではないから、何かしら不正を見抜く方法が用意されていた場合に騒ぎになる」
一つ紛失しているのはすぐに知れるだろうし。
「分かりましたわ~。注意しましょう~」
早速右手首にブレスレットを填めたリーズロットはご機嫌だ。
今度はリーズロットにも隠者の粉を使って、再びこっそり町の中へと入る。壊した鍵も直して扉を閉め、隠蔽は完了。
やれやれ。やっと戻って来られた。
そろそろ陽が落ちそうだ。丸一日留守にしていたことになるな。
……一瞬、戻りたくない気持ちが沸き上がった。が、すぐに押しやる。目的のためにはこの面倒から逃れる術はない。
「俺は城に戻るからここまでだ。見付からないように気を付けろよ」
魔力は隠せてないからな。
町中も警戒しているし、人の往来もない。魔法による監視もないとは言えまい。
「身を隠す術はあるか?」
「そうですわね~。全力で駆け抜けるというのはどうでしょう~」
ないんだな。
魔王軍を圧倒した火力といい、攻撃重視な気配がある。
「ああ、そうだ。一ついいか」
「はい~?」
「ダークエルフの指揮官や神人は見たか? 正面から戦って、お前は勝てそうか?」
「能力値だけなら、勝機はなくないと思いますわ~。けれど神人が与える神の力は、地上のものとは桁が違うとか~。その恩恵にあずかっていると考えれば、正面きっては難しいのではないかしら~」
「そうか」
リーズロットの答えは予想通り。
奇襲で大きく有利な状況を作り出したのに、リーズロットは逃げることを選んだ。それが答えだ。
オーガやゴブリン部隊はほとんど壊滅したように見えた。しかし中枢は無事な気もするから、進軍してくるか引くかはまだ分からん。
神人たるステラまで同行しているんだ。引かないかもな。
「ですので、聖神の結界を頼みにはしているんですのよ~? こうしているだけで体は重いし気分も悪いので、きっと魔王軍も同じですわ~。そうして人間が魔王軍を撃退してくれればよいですわね~」
「長話はやめておくか。では、またな」
「はい~。ごきげんよう~」
片手はパラソルで埋まっているので、もう片手だけでリーズロットはスカートを摘まんでお辞儀をした。
それから優雅にターンして俺に背を向けると、言った通りに駆け出した。
さすがに速い。あっという間に見えなくなった。
リーズロットを見送って、俺も城へと向かう。こちらも無事に通り抜けられるかどうか微妙だ。
平時ならともかく、街中にあるダンジョンから魔物が出てきたわけだからな。きっと外門より警戒が強いぞ。
自分の周囲にある魔力と神力を操作して、できる限り周囲と馴染ませ己の存在を覆い隠す。
――ああ、やはり見張りが増えている。果たして俺の実力での隠ぺいが通じるか……。
緊張しつつ、門衛二人の間を通り抜けた。
反応、なし。よかった、誤魔化せたようだ。
成功したとはいえ、長く留まってはいたくない。さっさと錬金術棟へ向けて歩き出した。
職人区の境を抜け、ほっと一息。ここまでくれば、見付かっても最悪言い訳はできるだろう。
三階の自室に戻って、椅子に座り込む。
「疲れた……」
つい、声に出して呟いてしまった。
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