第109話

 まずは適当な場所の草木をどかして地面を露出させ、足と嘴を使って土を掘る。ある程度の深さになったら辺りの魔力に干渉して水を作り、風と併用して表面を均した。仕上げに焼いて乾燥させ、ともかく一時でも崩れないようにする。


 簡易の土釜の中へ、選別した木と花を投入。余計なものが混ざらないよう、魔力で障壁を作って遮断する。


 本来の錬金釜なら専用の溶液で満たして材料を明確に外部と切り離すところだし、叶わないのなら闇の魔神バズゼナの神呪で空間を閉ざしたいところだが、そこまでしたらさすがに様子を見に来るだろう。


 ……大丈夫だ。集中しろ。道具の補助がなくても、特性の一つ一つを寄り分ければ理論上は完成するはずなんだ。


 深呼吸をして――取り掛かる。


 投入した木と花に干渉し、この世界において多数の要素が結合して成した形を分解して失わせる。

 元の姿を失って、土釜の中で特性だけを維持したマナへと変わる。その中から求める特性を結合し直し、新たな形を与えた。


 作り上げたのは直径二センチほどのくすんだ赤い球体。与えられた形が不完全だから、すでにマナが剥離して霞のように周囲に漂う。

 やはり、強引に繋げただけだと安定しない。完全に崩れるのも時間の問題だ。さっさと使って行動を起こすとしよう。


 魔力の蓋を外すと、使わずに残った特性のマナが思い思いに散っていく。手近なところで、天幕の中の植物と同化したものも少なくなかった。

 もともと同じ特性だからな。親和性が高い。


 赤い球体を魔力の風を操って持ち上げて、外に放る。直後に発動。

 元々形など仮初に与えただけの物なので、特性そのまま、赤いマナを広範囲に飛び散らせてすぐに掻き消える。


 だがマナそのものだからこそ、影響力は高いぞ。

 一瞬の沈黙。そして次の瞬間には、オーガとゴブリンの咆哮が響き渡った。

 続いて、物を壊す暴力的な音。


「な、何だ! 何が起こった――うっ」

「待て、近辺のマナがおかしい。体のマナが侵食されると、脳が狂って錯乱するぞ! 影響を受けないよう、自身の魔力を徹底的に制御しろ!」


 ダークエルフたちは、何が起こっているかを即座に見破った。


「これは攻撃だ。周囲を警戒しろ。あるいは――」


 ここにいるのは意思の統一が成されたダークエルフと、ダンジョン産と思われる自己が薄弱な魔物たち。

 その中に加わった異物である俺は、すぐに元凶として思考に浮かぶことだろう。

 天幕の入口にダークエルフの手がかかる。入ってきたら、至近距離で大量に発動し、マナを狂わせる。質量は力だ。


 即席の錯乱球を使う機会は――来なかった。

 外が急に明るさを増した、と思ったら、轟音を立てて巨大な何かが立て続けに落下してきたせいだ。そしてあちこちで火の手が上がる。


「何だ……。隕石でも降らせたのか?」


 逃げるのも応戦するのも忘れ、うっかり周囲へと首を巡らせてしまう。

 嘘ではない俺の戸惑いに、入ってきたダークエルフは俺犯人説を一時保留にしたらしい。


「フォルトルナー、ここは危険です。しばし我らの側から離れないように」


 言って、断りもせずに人間とさほど変わらない俺の体を抱え上げた。

 ダークエルフに力が強い印象はないが、上位種ともなればそれなりだな。


 問答無用で連れ去られようとしている俺の前に、優美に歩み寄ってくる者がいた。背後に混乱と炎を背負って、場違いに微笑みつつ。

 裾の長い黒のレース付きドレスを爆風で踊らせ、まるでそよ風のように錯覚させる穏やかさを湛え、軽く会釈。


「ごきげんよう、魔王軍の皆様~。少々、慌ただしくて申し訳ないのですが~」


 リーズロットは微笑みながら、左右の手を広げて何かを載せているかのような仕草を見せる。だが、そこには何もない。視覚的には。

 彼女の手の周囲にあるのは魔力だ。彼女自身と周囲から集められ、振動している。それは瞬く間に巨大な波となり、擦れた魔力同士が焼けた音と光を生む。


「ばぁーん、ですわ~」


 実に間延びした起爆の声と共に、圧縮された熱と振動が爆発した。

 火ではなく、純粋に熱を含んだ衝撃波だ。円状に弾けて、触れたものから熱を移され燃え上っていく。凶悪だな。

 伝えているのが空気だけに、到達も速い。ほぼ一瞬で魔王軍の陣地全てが燃え上がった。耐性の低いものは即座に消し炭だ。オーガやゴブリンを含めて。


「っ……」


 俺を抱えたままのダークエルフは体のあちこちに火傷を負いながらも、生きてはいた。自分が傷を負っても俺を庇いきったのはさすがと言える。

 だがどこからともなくパラソルを出して、ちょっと気取った角度に傾けて差すふざけたリーズロットの姿を目の前にしてなお、仕掛けようとはしない。

 それどころか足を引き、離脱の隙を窺っている。


 注意はすべてリーズロットへ向かっているようだ。今ならば。

 ぼふ、と音を立てて赤い霞がその場に生じる。


「!」


 それが何かを分かっているダークエルフは即座に飛びのくが、遅い。体が傷付いた分だけ、ダークエルフの体を構成する魔力は万全ではなくなっている。

 普段よりも格段に、外部からの影響を受けやすい。結果。


「っがあぁァァァ!!」


 獣じみた咆哮を上げて辺りに魔法をばら撒き、矢を握って手近な天幕に突き立て、力任せに引き裂くといった無意味な暴力を繰り返す。


「さあ、ニア~。離れましょう~」

「そうしよう」


 手招きするリーズロットと共に、混乱する陣地から急いで脱出する。

 途中で林を通ってしばし駆けた後、後ろを振り返ってみた。追っ手はなさそうだ。まあ、それどころじゃないか。


「助かった。が、お前、どうやって外に出た」

「あら~。別に出られないわけではないんですのよ~。ただ見付かると襲われるから、避けていただけで~」

「いや、それは分かってるが」


 つまり、堂々と己の存在を覆い隠さず出てきたわけか?


「王都は酷い騒ぎだろうな……」

「ええ、酷い騒ぎになっていた気がしますわね~。すぐに離れたので、どうなったかは分からないですけれど~」

「なぜそんなことを」


 何かしら対策を取るか、もしくは見過ごしても構わなかっただろうに。

 降伏を選択するのなら、遺恨はできる限り少ない方がいい。つまり魔王軍の本気を見ても、交戦を選んだということなんだろうが。


「うぅ~ん」


 俺の問いに、リーズロットは少し困ったような声を出す。手遊びにか、くるくるとパラソルの柄を回した。


「理由はきっと、色々あるんですの~。リズはまだ人間と敵対したくはないので、橋渡しをお願いしたいとか~。結界をしっかり強化してくれた方が安心感が増すとか~」


 利はあるだろう。だがそれ以上に危険が大きい気がする。

 リーズロットも分かって言っている。だから自分の言葉に納得していなさそうな顔をしているんだ。


「でも一番は~。リズに協力してくれた貴方を、ただ見捨てたくはなかったのですわね~」

「……そうか」


 リーズロットが抱いた気持ちは、きっとかつての俺と同じものだ。

 ならば心に宿った気持ちに苦しまないように、なんとしてでも無事に切り抜けないとな。

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