第108話

 それもそのはず。ステラと呼ばれた女は、間違いなくこの世界の誰よりも次元の違う高みに座す者。

 魔の光神スィーヴァに仕える神人だ。


「久しぶりね、フォルトルナー。壮健そうで何よりよ」

「……本当に神人が降りてきていたのか」

「ええ。魔を求める者たちの力も大分蓄えられたから、そろそろ攻勢に転じてみようということになったの」


 ただでさえそのものの輝きが豪奢な金の巻き毛に、金属で繋いだ宝石を飾り付けた髪をさらりと掻きあげて整える。

 身にまとうのは光で編んだように艶やかに色合いを変える薄い一枚の紗。要所を絞って襞を作り、洗練された着こなしをしている。


 およそ首と名前の付く部分には例外なく大ぶりの宝石が飾られており、一歩間違えば下品になって失笑を買いそうだ。

 しかし恐ろしいかな。彼女自身が宝石より余程美しく輝いているせいで、見事に扱いきっている。


「お知り合いでしたか。これはとんだご無礼を……」

「仕方がないわ。いくら誘っても神界に移らないこの子が悪いのよ。一地上種の身に拘るならば、当然その権利も地上種のものでしかないわ」


 そこに文句を付けようとは思わん。ステラの言う通りだろう。

 だが俺は今、自分の選択の正しさを痛感しているぞ。神界に行っても歌わされるのは何も変わらない。誘いに乗っていたら今頃、ストレスに塗れて後悔したことだろう。


「そういう訳だから、こうして捕らえられた貴方はやはり神界に献上品として送られるのだけど。まあ、地上に帰ってきたいのならば向こうで頑張るのね」

「……」


 そもそも大人しく贈られるつもりはないので、無言で目を逸らす。

 反抗的な態度にくすくすと楽しげに笑って、ステラはエイディを振り向いた。


「分かってくれたと思うけれど、彼のことは丁重に扱ってね。神界の神々は皆、彼を寵愛している。まかり間違って殺したら、楽な死に方はできないわよ」

「心得ました」

「任せるわ」


 ひらりと手を振って、ステラは集団の中へと戻っていく。


「……専用の寝床がいるか」


 ぽつりと呟き、エイディは周囲へと指示を出し始めた。およそ数分後、俺は新しく張られた天幕の中に移されることとなる。

 地面に敷かれたクッションがふかふかで、うっかり外だということを忘れそうになる頑丈な天幕だ。


 待遇はよくなったが、見張りが厳重なのは変わりない。いっそより隙がなくなったかもしれない。

 ステラが俺のことを送る気満々なせいだな。エイディの振る舞いからして、なんとしてでも彼女の意向を叶えようとするだろう。


 しかし神人が来ているという話……これで確定してしまった。しかも世界の属性を塗り替える、聖戦を起こすつもりだ。

 こいつらの力の一端は、メタモルスライムを通じてリーズロットの元に届いているはず。彼女はどう判断しただろうか。


 そしてリーズロットがどう判断するにせよ、俺はのんびり捕まっているわけにはいかない。こいつらは町に聖神の結界があるのを承知で、その下にあるダンジョンを攻略しに来ているんだ。

 突破する手段を用意しているのは間違いないだろう。


 そして目的のために邪魔になるだろう人の町に、遠慮をする理由はない。下手をすれば壊滅しかねないぞ。

 ……だが、どうする。オーガやゴブリンぐらいなら、俺の魔力でも彼らの魔力障壁を越え、声で従わせることは可能だろう。しかしゴブリンメイジとなるとすでに少し怪しい。ダークエルフたちに至っては、おそらく一人たりとも通じない。


 俺の地力で逃げだすのは不可能だ。それはこの場の全員が分かっている。かといって油断もしてくれていないが。


 ……ん?


 待て。そうか。自力しか見られていないなら、むしろそれこそつけ込む隙なのではないか。

 俺の強みはフォルトルナーであることではない。錬金術士であることだ。

 待っていても事態が改善する見込みはない。すぐに行動に移すことにする。


 まず、不意に落ち着かなげに体勢を頻繁に変える。続いて、地面に敷かれたクッションを嘴で毟り始めた。

 環境にストレスを感じていることを示せば、すぐに見張りのダークエルフが顔を見せた。


「いかがしました。何か、至らぬ点がございましたか」


 彼らの中で俺はすでに神の物なので、扱いが丁重だ。存分に利用させてもらう。


「獣臭くて落ち着かない。草や枝はないのか」


 フォニアが己に適さないものに強いストレスを覚え、また抵抗力も低い弱小種なのは周知である。

 直前にエイディがステラに脅されていたことも手伝って、効果は高い。

 フォルトルナーに進化した俺はそこまで過敏ではないが、こいつらには分からないだろう。


「少々お待ちを」


 苛々とした調子で訴えれば、焦ったように一度退出した。そして十数秒で戻ってくる。


「ただいま、近くの林へ収集に向かわせました。今しばらくご辛抱を」


 よし。やはり簡単に通った。

 尚もそわそわと落ち着かない素振りを維持しつつ、素材を収集に行かされたゴブリンやオーガたちを待つ。

 その間ダークエルフもそわそわと落ち着きがなかったが、俺の自由を侵害してきている相手だ。知らん。


 俺にとって、そしてダークエルフにとって幸いなことに、ゴブリンたちの採集作業はそう長くはかからなかった。知能の高さの証明だ。

 そしてオーガたちが運んできた枝や草、花が天幕の中に運び込まれる。

 オーガやゴブリンにしてみれば、これらは本当に草木以上の意味はあるまい。個々にある名前さえ、ほとんどの個体が興味を示さないはず。


 ダークエルフは森の民だからもう少し詳しいし、薬草や毒草には詳しいかもしれない。実際、毒のある物は存在していない。省かれている。

 だがそれだけだ。甘い。


 ダークエルフが安全、無害と判断したどの植物も、俺にとってはすべてが有用な素材だ。

 獣の敷物は取り払われ、草木のクッションで埋め尽くされた地面が完成する。この方が落ち着くのは間違いないので、自然と体から力が抜けた。


「またご用命がありましたらお呼びください」

「ああ」


 草に埋もれて満足そうに答えると、ダークエルフはほっとして出て行った。呼ぶ前よりも気配が遠ざかった感じがある。

 俺がフォニアに準ずる神経質さを継承していると判断して、刺激しないようにと考えたんだろう。

 誰だって神々の不興を買って、苦しい死に方などしたくない。


 そこまで計算していたわけではないから、人払いができたのは嬉しい誤算だ。

 ただ、ここには錬金術に使うための器具が何もない。さらに言えば人化もしたくない。敵に与える情報はどんなものでも可能な限り少なくするべきだろう。誤報以外は。


 よって、最も高難度な方法で調合することになる。

 素材を世界に満ちる命の力、マナにまで分解して再構成する、真なる創造の錬金術。

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