第34話
それから一度二度失敗を重ねながらも、トリーシアは台座を五つのパーツに分けて成形段階に持ち込んだ。しかしその表情は晴れない。
本人の反応を見るに、この先の結合に不安を感じていると思われる。段階が進めば進むほど、失敗で跳ね返ってくる損失が大きくなるからな。
そして俺の見立てでは、トリーシアは七、八割の確率で失敗する。
俺たちが担当した結晶と違って、こちらの台座に使われる材料には少々癖があった。トリーシアの魔力制御力では難しいだろう。
なので、今のうちに少し手を加えておく。
トリーシアとリージェが寝静まった後、俺は鍵を開けて工房に忍び込む。内側に入れていると、こういう作業が楽でいいな。
成形は――上手くいっている。固まり切ると干渉が面倒になるから、ギリギリ間に合ったというところか。
台座一つ一つに触れ、宿る魔力を整えていく。余計な属性を脇に押しやり、繋ぐべき魔力を前面に広げ、扱いやすく。
……こんなものか。
思っていたよりトリーシアが優秀だったので、台座に手を出す余地はなかった。まあ、弾くもの・受け入れるものの判定をするのは宝玉の方だから、おそらく大丈夫だろう。
変に注目されないためにも、トリーシア自身に作ってもらえるのが一番ではあるのだし。
最もやっておかなくてはならない作業を終え、俺はほぅと息をつく。それから魔法で明かりを生み、本棚へと向かう。これからは趣味の時間だ。
トリーシアは、おそらく魔力制御を意識的に使っているわけではない。彼女流に言うのならばそれは技術ではなく、才能なのだろう。
僅かな努力で成し得る適性を言うのなら、才能と呼んでも間違ってはいない。努力で補える部分だがな。
そして今代はどうか分からんが、歴代錬金術士の中に魔力制御が得意な者がいたのは間違いない。いつか彼らの残したレシピを見てみたいものだ。
本を捲りながら、そんなことを考える。
はたして、どれぐらいの時間が経っていたのか。不意に扉が大きく開く。
「誰!? 大人しくしなさい!」
震える声で誰何と牽制の言葉を放ったのは、トリーシアだった。薄手のネグリジェにガウンという心許ない恰好で、手にランプと木材を持っている。
顔を上げた俺と目が合うと、トリーシアは唖然とした顔になった。
「あ……なた。何をやっているの」
「昼間は暇がなかったから、今本を読んでいる」
何分、本は高価な上希少で、数が少ない。
俺が持っているような、大勢に普及させたい内容は大量に写本が作られる。何ならギルドに保管してある書を写本するのも自由だ。
だが必要とする人数が限られてくる高度な専門書はそうはいかない。あまり広めたくない情報だってあるだろう。書き写すのにも知識が必要になってくるので、自然と冊数が減る。俺の手元まで来るはずもない。
この部屋を用意した者がトリーシアにとって必要な本を揃えたかどうかは分からないが、少なくとも、俺が手にしたことのない本ばかりではある。興味が尽きない。
「そうかもしれないけれど」
脱力した様子で呟き、トリーシアは木材を壁に立てかける。
「言っておくけれど、この棚の本の置き方は滅茶苦茶よ。具にもつかないインチキ本まであるわ。錬金術と書いてあるものを片端から集めて、隙間を埋めてみたというだけの本棚ね」
呆れた調子で言い、トリーシアは棚に向かう。そして表題を確認しつつ、迷いのない手つきで本を取り出していく。
机に置き内容をパラパラと一読して、そこからさらに左右に分けた。最終的に二冊抜かれた本の山が俺へと差し出される。
「どうぞ」
「?」
「読む価値があるのはこれだけよ。他のはすべて大嘘ね。表紙だけ真似するものまであるから……悪質だわ。まったく」
「領主が揃えた工房にそんな紛い物があるのか」
道理で、無茶な内容が書かれていると思った。俺の知識不足や技術不足ではなく、ただの誤情報だったのか。
「知識がなければそんなものでしょう」
「そんなものか。……しかし」
「何?」
言葉を切って自分を見上げた俺に、トリーシアは不思議そうな顔をする。
「意外に親切だ」
「なっ」
自分より劣っていると判断した相手のことは、軽んじて顧みないと思っていた。
「下の指導は上の務めよ。もっとも、年下の小娘からの言葉を相手が受け入れられるかはともかくね」
「なるほど」
おそらくトリーシアは二十かそこら。まだまだ侮られる年齢だし、社会構造の中で権力を持つ生まれで、かつ才覚もある、というのなら妬みも逆恨みも買いそうだ。
ただし。
「高慢であるのに悪気はないのか」
態度が反感を煽っている部分は確実にある。
「こ、高慢ですって!? わたくしが!?」
「自覚がないのか。リージェの萎縮っぷりを見れば想像が尽きそうなものだが。ああ、人の観察は苦手な類か?」
生物としての枠からして大きく違うせいもあると思うが、俺も人の気持ちを汲み取るのは上手くない。同じ人間であっても、苦手とする分野であるのなら俺と似たようなレベルの者もいるかもしれない。
「あの子は昔からああよ。平民だから貴族には……では、ないというのね」
「イルミナにはそこまでじゃないからな」
ふむ。もしトリーシアの周りが皆リージェと同じような反応をする者ばかりであるなら、一概に彼女の勘違いとも言えない。
「ならば貴方の方が異質ということね。まあ、見れば分かるけれど。貴族の家に訪れてそうも堂々としていられる平民など、早々いなくてよ」
「貴族だから敬う、という感覚にはなれなくてな」
俺たち魔物は人のように集団では暮らさない。せいぜい十数匹から成る群れだ。
魔人なんかは人と同じように身分を作っているらしいが……。奴らは俺たちを捕まえて使役してくるので、あまり近付きたくない。その生態を詳しく知ろうとも思わん。
群れのリーダーはその力で皆を護るため様々な特権を持つが、だから敬う、というわけではない。リーダーを尊崇するのは、本人の功があるからに過ぎないのだ。
しかし人間の貴族は違う。親が貴族だったから貴族なだけ。敬うべき要素が見当たらない。ましてここの領主は正真正銘、愚物であるし。
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