第33話
それでてこずっているということは、本体の制作難度は部品よりも確かに高そうだ――などと取り留めなく考えていると。
「ニアー、ニアー」
リージェが手を挙げて呼んで来た。
「ちょっと、リージェ……!」
「ニアの意見も聞いてみましょう、トリーシア様」
何だ?
「レシピに問題があったのか?」
「王家から賜ったレシピよ!? 何を不敬なことを言っているの!」
「問題はないけど、難しくされてるのかなって」
錬金術と関係のないトリーシアの主張はともかくとして、リージェの言葉はどういうことだ?
「これこれ」
リージェが指示したレシピを見るが――分からん。
「この台座、一度に成形するから難しいんじゃない? 一つずつ作って、一台ずつくっつけていけば……」
「面倒だろう」
「レシピに勝手に手を加えるなんて!」
俺とトリーシアが反応を返したのはほぼ同時で、互いの言葉に戸惑い、顔を見合わせる。
「あー、うん。ニアはそうよね。でもここはさ、もしわたしが作るならを考えてほしいんだ」
リージェが、か。
……そうか。リージェの魔力制御では難しい、というか、不可能だな。
トリーシアなら……相当難儀するだろうが、不可能ではない、とみる。
「それで、トリーシア様」
「な、何よ」
「このレシピを作った人は、天才だったと思います。そうたとえば、このレシピを変更しようって話をしたときの反対の理由が『面倒』になるような」
ジロリ、とリージェはこちらを睨んでくる。
「でも、今大切なのはレシピ制作者と並ぶことじゃなくて、結界装置を完成させることではないでしょうか」
「それは……。けれどこれは、王家のレシピよ。最適解なの。変えて作ったとして、もし不具合が出たら」
「完成して、とりあえず今の危機を乗り越えれば充分だろう」
というか、リージェ提案の結合を個別にやる、に変えたところで性能は一切変わらんが。
「どうせ領主たちの中に過程まで検分できる奴はいない」
品を見ても理解しないだろう。効果を確かめてようやく納得する、がせいぜいじゃないか?
「……」
同意ではあるのか、トリーシアから反論は来なかった。
「トリーシア様、ご存知でしょうけど、時間がないんです」
「もちろん分かっているわ。王宮騎士団到着前に大氾濫の第二派が起こってしまったら、被害は甚大なものとなるでしょうし」
――?
トリーシアの言葉に、俺とリージェは顔を見合わせた。
彼女は、何を言っている? まるでノーウィットが見捨てられているのを知らないような……。
いや、知らない、のか? ……ああ、そうか。トリーシアは見栄のための人身御供にされたんだな。
「あの、トリーシア様。王宮騎士の到着も、きっとすごく遅いですよ」
「ええ、軍隊の方はそうでしょう。でもダンジョン討伐のための精鋭はもう一日二日もすれば……」
「おそらく来ないぞ」
「はあ?」
面倒だ。俺たちが説明するより、リージェに送られてきた警告を読む方が早いだろう。
目配せをするとリージェも意図を汲み、ギルドカードを取り出す。操作して履歴を表示させてからトリーシアに差し出した。
「読んでください」
「……? ……。……っ!?」
不正への対応は後日、というなんとも間延びした文面を読み、トリーシアは驚愕の表情を浮かべる。理解はしたらしい。
「嘘よ! だって、わたくしに何の連絡もないわ!」
「お前は正式に国から派遣された王宮錬金術士だろう。事態の隠蔽がされることはあっても、連絡など来るわけがない」
国が全力を尽くした証明として、町と運命を共にすることを期待されている。むしろここでトリーシアを逃がしたら、後々非難されること請け合いだ。
イルミナには正確な情報を与えたのを考えるに、証明のための人材は一人で充分、ということか。
その差が身分か能力かは知らないが、トリーシアが選ばれなかったのに違いはない。
この様子だと領主にも通達されていなさそうだ。もっとも、あれは金のことしか考えていない馬鹿だから、おそらく何一つ気付かぬまま終わる。
この町が守られても、滅びても。ある意味、幸せな奴だ。俺はそんな幸せはいらんが。
「そんな……」
見捨てられていたのが相当衝撃だったのか、トリーシアはその場に崩れ落ちる。この反応からするに、こいつも他者から軽く扱われたことがないな。それはそれで幸せなことだ。
「そういう訳で、俺たちはこの町の戦力だけで生き残らないと、死ぬぞ」
「貴方たちは……どうして、逃げないの」
トリーシアと違い、俺とリージェは逃げられる。なのに分かっててここに居る。それに対し、彼女は不思議そうな目を向けてきた。
「何とかするために、頑張ってみようって話になりました。だってここで逃げたら、一生後ろめたい気持ちを抱えて生きて行かなきゃならなくなるから。わたしはそんなの、死ぬより嫌だから」
「――」
呆然としていたトリーシアの瞳に、瞬き一回ごとに光が戻っていく。それからおもむろに立ち上がり、床に付いてしまった膝を手で払った。
「そうね。人の思惑がどうであれ、わたくしにはその道しかない」
うなずき、トリーシアはリージェと正面から向き合う。
「リージェ。貴女の提案を採用します。始めましょう」
「はい!」
トリーシアが立ち直ったことに安堵の表情を見せ、リージェは大きく返事をする。
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