第28話

 リージェが数時間の仮眠を取り、アトリエの扉を叩いたのは昼を少し過ぎた頃だった。


「二度目のおはよー、ニア」

「頭は動いているか?」

「大丈夫!」


 本人の答え通り、ぱっと見、大丈夫そうではある。

 朝と違って身形も整えられていた。瞳もしっかりしている。


「ならいい。早速始めるぞ」


 時間は限られているからな。

 採点を終えたリージェの回答を机の上に置くと、彼女はわくわくとした様子で身を乗り出してきた。


「どうだった?」

「七十六点」

「わ、結構高い」


 喜ぶかどうかは人によるラインの点数だと思うが、リージェは喜ぶ側だった。ということは、もっと低く見積もっていたか?


「間違いが固まっている後半は問題外として」


 これはもう、集中力が切れて眠りながらやっていた部分だろう。話にならん。


「うっ」


 覚えがあるのか、リージェは気まずそうに呻く。


「特性が無い材料に無理矢理特性を捻りだそうとする妙な思考が見えるな? なぜだ?」

「特性が『無い』なんてこと、ないかなって……」

「無いものは無い。己の感覚を信じろ」

「……うん。分かった」


 むしろ高難度に分類されている品を作るための素材には、そういう品が多い気がするぞ。扱えない――素材にならない、と判断されているという理由で。

 これはますます改良が楽しみに……ではなく。


「答え合わせも終わったところで、始めるぞ」

「手伝えることある?」

「なら、水晶片を粉にしてくれ」

「了解」


 リージェと二人で、まずは五種類の水晶片を粉にしていく。脆くて砕きやすいものから、硬くて割ることから面倒なものまで様々だ。

 それぞれが魔を感知するもの、それを拒むもの、それぞれの力を増幅するもの、それらを安定させるもの、人をその範囲から除外させる役割と果たすもの、となっている。

 二人で砕いた粉を、均一な粒により分けるために篩にかけ、第一段階終了。


 先に計っておいた力の強さで配合量を決定。大量に使う材料もあるし、僅かで済むものもある。ちなみに、この時点でレシピは役に立っていない。記されている配合量が雑すぎる。

 同じ種類の石片であろうとも一つ一つ違いがあるのだから、一まとめにはできない。それができるのは材質がすでに均一化された人工の素材だけだ。


「その量って、どうやって決めてるの?」

「すべての属性を、完成したときに同等の強さになるようにしている」

「なるほど……」


 そして例外処理をするための、俺の羽の加工を開始する。溶解液で溶かし、無属性のガラス粉と混ぜ合わせる。白の中和剤を媒介に、魔力と物質、両方でだ。

 完全に混ざったところで、冷却。固形となったそれを砕き、改めて粉末にする。


「今のって、ニアの羽? だよね?」

「ああ」

「形が違ったような……?」

「!」


 意外に目ざとい。いや、錬金術士としてはむしろ当然だったか。


「気のせいだろう」


 しかし幸い、証拠の品はその形を保っていない。言い張れる。


「そうかなあ……」

「そうだ。――続けるぞ」

「あ、うん!」


 一瞬で関心を移してくれた。この辺りの錬金術への姿勢がどうしても共感を呼び、リージェに対して甘くなってしまう。

 人間を範囲外にする粉の中に、俺を除外する粉を混ぜ込む。再び溶かして混ぜ合わせ、結合。


 ――この辺はやや勘も混ぜてしまったが、大丈夫だったな。他の粉末と同程度の属性値に納めることができた。

 元々難度が上がるような属性はついていない素材なので、分量さえ間違えなければそう失敗はしない。

 ……まあ、魔力操作が覚束ない人間には、そもそも正確に測るのが難しいだろうから、ここですでに難度が高いのかもしれんが。


 無属性の白の中和剤を、今度は体積の調整にも使いつつ、すべての粉末を溶解して混ぜ合わせ、液体にする。

 とりあえずは、これでよし。


「今日の所はここまでだな」

「物質の魔力結合作業、ニアって本当速いわよね……。中和剤と馴染ませるのだって数時間かかるのが普通なのに……」


 そんなにとろとろやっていたら、劣化待ったなしだ。……人間の現状はそうなのか。


「お前はできそうか?」

「努力する。回数重ねれば、少しはましにできそう。やっぱりお手本があると違うわね」

「それならよかった」


 俺としても、錬金術がより洗練されていくのは望ましい。

 学問は、一人の発想ではどうしたって行き詰まる。多種多様な発想、物の見方、捕らえ方があるから変化し、発展していく。

 リージェがその一人になってくれたら、とても嬉しい。


「とにかく、あとはそれぞれの属性と馴染むのを待ち、成形させれば完成だ。形は一辺四センチの正方形だったな?」

「えーと、うん。そう書いてある。……その大きさじゃないといけないのかな?」

「そんなことはないな。作った奴が適当に決めただけだろう」


 役割を果たすのには、大きくても小さくても問題ない。せいぜい保管のしやすさと、見栄えのために揃えただけだろう。


「もっとも、手分けをして作るのには決まっていないと困るのだから、これでいいんだろう」

「それはそうね。――属性が馴染むのって、どれぐらい?」

「一日あれば充分だ。変質しないよう、様子を見ながら魔力調整する必要があるが。さほど難しい作業じゃない」

「ニアにとってはね!」

「そういう訳で、俺はアトリエから離れられん。悪いが今日から家事分担を頼む。差し当たっては食事だ」

「了解。キッチン、勝手に探索するけどいいわね?」

「構わん」


 むしろ教えるより楽ができるかもしれん。

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