第27話
「えっと、錬金術協会は国営だから、同じだと思うけど……」
「そうか」
ダンジョン討伐要員が最高峰の実力者揃いならば――と思っていたが、期待しない方がよさそうだ。
「それを踏まえて、お前、どうする?」
先程までとは状況が違う。今現在ノーウィットにある戦力だけで生き残らなくてはならないということだからだ。
「諦めるのも一つの道だと思うが?」
「……そうだね。それが正しいと思う。わたし一人が頑張ったって、どうにもできないかも」
「だろうな」
国とて、己の領土である町を見捨てたくなどないはずだ。それでもそうするしかないと判断を下した。
「でもここで逃げ帰ったら、わたし、きっと凄く後悔する。錬成しようとするたびに思い出しちゃうと思う。そしたらきっと、いつか、錬成もできなくなると思う」
リージェは、そうかもしれない。
「だから、残るよ。頑張ってみる」
こいつも残るのか。
……町なんか、どこでも同じだと思っていた。ノーウィットが滅んだとしても、住処を変えるのは少し面倒だが、それだけだと。
けれど次に移り住む街には、当たり前だがリージェはいない。イルミナも。誰も――この町にいた誰も、この世にいなくなる。
「……そうだな。最後まで足掻いてみるか。後悔しないために」
「ニア……!」
「なら、急ぐぞ。ノーウィットを本気で救うつもりなら、猶予はない」
「分かってる! 何徹したって頑張るから!」
「いや、それは非効率的だからやめておけ」
「なんでここで冷静に突っ込むかなあ!」
むぅと頬を膨らませたのは一瞬。リージェは楽しげに笑い出す。
「やってやろう、ニア! みんなで生き残って、やったねって笑ってみせよう!」
リージェがそうして笑っていられるなら、それがいい。そんな思いが自然と心に浮かぶ。
だから全力を尽くそう。当たり前のように、そう思った。
「……ふむ。まあ、こんな所か」
一晩かけて材料の性質を書き出した紙面を眺め、俺は一つうなずいた。
魔力操作が覚束ない人間が作れるよう、厳選された素材だ。難度を上げるような妙な性質を持っている物もなく、存外楽に調合できそうだ。
しかしこれは、改良のし甲斐があり過ぎて研究心が疼く。
だが……だが抑えろ。今はそれどころではない。それは後日だ。
丁度良く区切りもついたので、食事の支度をするとしよう。
面倒だからと後回しにしたが、しばらく共に暮らすことが確定した今、リージェにも水回り周辺のことを知ってもらう必要がある。家の仕事は持ち回りだ。
……とはいえ。
部屋を出て向かいの扉を見てから、俺は台所へと足を向ける。
時間に追われて研究に打ち込んでいる今、そんな話はしなくてもいい。日常の決め事は日常だから活きるものだ。
手軽にスープとサラダを作って、食卓に並べる。
メニューが一緒? まさか。具材が違う。……俺の懐具合に合わせた『多少』の差ではあるが。
とりあえず完成したので、リージェを起こそう――と首を巡らせたところで、扉が勢いよく開けられる音と、やや急いた足音が近付いてきた。
「ニア! できた!」
現れたのは目の下に隈をこしらえたリージェで、嬉しげに数枚の紙を俺へと突き出してくる。
ぱっと見で目に入ってきただけの内容は、とりあえず間違っていなさそうではある――が、そうではなく。
「埃がたつ。後にしろ。それから、食事の用意ができているぞ」
呼びに行く手間が省けたので、丁度良かったと言えばそうか。
「あ、ありがとー。でもさ、その前に何か一言……」
「お疲れ。体力のない身の上でよく頑張ったものだ」
俺たち魔物は一睡ぐらいしなくとも大した影響を受けない者が多いが、人間は違う。体のシステム上、どれだけ頑健な者でも一日一度、睡眠を取るのが望ましかったはずだ。
「うん、頑張った! ありがと! ニアもご飯の用意お疲れ様。ごめんね、任せきりで」
「今は構わない。落ち着いたらお前にもやってもらうけどな」
「もちろん。じゃあ早速――」
「手を洗って来い」
「……はぁーい」
徹夜明けのせいか、リージェのテンションが異様に高い。この様子では、作業に取り掛かる前に休ませた方がいいだろう。
後で休む時間を考えると、徹夜の効率はさして変わらない気がする。体に負担がかかる分を考慮すると、むしろ損と言えるだろう。
「とりあえず成分を書き出してみたけど、これからどうする? あ、いただきます」
手を洗い、戻ってきたリージェは席に着きつつそう訊ねてくる。
「とりあえず、お前は寝ろ。その間に答え合わせをしておいてやる。お前が起きたら調合開始だ」
「待っててくれるの?」
「勉強になるだろう」
今の頭ボケボケな状態では無意味だろうがな。
答え合わせをして、時間が余ったら俺も一眠りするつもりだ。リージェと違って寝ないと判断が鈍るほどの能力低下に陥っているわけじゃないが、万全にするなら休んでおくのも悪くない。
「じゃあ、勉強させていただきます」
言ってリージェは満面の笑顔を向けてくる。
……なぜだろう。徹夜明けだし、身形も実一辺倒で洒落っ気の欠片もなく、美しい要素など見当たらない。
なのに、その笑み一つで異様に彼女が可愛らしく見えた。
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