第26話
「え。うーん、そうかも。それに、放っておけない感じがして、どうしても始めに思い浮かべちゃうんだよね」
お前もか! リージェといい、こいつらは俺のどこを見てそう思っているんだ?
丁度いい。聞いてやる。
「お前が町に来たのはダンジョン討伐のためで、出会ったのは最近だろう? そう気に掛けるような付き合いはないはずだ」
「そんなことないよ。目の前に気に掛けるべき人がいたら、声を掛けて、相手が求めるなら手を貸すのは当然でしょう? ましてニアさんは、自分が優しいことに無自覚そうだったから。その上人慣れもしてないから、気付かないまま無理しちゃいそう」
「それはお前だろうが」
「わたしは自覚して、ちょっとだけの無理をしているの。だから大丈夫」
それは大丈夫というのか?
……いや、違うな。こいつの『大丈夫』は『死なない』と同義だ。本当の意味で大丈夫という言葉を使っているわけじゃない。
「あとは……ふふ。フォルトルナーに言うのもどうかと思うけど……。いや、フォルトルナーにだからこそ、言っても構わないのかな。実は、わたしのためにわたしの意思を無視した人って、初めてだったんだ」
「?」
「誰かの役に立つことをしようとしているとき、わたしを止める人は誰もいなかった。それももちろん感謝してる。でも……正しいことよりわたしを大事にしてもらったのって、初めて、だったなと思って。それが結構、嬉しかったんだなって」
ほんのりと頬を染め、やや俯きがちにそんなことを言う。
ちょっと……待て。イルミナの声に、俺に対する好意が窺えるぞ。恋情の類の。
し、正気か? イルミナが言っているのはおそらく薬を持って強制的に休ませた件だろうが、むしろリージェには怒って見せたんだろう? 俺も不快になるだろうと思ってやった。なのに、なぜだ。
「でも、ここを発つのなら貴方と会うのは最後になるのかな。と言っても、貴方に危険が訪れたときは可能な限り駆けつけるけど」
「要らん心配だ。俺はお前たち人間と違って、わざわざ危険に飛び込むような真似はしない」
しない……はず。していないはずだ。
結界の作成も神殿での加護も、危険が及ぶようなものじゃない。
「……ふふ。どうかな」
小さく笑って、イルミナは微笑ましそうに俺を見上げる。
「何だか貴方はニアさんに似ている気がするな。貴方が人間っぽいのか、ニアさんが俗世離れしているのか……両方、かな」
に、似るのまでは仕方ない。似るというか、俺だし。
「元気でね、フォルトルナー。どこへ行くのでも、貴方が健やかであることを願ってる」
「……ああ。お前もな」
イルミナとの会話という、余計な時間をくったせいでかなり危うかったが――何とか、リージェが戻ってくる前に用を済ませることができた。
「ということで! じゃじゃーん。レシピです!」
胸を張り、書き写してきたレシピを突きつけつつ、リージェは自慢げに言ってくる。
成果を考えれば、リージェの態度は分からなくはない。俺が行っていたら軽く倍の時間がかかっていただろう。
おそらくそうなる、とは思っていたが、予想通り、彼女は必要最低限――説明と書き写す時間しかかけていない。
ならば素直に称賛するべきだろう。
「見事だな」
「でしょう?」
さすが、人間。
「ところでニア。どうしてまた頑なにフードなの。もう隠さなくていいでしょ? わたしには」
「いつ来客があるとも知れないだろう」
「出てあげるわよ、それぐらい。ずっとフード被ってたら頭も蒸れるよ。……ハゲたくなくない?」
俺の頭髪は――もとい毛は、そこまで弱くはないと思うが。
しかしずっとフードを被っている格好が快適か? と聞かれれば、はっきり否と答える。慣れはしたが、それと不快感は別ものだ。
「なら甘えさせてもらうが――何が楽しい」
フードを取り払い、普段は目立たない様できる限り縮こまらせて閉じている翼を、清々しい解放感と共に広げると、にまにまと笑われた。
はっきり言って気持ち悪い。
「可愛いなー、と思って」
「……翼が?」
「うん」
「理解不能だ」
とはいえ、人間の中には獣の特徴を持った魔物を溺愛する思考の持ち主がいることは知っている。リージェはその鳥版なのだろう。
考えてみれば、俺たちフォニアもその手の被害が多い種だったか。まったく、迷惑な話だ。
「ニアの方はどう? 進んでる?」
「そこそこだな。とりあえず、使う材料の特性を調べるところからやっている。――折角だ、お前もやってみろ。あとで答え合わせをしてやる」
修練にもなるし、丁度いい。
「面白そうね! もしかしてニアが見落としてる性質なんかを発見しちゃったりとか」
「ああ。それぐらいの意気でやれ」
俺も取り扱うのが初めての材料ばかりだ。リージェの視点で気付かされることがあるかもしれない。
……まあ、実力的にほぼないとは思っているが。
しかしリージェは鼻歌まで出して嬉しそうである。やる気が上がるのはいいことだ。
「そういえば、錬金術協会に連絡はしたのか?」
「したわ。ちょちょいっと。でも――」
一旦言葉を切り、リージェはもの凄く不満そうに唇を尖らせた。
「後日対処を伝えるって、酷くない!?」
「成程」
錬金術協会上層部の体質が俺には分からないので断言はできないが、もし、普段リージェの訴えのようなものをきちんと取り扱うような所であるならば。
「この町を――住民を、今ここに居る者たちを見捨てたということだな」
「え……っ」
短絡的に憤っていたリージェは、拳を固めたまま静止する。
「この町が滅ぶなら、訴えた方も訴えられた方もすぐに死ぬんだ。無駄になると分かっている話に、わざわざ時間を割くか?」
「え……いや、え!?」
「ついでに言うと、それが錬金術協会のみの判断なのか、国もそうなのかが気になるところだ」
もし国の判断も同じなら、増援として来るはずのダンジョン討伐要員さえ来ないかもしれない。
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