第25話
「神殿に祝福を喚んでくれたの、貴方だよね? フォニアは神々に寵愛された種だって聞くから……。あんなに強力な祝福、人間の祈りじゃ与えてもらえない」
「そうなのか?」
「そうなの」
フォニア下級種の頃から、頑張れば声は届いた。中級種になればある程度簡単に力を貸してもらえた。今は請われることさえある。
神はずっと身近だったから、どうも想像がつかん。
「ありがとう」
「――……」
心から安堵した、イルミナの微笑。
憔悴したイルミナを見るのが落ち着かなくて、それが嫌だったから原因を取り除くことにした。彼女が浮かべた笑みは、俺の行いが目的に叶っていたことの証明である。
しかし今俺が抱いたのは、満足感ではなくむず痒さだ。
これはこれで、不快だ。何だこれは?
「……俺がやったとは言ってないだろう」
イルミナの眼差しから逃げたくて、つい、否定的な言葉を口にする。
「そうだね。でも、こんな時にこんな所で、神の寵を受ける存在が都合よく沢山いるとも思えない。それに」
自信ありげににこりと笑って。
「今、わたしがお礼を言ったとき、照れたでしょう? 無関係ならそんな反応しないよね」
「……照れた?」
「違う?」
俺が? あの何とも言えないむず痒い感覚が『照れる』というものなのか?
初体験なので、そうだとも違うとも言えない。
「分からん。しかしこれが照れるということなら、そうかもしれんと納得できるぐらいの説得力はある」
「自分で分からない?」
「分かるわけがない」
他人の名前を覚えるほどに関わり合ったのすら初めてだ。感情が動くのも……どれぐらいぶりだろうか。
「そっか」
どういう対応をすべきかも分からなくて、突き放したような口調になった。だというのに、イルミナは気にした風もなくくすくすと笑う。
「可愛い」
「はァ?」
「貴方は無垢なんだね。魔物であることの方が不思議な感じさえするよ」
正真正銘ダンジョン生まれの魔物だし、無垢って何だ。同族も人も殺したことがある俺が無垢? 笑わせるな。
「馬鹿にしているように聞こえるが」
「褒めてるよ。もしくは、愛でてる?」
「いい加減にしろ」
何にしたって腹が立つ。
「ん、ごめん。多分少し、ほっとして……気が抜けたのかな。わたしの力じゃあ、足りなかったから。沢山の人が亡くなってしまうんだろうなって、思ってたから。助けてくれて、ありがとう」
「だったら、さっさと帰って休め」
お前が休まないと、俺がそうした理由がなくなるだろうが。
「うん。貴方のおかげで力が残ってるから、周辺の魔物を倒してから戻って休むよ。……あ、ニアさんにお礼言わないで出て来ちゃったな……。謝らないと」
「!」
いきなり自分の名前が出てきて、びくりとする。
「どうしたの?」
「……虫が羽に留まっただけだ」
「ああ、顔とかに留まられるとびっくりするよね、あれ」
咄嗟に適当なことを言ってみたが、共感された。誤魔化せたようだからよしとする。
「ねえ。貴方から見て、ノーウィットが生き延びるにはどうすればいいと思う?」
「まずは町の結界を作り上げること。そして迅速なダンジョン討伐だ。どこの町でも同じだと思うが?」
可能か不可能かで言えば限りなく不可能だと思っているが、生き残りたいならそれしかない。
外からの増援を期待できない現状、町の戦力だけでダンジョン討伐を果たす必要がある。それはつまり、町の防衛から手練れを抜くということ。
その状態で町を守るなら結界は必須。それも大氾濫に耐えられるような強力な奴だ。
「町の結界装置か……作るのはすごく難しいって聞いたことがある。でも、ニアさんならできる気がするんだけどな」
作れる。作れるが――なぜ俺だ?
「……王宮錬金術士がいるんだったな」
「知ってるの?」
「聞こえてきただけだ」
「そっか。皆トリーシアさんに期待してるもんね。一人で抱えるにはきっと重たくて、心細い気持ちでいるかも。あとでトリーシアさんの様子も見てこよう」
他人に弱味を見せるタイプには見えなかったが、だからこそイルミナの来訪を拒みはしないだろう。適任かもしれないな。
「でも、さっき言ったのはトリーシアさんのことじゃないんだ。この町にいる、錬金術士の男の人。多分、とても高い技術を持ってる」
イルミナの口調は確信を持ったもの。それが分かるだけの錬金術の知識がこいつにもあるか。
仕方がない。これは王都の――人間のレベルを正しく計れていなかった俺の失敗だ。基準としていたあの老女が、歴代最高の人物だと知っていれば……。
いや、しかし、そう考えると俺はかなり運がよかった。もし出会ったのが彼女でなければ、俺は錬金術の魅力に気付けなかったかもしれないのだから。
「フォルトルナー?」
「!」
「急に意識が他所に向いたみたいだけど。気になることでもあるの?」
「いや、何も」
「そう?」
イルミナは深く突っ込んでは来なかったが、妙な反応を見せてしまったのは俺自身の話題で二回目だ。三回目は気を付けないと、怪しまれる気がする。
……まあ、イルミナは俺を討伐しようとはしないだろうが。それでも不自由にはなる気がする。フォルトルナーとニアを繋げさせるべきではない。
「結界ができるなら、俺もそろそろ他の所へ行くか。魔物大氾濫に巻き込まれるのも御免だしな」
「ああ、そっか。貴方も魔物だもんね。結界に例外処理はできるって聞いたことあるけど……トリーシアさんやリージェちゃんじゃ難しそうかな。……ニアさんなら、どうだろう」
「ずいぶん買ってるんだな」
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