第24話

「あ」


 俺がためらう理由にようやく合点が言ったらしく、リージェは間の抜けた声を出す。


「一つ確認したいんだが、トリーシアは完成した結界を精査することができると思うか?」

「無理だと思うわ。部品だけでこれだけの難度だもの。むしろ、完成させられるかも微妙じゃないかしら」


 これがそんなに難しいのか、そうか……。人間、実は錬金術に向かない種なんじゃないのか?

 まあ、できないのなら都合がいい。


「この部品に、俺が対象外となる細工をする」


 魔物避けの結界が発動している町の中にいれば、それこそ魔物とは疑われまい。これはむしろ、俺にとっていい機会でさえあるかもしれないぞ。


「そんなことできるの!?」

「多分な」


 人間の体に流れる魔力の波長と、魔物に流れる波長は大分違う。この装置はそれを大雑把に区分けして判断する仕組みになっているようだ。

 しかし厳密には、人も魔物も同じ波長など誰一人存在しない。俺という個体の情報を加え、例外処理させるのは不可能じゃない。


「一つでもできるかもしれないが、事情を知るお前がいる。思った通りの効果を出してもらうためには、細工は多い方がいい」

「だったらいっそ、もう一人の人の分も作っちゃえば?」

「何?」

「だってこんなの無理だって言ってたし。きっと喜んで協力してくれるわよ」


 命と財産がかかっている。確かに、協力を仰げる可能性はあるな。


「なら、その交渉はお前に任せてもいいか?」

「え、どうして。同じ町の人でしょ? ニアが行った方がよくない?」

「同じ町に住んで同じ生業をしているというだけで、接点などない」


 むしろ自分よりも低ランク品しか納めていない俺のことを、向こうは見下している感がある。そんな俺が自分にできないことをやるなどと、信じるわけもない。


「それより、お前の王宮錬金術士の称号の方が効くだろう」

「……え。もしかしてわたしが作った感じになるの?」

「公的にはそれぞれが作ったことになる。もう一人の錬金術士の中ではお前が作ったことになる。別にいいだろう。作れないわけではないんだから」


 事が収まったあと、似たような依頼が来ても問題ない。


「えぇ……。でも絶対わたしじゃ作れない出来栄えになるし、後からだったらニアが作ったって正直に言っても……」

「重ねて言うが、俺は目立ちたくない。理由は理解しているな?」

「……まあ、そうね。これを作ったってなったら、絶対王宮に呼ばれるわね……」


 国に目を付けられるなど、断固御免だ。


「分かった。わたしが作ったことにしてあげる。でもこれも貸しよ?」


 嘘をつくのは相当不本意らしく、唇を尖らせリージェは言う。貸しになるのは仕方がない。


「なら、さっさと始めるか。お前は事情を話してレシピを写してきてくれ」

「うん」


 うなずき、リージェは立ち上がる。彼女が出ていくのを見送ってから、俺は資料室へと向かった。

 時間が惜しい。できれば一度の錬成で望みの性能を持つ部品を完成させたい。

 素材自体も扱ったことのない品ばかり。まずはこれらの特性を把握するところから始めなくては。


 ――いや、待て。


 その前に、先にやっておかなくてはならない件があった。

 新素材を前にした好奇心にうっかりしていたが、誰に見られても構わないことに取りかかる前に、部品に組み込む『俺』の素材を用意した方がいいだろう。

 望ましいのは魔力が溜まりやすい風切り羽根の辺り。つまり、それを回収するには元の姿に戻る必要がある。

 元の姿に戻るなら、リージェがいない今が絶好の機会。

 だが、もし何らかの理由で急に戻ってきて、魔物の姿を見られたら? ハーフは見逃しても、純粋な魔物を見逃すかは分からない。


 ……外に出るか。

 事情を話して、レシピを書き写してくるんだ。それなりの時間がかかるはず。急げば間に合う……だろう。多分。


 魔物大氾濫には波がある。一波が終わったあと、二波が来るまでには数時間から数日間の間隔が空く。

 要は魔物が生成されている期間ということだが。この長さでそのダンジョンの魔物生成力が分かるというもの。

 そんな状態である。時間が経てば警備は確実に厳重になる。町の外にこっそり出るなら、怪我人の対処に追われ、波が終わった直後で警戒が薄い今しかない。


 とりあえず重要機密扱いのレシピだけ鍵のかかる引き出しに仕舞い、俺は外へと出た。まったくもって忙しない日だ。日常が恋しい。

 目指すはダンジョンがあるのとは逆方向の町の果て。こちらにいるのはせいぜいあぶれた魔物ぐらいだろう。思った通り、処置にあたる人間も少ない。

 魔物化して町の外壁を越え、適当な木を見繕って留まる。

 抜きやすそうな羽はどれだろうか――と選別していると。


「フォルトルナー?」

「!」


 下から聞き知った声が聞こえ、ぎょっとして見下ろした。そこにいたのは予想通り、イルミナだ。

 こいつ、神殿に行ったんじゃないのか?


「あ、やっぱり。ダンジョンで会ったの、貴方だよね?」

「……フォルトルナーにまで到達する個体はそういないだろうから、お前が他に会っていないなら、俺だな」

「うん。会ってない」


 そうだろうとも。


「ねえ。もしかして、少し疲れてる?」

「お前程じゃない」

「やっぱり。前に会ったときより、感じる魔力量が少ないものね」


 こんな所を何フラフラしているんだと、責めるつもりで言ったセリフはあっさり無視され、結果的にイルミナの言葉への肯定になってしまった部分だけを拾ってきた。

 俺自身、多少疲れているのは否定できない。人に化けたり解いたり、神に祝福を請うために唄を捧げたりしたからな。


「貴方、神殿に来たよね?」

「なぜそう思う?」

「羽が落ちてたから」


 イルミナが取り出して見せたのは、青い鳥類の羽。確かに俺のものだ。しかし、魔力質は悪い。自然に抜け落ちた羽ならそんなものか。調合の目的には適いそうにない。

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