第23話

「俺は少し出かけてくる。イルミナについていてやれ」

「いいけど、どうするの?」

「所用を思い出しただけだ」


 詳しく話すのは面倒だったので、問いを誤魔化す形でそう答えた。

 さして親しくもない関係だ。リージェも重ねて問いかけては来なかった。ついでに、この部屋からさっさと離れたいのも嘘じゃない。


 外に出て――向かう場所は神殿。負傷者が集められているとイルミナが言っていた場所だ。

 そいつらがどうなろうと、俺の知ったことではない。他者の生き死になど真実他人事だ。


 他人事……ではあるんだが。


 起きたイルミナはおそらく、そいつらを気にするだろう。ほんの少しばかり休んで回復させた力も、すべてそいつらの治療に使い果たすに決まっている。

 勿論、そんなことはイルミナの自由だ。好きにすればいい。当然、俺にも関係ない。

 ……なのに、それを想像すると落ち着かない。この気持ちの悪さは何だ?


 憔悴したイルミナは、見ていて気持ちのいいものではなかった。それを解消する一番の方法は、彼女が力を使う原因を取り除いてしまうことだ。

 神殿の近くまで来て適当な物陰に身を潜め、服を脱ぐ。それから人化の術を解き、神殿の屋根まで飛び上がった。

 設置されている巨大な鐘の側に降り立ち、身を隠す。魔物に戻っても俺の体積はあまり変わらないからな。騒がれるのは面倒くさい。


 息を吸い――そして、唄う。


 求めるのは神の加護。癒しを司る水神と、活力を司る火神と、心身を安らかにする闇神の、三柱へと希う。

 ややあって願いを聞き届けた神々の力が神殿を中心に広がり、加護を与えていく。

 まあ、これぐらいでいいだろう。

 人々が気付いて集まってくる前にと、俺は神殿から下りて再び人化。手早く服を身に付けて神殿を後にする。


「おい、何だ今の巨大な神気は……!? 神様でも降り立ったのか!」

「きっとそうだ! 見ろよ、俺の体。傷一つ残っちゃないぜ」

「二度と戦いたくないって思ったけど……わたし、今ならもう一回戦える気がするわ!」


 にわかに騒がしくなった神殿を後にして、商店街へと向かう。リージェに言った所用を満たすため、軽く食材を買っていくつもりだ。

 買い出しはつい最近したばかりで、必要はないんだが。リージェはうちの在庫を知らないはずだから、これで通じるはず。

 ……ついでに果物でも買っていくか。疲れているときにも食べやすいようなやつを。




 そんな、自分でも意味不明な思考を実行に移した数十分前の俺は、本当に愚かだ。

 家に戻るとイルミナはとっくに起きていなくなっていて、リージェが消沈した様子でダイニングの椅子に座っているのみだった。


「うぅ……。イルミナさんに怒られた……」

「だろうな」

「だろうなって! だろうなってねえ! 貴方! ってか、薬盛ったって本当!?」

「ああ」


 さすがにイルミナ自身は気付いたか。

 別に隠そうとも思っていないので肯定すると、リージェは更にがっくり肩を落とした。


「もうちょっと他の方法を取っても……」

「言って聞くようには見えなかった」

「それは、わたしもそう思うけど」

「俺は後悔していない」


 イルミナにとって不本意であることなど、見れば分かる。だから彼女が怒るのは当然。それでも俺は彼女を休ませたかった。それだけだ。


「……わたし、も……。次、もし分かってても、止めないかも」

「そうか」


 知らなかった混乱から立ち直ったリージェは、考えつつそう言った。


「何にしろ、イルミナがいないなら仕方ない。お前、リンゴは好きか?」

「普通に好き。って、まさかリンゴ買いに行ったの? イルミナさんのために?」

「いや。食材の買い出しのついでだ」


 予想された問いには即座に用意していた答えを返す。……しかし、それが嘘だと俺自身が分かっているからだろうか、言ってて妙に気恥ずかしい。


「ふーん。へーえ?」


 先程の深刻な様子はどこへやら。リージェは急ににまにまと癇に障る妙な笑いを顔に貼りつけた。


「……追い出されたいか?」

「うわ! ちょっとからかわれたぐらいで心狭っ」

「不快なことを我慢するのは、心が広いと同義ではない」

「分かった。もうその点については触れません」

「ならいい」


 俺とて、本気でリージェを追い出しにかかろうというわけじゃない。一番効果がありそうな文句だったから使っただけだ。そんなことぐらいで知識を得る機会を蹴ろうとは思わない。

 いつまでもリンゴが手元にあるのが妙に腹立たしいので、さっさと腹に納めてしまうことにする。


「ねえ、ニア。これからどうする?」


 ざっと水で洗って皮を剥き始めた俺の背に、リージェの声がかかる。


「協会とやらに連絡して、言われた通り結界の部品を作るんだろう?」

「わたしはそうするけど、貴方は?」


 その問いに、俺は即答ができなかった。

 どさくさで逃げ出すなら、町は壊滅してくれた方が好都合。

 だがそのとき、リージェやイルミナは無事ではないんだろうなと、過ってしまった。


 彼女たちだけの話ではないことに、今更気付いた。ギルドの受付職員も、俺が買い物にすら難儀していたときに迷わず客として扱ってくれた肉屋の男も、家の内装の注文の多さにげんなりしつつもきっちり付き合って、最後には満足気ですらあった大工も、皆そうだろう。


 ……いや、だが、それがどうしたというんだ。俺自身に関わりのあることじゃない。

 なのになぜ、引っかかる。


「ねえ、ニア。貴方なら結界作れるんじゃない?」

「……作るだけならできるだろう。完成度はともかく」


 属性配分が丸ごと抜けている――というか、おそらくそもそもその域に達していない人物が書いたレシピである。完成度など期待できない。


「やっぱり!」


 だがそれをすれば、俺も結界の対象に引っかかって町にいられなく……いや、待て?


「リージェ」

「なに?」

「お前が担当する分の部品も、俺が作って構わないか?」

「わ、わたしは構わないけど、どうしたの、急に」

「この結界が完成したら、俺はこの町にはいられない」

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