第22話
イルミナはおそらく、湯を沸かすような時間は待たないだろう。なので振る舞うのは果実と砂糖と冷水で割ったジュースだ。ついでに少量、緊張緩和のハーブと睡眠薬を加える。
……何をやっているんだろうな、俺も。
丁度リージェが瓶に移し終えたヒールポーションを持って来て、イルミナが一気に喉に流し込むところだった。
「本当に魔力も回復してる……。傷……も、治ってる。ヒール効果はざっとCからB相当……?」
余計な判定はいらん。
「ニアさん、今のポーションって」
「リージェと作ったものだ」
丁度よく押しつけられる相手がいたので、出来の良さの謎はすべてリージェに持って行ってもらうことにする。今のリージェで再現するのは難しいだろうが、理屈は分かっているんだ。問題ないだろう。
即座に擦り付けた俺にリージェは一瞬じとりとした目を向けたものの、渋々うなずいた。
リージェは俺が表舞台に立ちたくない理由を知っている。誤解を含んだままだが、些細だ。
「ニアと話して、思いついた実験をやってみました」
「そうなの……。って、二人ともずいぶん親しい……?」
「え、えーっと。話しているうちに意気投合しました、的な」
嘘ではないが、その説明にはおそらくイルミナが欲している情報が入っていないぞ。
実際、イルミナの表情から疑問符は一切消えていない。
「一体いつ?」
「昨日、こいつが泊まる宿もなくさまよっている所を拾って、話しているうちにそうなった」
「ちょっ、ニア!」
「別に構わないだろう。これからしばらく同居になるんだ。居所を誤魔化しても面倒が増えるだけじゃないのか?」
「そ、そうだけど、物事には説明の順序ってものがあるの!」
順序も何も。これで全部だろうが。
顔を赤くして慌てるリージェに、イルミナははちりと目を瞬かせる。
「ええとつまり、ニアさんの家に泊まったの?」
「はい……」
ほら。誰が話しても一言で片付く。
「で、でも、わたしとニアの名誉のために言っておきますけど、もちろん何もありませんから!」
「うん。それは今のポーションで分かるよ」
イルミナ。さり気にヒールの部分を無くしたな。彼女の中ではあれはヒールポーションではないようだ。やはり名前を考えるべきか。
初の試みには相応の時間が取られるもので、それをイルミナは理解しているようだ。彼女の声には偽りがない。
それは声の真偽を見抜けるわけではないリージェにも伝わる程度に分かりやすかったらしく、彼女は誤解を受けなかったことに大きく安堵の息をつく。
「……でも、それなら。……ふぁ……」
薬が効いてきたようだ。イルミナは落ちてくる目蓋と込み上げてくる欠伸と戦い始める。だが陥落は時間の問題だろう。そもそも彼女の体は休息を欲している。
「ごめんなさい、ええと……。そうだ、わたしを……頼ってくれて、も……」
最後まで言い切ることさえできず、イルミナはついに目を閉じた。安らかな寝顔で寝息をたてはじめる。
「イ、イルミナさん? 寝ちゃった? ……そうだよね。凄く疲れてたんだろうし……」
おい。今のが自然に寝入ったように見えたのか、お前には。
リージェの平和脳に若干驚きつつ、訂正する必要も感じなかったので、俺は別の言葉を口にする。
「お前に貸した部屋に連れて行ってやれ」
「うん、そうする。手伝ってくれる?」
……ああ、そうか。リージェに自身より背の高いイルミナを運べというのは、無茶か。意識を失った人間の体はさらに重いし。
仕方がない。俺が運ぶか。
息をつき、イルミナの椅子の前で背を向けて屈む。
「乗せろ」
「そこは横抱きとかじゃないんだ……」
「俺にそんな力があるように見えるか?」
実際にはあるぞ? これでも上位種の魔物だ。人間一人ぐらい運べる程度の力は持っている。だが。
「ううん。見えない」
そうだろう。
リージェの答えは予想通り。だからそうするんだ。
「でもそこは意表をついて、ひょいって軽く運ぶ姿を期待するものなのよ……」
「期待してる時点で意表はついていないんじゃないか? どうでもいいから早くしろ」
「はぁい」
ちょっと拗ねたような声で返事をして、リージェは「んしょ」と掛け声を出しつつイルミナを浮かし、俺の背に預けた。
「扉を開けるまでが役目だぞ」
「寝具を整える所までセットでね! ――わたしちょっと先行くわね」
「ああ」
行ってすぐ下ろせる状態になってくれた方が俺としてもありがたい。
ぱたぱた、とリージェは早足で客室へと戻り、扉を開けっ放しにして中に入った。俺はその後を心もちゆっくりとした足取りで追う。
リージェが広げたのは寝袋ではなく敷物と毛布だった。野宿のときもそのスタイルなのか? まあ、テントの中なら問題ないのか……。
ああ、くそ。それにしても魔除けの香が鬱陶しい。周囲の香りを散らそうと、翼が無意識にぱたぱたと動く。
「あ、そうか。レビナが嫌なのね」
イルミナを横たえたところでリージェも気付いた。遅い。
「出ていくときは匂いも取ってもらうからな。後、その部屋以外に漏らすなよ」
「気を付けるわ」
軽く請け負ったリージェの顔は、どうにも締まりがない。その視線の先は……翼か?
「何だ?」
「ニアの羽って綺麗よね。ちょっと触ってみたいなー、とか」
「意味が分からん。断る」
弱小種の習性ゆえか、俺は他人に近付かれるのがそもそもあまり好きじゃない。まして人間。断る以外の答えなどない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます