第21話

「ねえ、ニア。さっき言ったことを繰り返すけど、結界は完成させないと町が危ないのよ?」

「そうだな」


 とはいえ結界を完成させようができまいが、ノーウィットは壊滅すると俺は踏んでいる。

 魔物大氾濫に耐えつつダンジョン討伐を早急に行う力が、この町にはない。そして魔物大氾濫が起こったということは、町一つで孤立したということでもある。


 ダンジョン討伐はその造りの複雑さから少数精鋭が鉄則だが、大氾濫による防衛戦には人数が必要だ。国が送ろうとしているのも少数精鋭のダンジョン討伐部隊。今から大規模な援軍を編成して到着まで、ノーウィットが持ちこたえるとはとても思えない。


 今町が魔物に蹂躙されていないのは、町の外にあぶれた冒険者たちがいるからだ。

 その実力にはばらつきがあるだろう。弱い奴らは間違いなく負傷する。そして負傷者は町の在庫のポーション類を一気に減らす要因となり、補充は難しい。せいぜいグラージュスから届いた材料分。


 上が判断できる奴なら冷静な対応を取って消費を最小限に抑えるだろうが、この期に及んで金のことを考えているような輩だ。期待はできない。

 ゆえに、ノーウィットはおそらく陥落する。俺はそのどさくさに紛れて逃げ出せばいい。探すのは面倒だが、似たような条件の町はあるだろう。


「まるで他人事なのね」

「紛うことなく他人事だが」

「え」

「別に、町はここだけじゃないからな」

「……町が壊れても生き残れる自信があるの?」

「ああ」


 魔物が最優先で狙うのは人間だ。はぐれ魔物一匹、戦場から逃げようと気にするような奴はいない。


「どんな方法!?」

「人間には無理だぞ」


 種族の違いによる差なんだから。


「魔物の特殊能力、とか?」

「そんなところだ」

「……そっか」


 根本的に不可能なのを理解して、リージェは諦めた息をつく。そうこうしているうちに自宅が見えてきた。


「あ……っ?」


 不意に、隣でリージェが声を上げる。その理由にはすぐに気付いた。いつかと同じように、イルミナが俺の家の前で佇んでいたからだ。


「あ……。リージェちゃん。よかった。無事だったんだね」

「わ、わたしのことより、イルミナさんの方が! え、ど、どうしよう? 神殿? ここの神殿どこだっけ!?」


 イルミナは防衛戦に参加していたらしい。身を包む衣服のうち、結構な面積を赤黒く染めている。彼女自身からも真新しい傷と血の臭いがするが、そこまで慌てるほど濃いものじゃない。


 が、それが分からないらしいリージェは顔面を蒼白にして駆け寄った。

 信仰を捧げ、神の力を受け取りやすいスポットを人間は意図的に作って神殿と呼ぶ。どこの町にも大抵一つはあるものだ。多い町なら全神柱分あったりする。ノーウィットでは水の神殿一つだったはずだな。


「神殿は今、わたしより酷い負傷者でいっぱいだから、わたしは大丈夫。それより、ねえ、ニアさん。回復薬の在庫有ったりしない?」

「在庫はない」


 すべてギルドに納めている。


「……そっか。そうだよね」


 消沈するその様子から察するに、ある分はすでに使い切ったか? 魔物大氾濫は二波、三波と規模が大きくなっていくんだぞ。……これは、堪えられないな。

 配れるような在庫はない。しかし。


「だが、お前一人分ならある」

「あるの!?」


 驚いた声を上げたのは、イルミナではなくリージェ。いや、なぜお前が驚く?


「昨日実験したやつがあるだろう」

「あ!」


 思い出したらしい。


「とりあえず、入れ。椅子ぐらいは提供する。立っているよりかはマシだろう」

「えっと……大丈夫。貰ったらすぐに神殿に戻るから、今座っちゃうと立てない気がする」


 そう見えたから言ったんだ。

 それだけの疲労、自覚があるのに休まないのか? どういうつもりだ。


「イルミナさん。ニアのヒールポーション、多分魔力も少し回復するので、イルミナさんが使った方がいいと思うんです」

「マナポーションなの?」

「いえ、ヒールポーションです」


 主成分はそちらなので、品名としてはヒールポーションで間違っていないはず。

 ……が、違いがあるのは否定しない。別の名前を付けるべきなのか? まあ、流通する物ではないので気にする必要もないか。


「?」

「とにかく! そういうヒールポーションのはずなので、イルミナさんが使ってください」


 怪我だけではなく魔力も回復するなら、その魔力を使って回復魔法が使える。より多くの相手を救いたいのなら、こちらを選ぶべきだ。

 同じ結論に落ち着いたのか、イルミナは少し迷ったあと、うなずいた。


「分かった。魔力が回復するならわたしが貰うね」

「はい!」

「決まったなら入れ。茶の一杯ぐらいは淹れてやる」

「うん。そうさせてもらおうかな」


 魔法を使うのなら、集中力も取り戻したいはず。無理矢理意識を覚醒させる類の薬品もあるが、今のノーウィットには存在しないだろう。つまり、自己治癒しかない。

 イルミナがようやくうなずいたことに、俺はほっとした。


 ……なぜだ?

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