第13話
俺はそれほど直接的な力が強い訳じゃないが……。
軽く息を吸い、声に魔力を乗せる。
「失せろ。呪い殺すぞ」
告げた言葉を真実だと脳が判断するよう、送り込む。
「!」
瞬間、男は見事に動きを止めた。感覚的に自信はあったが、やはり男の抵抗力は俺の魔力に逆らうだけの高さはなかったな。
次に男はぎこちなく唇を引きつらせる。笑おうとしたのかもしれない。
「じ、冗談だ。いや、悪かったって、本当に。じゃあな」
言うだけ言って、逃げるようにそそくさと離れていく。
上手くいった。まあ、弾き語りをすれば神の耳さえ惹き付けて離さない俺たちフォルトルナーの、魔力と神力が乗る声が告げた内容だ。そこらの人間に響かないはずがない。
一方、俺が難なく撃退したのが意外だったのか、リージェはパチリと目を見開いて固まっていた。手は腰のポシェットに伸びている。
ポシェットからは闇神の気配が僅かながら感じられた。空間拡張の神具だな。
「ええと、もしかして貴方、強い?」
「そうでもない」
正面切ってイルミナと戦ったら間違いなく負ける。その程度だ。逆に言うなら正面からの戦いでなければ勝機はあるが。
しかしあの程度の輩を追い払ったぐらいで「強いのか」と聞いてくるリージェは……弱そうだな。
「……泊まる当てすらないんだったか」
「……うん」
ふと周囲の光量が落ちてきた気がして顔を上げれば、はっきり分かる程度には太陽が西に傾いでいる。
「イルミナなりもう一人の知り合いなりに事情を話して、急いで今夜の宿を確保した方がいいと思うが」
格好がつかないとか言っていられる状況じゃないだろう。今のノーウィットの状況では、リージェが一人でいたら襲われる危険がある。
「泊まってる場所とか、知らない」
そうか。そう言えばそんな話は全くしてなかったな。
自分の置かれた事態にようやく危機感が生まれてきたのか、リージェは少し青ざめた。
「おい……」
「だ、大丈夫っ。護身用の道具とか、いっぱい持って来てるから!」
野宿する気か。
いや、別に構わないだろう。俺には何の関係もない。たとえ翌日こいつが身ぐるみはがされて死体になっていたって、イルミナがそれに悲しもうと、俺には関係ない。
なのになぜかすぐには立ち去れなくて。さらには。
「――一晩、泊まるか?」
そんな問いかけまでする始末。俺は一体何を言ってるんだ。
驚いたのだろう。リージェは固まった。
当然だ。リージェから見れば俺だって、先ほど絡んできた奴と大差ない相手。これでほいほい乗ってくる方がおかしい。
「いや、何でもない。じゃあ――」
「あのっ」
明日の朝には帰れ。そう続けようとした言葉を遮って、リージェは覚悟を決めた瞳で俺を見上げてきた。
……おい、まさか……
「一晩、泊めてくださいっ」
……いいのか、それで。
自分から言い出した手前、やはりなしで、とは言えない。リージェを伴い、俺は自宅へと戻ってきた。扉を開き、まず自分が入ってから。
「どうぞ」
「お、お邪魔します」
招き入れた。
俺が住んでいる家は、入り口からすぐ先にダイニング。右手側に伸びる通路の先に、アトリエ、私室、資料室、客室――という名の空室がある。
長らく使っていないし、掃除すらいつしたか覚えていないが、今日はそこを使ってもらう他ない。他の、俺が日常使いしている部屋には見られたくないものが色々とあるのだ。
リージェを連れ、件の空室の扉を開ける。
「ここを使え」
「使われている気配が全然ないんだけど、部屋を余らせてるの?」
「意外と使わなかったな」
「ふぅん」
納得したような、していないような声を上げ、リージェはぐるっと部屋を見回した。
「軽く掃除してもいい?」
「構わない」
埃っぽいなとは俺も思う。寝る前に少しでも改善したいという気持ちは分かる。
「水回りはダイニングの左手側だ。野宿の用意があるなら、寝具の心配はないな?」
「ええ、大丈夫よ」
そこは強がりではなかったらしい。
「少ししたら夕食にしよう。できたら呼びに来る」
「えっと。お世話になるんだし、わたしが作ってもいいけど」
「勝手が分からないだろう。説明するのは面倒くさい」
どの器具はそこだ、調味料はそれだ、みたいなやり取りを一々したくない。
「でも……」
それでも気が引けるのか、リージェは渋った。
「一泊二食付きの宿に泊まったと思って、金銭で支払ってくれればそれでいい」
「分かった。……って、二食?」
「朝。食べないで行くつもりか?」
「えっと……」
どうもそのつもりだったらしいリージェは、しばしためらいを見せた。しかしここで固辞しても大した違いはないと気付いたらしく、おずおずとうなずく。
「じゃあ、あの。よろしく……」
「ああ」
リージェと別れ、俺も自室に戻る。一息つきたかったのだ。
疲れた……。
俺の日常は平坦だ。日々は研究と研究と仕事と買い出しで構成されている。
他人と関わり合うことなどほぼ皆無だ。今日だけで軽く二月分ぐらいの気力を持っていかれた気がする。
早く日常に戻りたいものだ。
ダンジョン討伐がさっさと終わるよう、願わずにいられない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます