第12話
「何にしても、物資は多くて悪いことはありませんわね。どんどん作っていきますわよ」
「うん、お願い。これが今日届いた材料のリストなんだけど、トリーシアさん、十日で消費するのってどれぐらい?」
十日と区切ったのは、そこでまたグラージェスから資材が届くのを計算してだろう。
「これは……凄い量ですわね。二割分程を錬成するので精一杯かと。これならリージェに手伝ってもらってもよかったかしら」
「じゃあ、残り分をちょっと他の人に回しても大丈夫だね」
「はい。この町の錬金術士の方々とリージェですわね?」
「うーん。リージェちゃんは……。工房がまだ揃ってないから様子を見ながら、かな」
揃っていないどころか、当てもない状況だが。
「そうなのですか? まさかあの子、何の準備もせずにここに……?」
訊ねたトリーシアに、イルミナは曖昧な微笑みで答えを返す。
「なんて迂闊な……」
それに対し、トリーシアは心底呆れた、というため息をつく。
「本当に仕方ないこと。あれでモリス様の血族だと言うのだから、同じ錬金術士として恥ずかしいわ」
そこまでか。
「リージェちゃんはずっと王都暮らしだから、他の地域について疎いところがあるんだよ。それに、親でも子でも孫でも別人だよ? リージェちゃんはリージェちゃんとして見るべきなんじゃないかな」
「そうですわね。リージェが無能だからといって、モリス様の栄光には何ら陰りなど落とさないのですから」
おそらくイルミナはリージェのフォローのつもりで彼女自身を見るべき、と言ったんだろうが、トリーシアはやはりリージェの一切を認めていない。ついでに血筋に拘っている部分も変化なしだ。
「そしてわたくしもわたくしの役目を全うしなくてはいけませんわね。では、イルミナ様。わたくしは手続きをしてきますので、失礼いたします」
「うん。頼りにしています。よろしくね」
「お任せくださいませ」
優雅に微笑んで一礼すると、トリーシアは受付へと向かう。そして別れたイルミナは再び俺の方へと戻ってきた。
「待たせてごめんなさい。それで、ニアさん。材料の――」
「任せる。適当に手配してくれ。じゃあ」
ここで錬金術士だとバレるとトリーシアに絡まれそうな予感がしたので、イルミナに丸投げすることを伝えると、俺はそそくさとギルドを後にした。
俺はただ、錬金術の研究をしたいだけだ。そのために便利な人間の町に住み付いたに過ぎない。
……ほんの少し前までは、実に理想通りの生活だったというのに。
まったくもって、世の中とはままならない。
憂鬱な気分で大通りを歩いていると、おそらく俺以上に不景気な顔をしたリージェが、目の前の建物から出てくるところにかち合った。
彼女が出てきた建物は、宿屋兼食事処だ。
食事を済ませて出てきたというには、ずいぶん絶望感が漂っている。……まさか、宿も取っていない、とか?
冗談だろう。ダンジョン討伐の話が出れば冒険者が集まるのは常識だ。事実、ノーウィットも一気に冒険者が増えた。
はっきり言って町のキャパシティを超えている。
その証拠に城門の外で本格的な野営を始めているパーティーもあり、治安も少し悪くなった。
「うぅ……。宿さえ取れないなんて……嘘でしょ……」
まさかだった。
王都に住む人間とは、こうも物知らずになるものなのか。
半ば感心さえする気持ちで眺めていたのがまずかった。呆然と佇んでいたリージェがふと顔を上げ、こちらに気付いてしまう。
「う!」
ギルドでのあれこれに続いて、また恥ずかしい所を見られたためだろう。リージェは赤くなりながら表情を引きつらせる。
おそらく彼女は今、予定がことごとく狂って途方に暮れているだろう。なので必要だろう情報を教えてやる。
「王都行きの馬車は向こうだぞ。乗るなら急いだ方がいい」
「帰らないッ!!」
なぜだ。見通しが甘くて現状が詰んでいるのなら、もう引き返すしかないだろうに。
まったくもって、理解不能だ。まあ、錬金術を追及するのに理解する必要のない分野だから、別に構わないんだが。
「そうか」
そもそも俺には関わりのないことだった。なぜ声をかけたのかも、正直なところ不思議ですらある。
「ま――、待って!」
うなずき己の家に戻ろうとする俺を、なぜかリージェが引きとめた。しかもローブを掴むという物理的な方法で。
「ッ」
とっさにフードを押さえ、事なきを得た。こんな所で耳の位置にある翼がバレたら大騒ぎになる。
まして今、ノーウィットは魔物狩りを生業にしている連中が集まっているのだ。
「……何をする」
「あ、え、えっと。ごめんなさい……」
俺から怒気を感じてか、リージェは素直に謝った。
……悪意はないんだろうが、ヒヤヒヤする。良識的な行動とも言えない。それぐらい慌てているってことかもしれないが、そっちの事情は俺には関係ない。
「あの、貴方この町に住んでるのよね? どこか泊まれそうな穴場とか知らない? もしくは泊めてくれそうな知り合いとか……」
ギルドと市場と家しか歩かない俺に、紹介できる相手など皆無だ。
「悪いが、心当たりはな――」
「おい、そこのお前!」
リージェへ否定の言葉を返す途中で、今度は肩を掴まれた。何なんだ今日は。厄日か。
首を捻って見てみれば、軽装の革鎧に長剣で武装した、おそらく冒険者だろう三十手前の男がいた。
「お前、錬金術士なんだろう。町の奴に聞いたぜ。ちょっくら薬を都合してくれ」
「個人依頼は受け付けていない」
「急いでるんだ。とっととダンジョンに入って稼ぎたいんだよ。分かるだろう?」
まったく分からない。ついでに、なぜ俺が見も知らぬ相手の都合に合わせなくてはならないのか理解もできない。
「ちょっと! 強引な路上依頼は法律で禁止されてるでしょう!」
「硬いこと言うなって。こんな田舎だ、大した兵士もいないんだろ? いいから言うこと聞いとけって」
罰を受けなければ、法など守らない、か。
俺は人間が創り上げた、集団がまとまって生活するための『ルール』というものには感心していた。
魔物の中で――というか生物の中で容赦なく弱者に分類されるフォニアであった俺は、常に生命の危機に怯えていたからだ。
人間の世界のルールでは、弱者が生きていくうえでありがたい保証がいくつもある。
……この男も、法の恩恵を受けているのだろうに。その枠の中で権利を主張しつつ義務を履行しないこういう手合いは、一体何なんだろうな。
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