第11話

 準備不足が否めないうっかり屋だが、資格が実力を保証している。

 そんな風に考えていると、タイミングよく、扉を開けてイルミナが入ってきた。


「こんにちは、グラージェスから荷物が届いたって聞いて――あら?」

「あ、い、イルミナさん!」

「リージェちゃん。久しぶり」


 リージェは頬を赤くして緊張気味に、イルミナはほんわかと微笑んで互いの名を呼ぶ。知り合いか。


「ダンジョン討伐の支援錬金術士、リージェちゃんが来てくれたの?」

「ち、違います。わたし、ただの有志です。二級錬金術士だし……」

「そっか。命令じゃないのに来てくれたんだね。ありがとう」


 リージェはばつが悪そうだが、イルミナの微笑みは崩れない。


「うぅ……。でも、お役に立てないかも、です。道具一式を持ってきてなくて……」

「え? あ、そっか。王都で暮らしてると、お店でも買えないものがあること忘れがちになるよね」


 リージェの失敗をすぐさま見抜き、イルミナはうなずく。


「うーん。だとすると、確かにちょっと時間かかるかも。派遣されたのがリージェちゃんじゃないなら、もう一人来るんだよね? グラージェスにもそんなに在庫ないだろうし……」

「もっとかかりますか!?」


 むしろ一月二月待つのは当然だと思っていた。俺の常識と王都は大分かけ離れていそうだ。

 ……羨ましい気持ちが湧くな。


 リージェよりは王都外の事情に詳しいらしいイルミナは、困ったような微笑みで答えを返す。リージェはがっくりと肩を落とした。


「うぅん……だけど、リージェちゃんに手伝ってもらえたら、きっと皆もっと助かるんだよねえ……」


 思い付きを探してギルド内を巡るイルミナの視線が、俺で止まる。


「あ、ニアさん。もしかして、待っててくれたの?」

「いいや。納品をしに来ただけだ」


 そうしたらリージェに絡まれ、続いてイルミナが来たから用を済ませてしまおうと待っていたのはそうだが、待つ目的で訪れたわけじゃない。


「そうなんだ。ありがとう」


 そちらもイルミナからの依頼といえば言えなくもないからだろう。彼女は律義に礼を言ってきた。


「別に構わない。金になるし」


 暗黙のノルマでもあるし。


「でも強引に付き合ってもらったから。届いた分の材料を引き受けてくるから、もう少し待っててもらっていいかな」

「ああ」


 そのつもりでここに居る。


「ええと、それで、リージェちゃん……」

「いっ、いいんですいいんです! お気遣いなく! わたしはっ、きゃあああっ!」


 正面――イルミナに意識を集中させつつ後ずさっていたリージェは、出入り口のマットに引っかかって盛大にこけた。


「あっ、だ、大丈夫!?」

「だ、大丈夫ですから!」


 情けない笑みを浮かべ、よろよろと立ち上がった所に、背後から人が。


「きゃあ!?」

「わっ」


 結果、さらに後ずさろうとしたリージェと、新たに入ってきた人物がぶつかった。……一体何をしてるんだ。


「すみませんすみませんっ。――あッ」

「まったく、何をしていらっしゃるの!? 注意散漫にもほどがある――……あら?」


 謝り倒すリージェと、文句を付けるぶつかられた人物はほぼ同時に言葉を切る。

 ぶつかられた相手は……また、豪奢だな。女性にしてはやや背が高い。


 年は二十歳を少し超えたあたりか。冷ややかな印象を与える銀髪は、癖があるのかウェーブがかっている。しかしそれすら上手く組み込んで整えられた髪には、手間と技術が感じられた。青の瞳は冷淡にリージェを見下ろしている。

 着ている服も真新しく、上質の生地がふんだんに使われているのが見て分かった。


「トリーシア……様」

「リージェ。貴女、どうしてここに? 派遣されたのはわたくしよ?」

「し、知っています。でも……」

「まあ、有志の協力は制限されていないものね。でもこのわたくしがいるのだから、腕の劣る貴女など不必要よ? さっさと帰って別の仕事を受けていた方が効率的じゃなくて?」


 すぱすぱと容赦のない言葉を投げつけるトリーシアに、リージェは縮こまって俯いた。


「う……。そう、ですけど……」

「実力では昇れないから実績を作ろうとでもいうつもり? そんなこ狡いことを考えていないで、真っ当に努力した方がよろしくてよ」

「そんな……っ。し、失礼します」


 否定しようとして一旦は顔を上げたものの、リージェはすぐに続きを飲み込み、頭を下げて去っていく。


「大錬金術士モリス様の弟子にして孫があんな調子じゃあ、モリス様もさぞ残念に思っていらっしゃるでしょうね」


 不愉快そうにリージェの去った後の扉を睨みつけていたトリーシアは、ふんと鼻で笑って視線を剥がした。


「失礼いたしましたわ、イルミナ様。ごきげんよう」

「こんにちは、トリーシアさん。来てくれてありがとう」

「ダンジョン討伐ですもの。急ぐ以外の選択はございませんわ」


 イルミナの口調はいつも通り。互いへの話しぶりからして、イルミナとトリーシアの地位は同格か、もしくはイルミナが少し上だ。


「討伐のために増員の打診も一緒に送ったんだけど、トリーシアさんが出るときにどうだったか分かる?」

「第三騎士団の中から選抜されるという話を聞きましたわ」

「そっか。ありがとう」


 ダンジョン内は複雑な構成をしていて、大軍の運用に向かない。そのためダンジョン討伐には数より質の精鋭が必要になるのだ。

 ……腕利きが増えていく。逃げ損ねたのは本格的にマズかったか……。

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