第10話
俺が近辺で採取してきた素材は、組み合わせ次第でヒールポーション、毒消し、鎮痛薬、毒薬が作れる。
大量の素材を前に研究心が疼いたが、内訳をイルミナも知っている以上、下手なことはできない。失敗する方が珍しい簡単な調合で、納品できないものを量産するわけにはいかないのだ。
だが少しぐらい――少しぐらいはいいだろう。
そう己に言い聞かせ、常識の範囲内で耐えきった俺は偉いと思う。
籠一杯の薬草を使って調合した品々は、それなりの量になった。そんなものを一度に運ぶのは無理なので、複数回に分けて納品している。
そして、これが最後だ。もちろん品質もD、Eに揃えた。完璧である。
品質確認で待っている間に、外が騒がしくなったのに気付く。ずいぶん重い馬車が止まったような音と、それを囲む人の声だ。
……ああ、例の材料の到着か。
ややあって商人らしき男と、魔術士らしき少女が入ってきた。商人と護衛だろうか。
大口注文にも慣れている様子で男は引き渡しを淀みなく行い、商業ギルドを出ていく。だが少女の方は動かない。護衛ではなかったのだろうか?
「一般的な錬金道具って、隣でも取り扱いはありますか? なければ取り扱ってる店を教えていただきたいのですが……」
「え? いえ、錬金術の調合道具は置いてありませんよ。注文をいただいてからのお取り寄せとなります」
「え!?」
少女の問いに面食らいつつ答えた受付職員に、少女は驚きの声を上げた。
懐かしい。俺も器材を揃えるときには注文して、届くのを今か今かと待っていたものだ。
……ん? ということは、彼女は錬金術士か? 魔術士の服装は旅用だからだったのか。
少女の年頃は十六、七。艶のあるピンクブロンドを頭の横で結い、リボンで飾っている。瞳は緑。改めて注意を向けると、少女の魔力質と容姿に既視感を感じた。
俺に人間の知り合いなどいないんだが……なぜだ?
「ど、どうして置いてないのですか!? あ、と、取り扱いが別の専門店だということですね!?」
「いえ。ノーウィットに錬金道具を常備している店はないと思いますよ。かさ張りますし、使うのもお二人だけですし……。個人の道具屋さんの在庫を把握しているわけではないですが、まず取り扱っていないでしょう」
大抵の町はそうじゃないだろうか。それこそ、あらゆる文化の中心地、王都とかなら別だろうが。
「ち、注文したらいつ届きますか?」
「グラージュスに在庫があれば、十日と少しぐらいで届きますが、なければさらに遠方からの取り寄せ、もしくは製造待ちになりますので、はっきりとは申し上げられません」
「そ、そういうものなの……?」
絶望した呟きを零し、少女は項垂れる。そんな彼女を横目に、俺の納品した薬を鑑定していた別の職員がこちらに歩み寄ってきた。
「お待たせしました。ヒールポーション、毒消し、鎮痛薬、毒薬、各十個ずつ買取で、二千五百セムになります」
鑑定結果から出た金額も、想定通り。同意の証に一つうなずく。
「今回はありがとうございました。本当に助かりました」
ギルドカードで精算を済ませて、終了だ。これでイルミナから受けた依頼も本当の意味で完遂だし、ギルド依頼もかなり超過してこなした。一安心だ。
後は今日届いた素材をイルミナが買い取って俺に渡してきたのを、失敗してみせれば完璧だ。
イルミナは「失敗した」の報告だけで納得してくれるだろうか。それとも調合から見せなくてはいけないのか?
……面倒くさいな。
どう無難にやり過ごそうかと悩んでいた俺だが、ふと強い視線を感じて知覚を周囲に広げる。これでも魔物なので、気配にはそれなりに敏感だ。
一瞬後には食い殺される弱小種族だから身に付いた、というのが正しいのかもしれないが。
視線の主は、先程から受付で騒がしい少女からだった。
そしてこちらと視線が合ったと認識するなり、足早に向かってくる。
避けたい。しかしこれはおそらく避けても追いかけてくる手合いだ。言葉が通じるなら、断った方が早く済む。
「先ほど納入されたという品物を聞いてしまったのですが――貴方も錬金術士なのですね」
「そうだが」
「不躾で申し訳ないのですが、どうか、貴方の工房をダンジョン討伐期間中、昼間の数時間、貸していただけないでしょうか」
「断る」
受付と交わしていたやり取りから、この系統の要求だと分かっていたので即座に断る。
「もちろん、その期間の賃貸料はお支払いします。ご無理を言ってのことですので、金額の設定はお任せします。その後の設備の買い替え費用もこちらで持ちますから……」
「いや、断る」
正直、少女の言い値にグラッと来ないわけではなかったが、工房には人に見られたくないものも沢山ある。調合道具の多くも細工してあるので、やはり人に貸すのはなしだ。
第一、彼女に工房を貸して金を得るよりも、一時でも長く研究をしたい。
話は終わった。さて、帰るか。
「うぅ……。そう、ですよね……」
自分でも無茶苦茶を言っている自覚はあったのか、少女は恥じ入った様子で俯いた。
面倒な手合いではなさそうだ。それだけはよかった。
「あの……一応、今のお話をもう一人の錬金術士の方にしてみましょうか?」
項垂れた少女を哀れに思ったのか、応対していたギルド職員からそう提案される。
「直接ご紹介はできません。あくまでもそういうお話があったという打診をするだけですし、やはりお断りされる可能性が高いかと思いますが……」
「いえ、お願いします」
個人で商売なんかをしていると、面倒事が起こることも少なくない。まして希少職業であれば尚更だ。
錬金術士もそれに入る。ゆえに作り手を護るため、基本的にギルドを通してしか依頼はできない。指名依頼から徐々に互いの信用を得て、個人受注を受ける者もいるというが……俺には縁のない話だ。
「お名前をよろしいですか?」
「リージェ・シェートです。二級王宮錬金術士の資格を持っています」
「まあ」
受付員が驚いた顔をする。俺も驚いた。
王宮錬金術士とは、呼んで字のごとし、国の試験を通った際に与えられる資格である。特級から五等級まであり、五等級の資格を得るのもかなり難しいと聞く。
資格があれば色々と融通措置がもらえるのも知っている。が、俺に取得予定はない。あまり国家権力に近付きたくない身だから仕方ないのだ。残念だが。
ダンジョンができたこのときに、王宮錬金術士の来訪は町にとって嬉しいことだろう。知らずに来たとは思えないが……。
「じゃあ、貴女が派遣されてきた方ですか? それなら工房の用意が――」
「ち、違います! わたしはその、ただの有志です!」
慌ててリージェは首を大きく横に振る。
ただの有志……。彼女もイルミナと同種の人間か。町にしたらありがたいだろうな。
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