第9話

 籠一杯に薬草とその他素材を採り、俺たちは昼過ぎには町に戻ることができた。まあまあのペースと言える。

 ともあれこれで依頼達成。自分用に採った薬以外の素材を省き、俺はイルミナに籠を差し出す。が、断られた。


「内容の確認と仕訳がしたいから、商業ギルドまで一緒に来てもらえるかな。そこで支払いも済ませた方が、ニアさんにも楽だと思うんだ」


 ギルドに頼むと料金が発生するのだが、イルミナに薬草を正しく見分けろというのは無理そうなので、妥当か。うなずいて了承する。


 ギルドにつき、職員に選別を頼む。

 仕訳が終わるまで俺はイルミナと待つのだが、彼女が欲しかったのはむしろこの空白時間ではないかと思う。


「じゃあ、ニアさん、改めて。貴方が作れるレベルってどれぐらい?」


 国が出版しているレシピ本には、作成難易度でレベルが付けられている。それをただレシピ通りに作れというなら、全部作れる。

 しかしイルミナが言っているのはそういうことではないだろうし、正直に申告するのも都合が悪い。


 人に混ざるにあたって、俺は常に情報収集を怠らない。それによれば多くの錬金術士はレベル三付近で足踏みをするのが一般的。ノーウィットのもう一人の錬金術士もレベル三以上は納品していない。


 そしてもう一つ。レシピ本には属性配分の最適解が丸々抜けているのだ。これでは完成も何もあったものではない。無理にでも結合させればとりあえずそれらしきものはできるが、完成度は限りなく低い。


 どうやら人間たちの間では流派や工房一つ一つで競い合うのが常識となっているようなので、完成品は自分たちの派閥で作れということだろう。

 そちらの完成品は個別の顧客にだけ流すのだろうか? と予想している。


 何にしろ、 誰も己が苦労して突き詰めた属性配分レシピなど公開しない、ということらしい。まして商売敵になるわけだしな。


 納得はできる。しかし同時に、秘密主義に過ぎるのではと思う。これではなかなか技術も向上すまい。


 人間の将来に興味はないが、今正に、自分が不自由を被っているのは少々遺憾である。とはいえ研究そのものが楽しいから、あくまでも少々だ。


 そんなわけで、俺が一応でも作れた、と言えるだけの研究を進めたのはヒールポーションのみ。それだってノーウィット近郊以外の素材を使って試したわけではないから、完成とはほど遠い。


 ゆえに、俺の答えは。


「満足に作れるのはヒールポーションだけだ」


 そしてその研究の成果は表に出さない。どうだ、人間らしいだろう。俺は日々人間を観察し、溶け込むよう努力しているんだ。


「試したことがない、だけじゃなくて?」

「そうとも言う」


 まだ納得できていないのに先に進むとか、モヤモヤするだろう。金銭的にやらざるを得ないものはやっているが。


 目立つことは本意ではないので、俺はイルミナの疑問を肯定する。

 停滞はレベル三から始まるが、つまりそこまでは多くの人間が到達できるということで、低すぎる申告も怪しい。ここでの俺の返答は肯定で正しいはずだ。


「挑戦はしないの?」

「まだレベル一の品も満足に作れていない。先に進むなど早すぎる」

「凝り性なのね……。錬金術士としては頼もしいけど……」


 言葉とは裏腹に、イルミナの眉は寄っている。いいことだとは思っていなさそうに見えた。


「自分がどこまでできるか知りたくならない?」

「順番に知って行けばいいと思っている」


 魔物の生は長い。まして俺はまだ若い方に入るのだ。焦りはない。


「強制はできない。できないんだけど……試してもらえない? もし貴方が高レベルの調合ができるなら、ダンジョン討伐もずっと楽になると思うの」


 イルミナの説得に、俺は困った。


 かたくなに拒否し続けるのはおかしい気がする。いっそイルミナの目の前でレベル二の調合を失敗してみせた方がいいんじゃないか? そうすれば俺には然程の才覚はないと納得してくれるだろう。


 どこでそう思ったか分からないが、イルミナは俺の腕を怪しんでいる。突出するつもりのない俺としては、都合が悪い。


 俺の目的は有名になることではない。人の役に立つことでもない。思う存分研究したいだけだ。

 そうだな……言い訳に、こんなのはどうだ。


「素材がない」

「それなら心配ないわ」


 ないのか……。

 あわよくば逃げられないかと考えていただけに、残念だ。


「グラージェスから届く素材を少し買って、わたしが貴方に渡す。これならどう?」


 それはいいのか? まあ、高い地位にある人間が言うのだからいいのか。しかし懸念が一つ残る。これは確認しなくてはいけない。


「失敗しても請求はなしか?」

「しないわ。わたしがやってみて欲しいだけだから」


 ならば引き受けて、適当な調合で失敗するのが得策か。

 と、丁度そこで薬草鑑定が終わる。もちろん間違いなどない。これで間違ってたら錬金術士などやっていられない。


「じゃあ、ニアさん。これもお願いします」


 そしてそのままを俺に回してくる。全部だったのか。


「依頼料の清算はギルドカードでいい? ……うん、完了。あとはグラージェスから素材が届いたら訪ねるから、そのときにまた」


 そういう話に落ち着いてしまったからな。


「分かった」


 上手い失敗方法を考えつつ、俺はうなずくのだった。

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