第5話

「でも、どうしよう……。ねえ、貴方このダンジョンに住んでるの?」

「違う」

「そうだよね、傾向違うもんね。――だったら王都に来る気はない?」

「王都?」

「そう。これは人間の勝手な区分だけど、フォニア種って希少で保護対象なの」

「ひ、人が、魔物を保護するのか?」


 初めて知った。魔物使いテイマー系の人間が支配するのは見たことがあるが、保護なんて聞いたこともない。


 いや、よく考えれば人間社会で暮らしてはいても、生活に関係のない情報を耳にするような生活はしていなかった。人間の町で暮らすのを目的にしていたから、魔物にも知り合い少ないしな……。


「それぐらい人気あるんだよ、フォニア種は」

「……」


 王都、か。


 行けるなら、行きたい。イルミナの言うことが本当なら、殺されたりはしないだろう。ただしそれは俺の目的には適わない気がする。


「どうせそこで飼い殺しにされて、死ぬまで歌わされ続けるんだろう」

「そこまで過酷な扱いはされないわ。歌ってもらうことになるのは間違いないけど」

「断る」


 種族の習性か、俺も歌うのは好きだ。楽器を見れば爪弾きたくなる。本能的に。しかし、強制されるのは御免だ。


「まあ、そうよね」


 交渉は決裂だ。しかしイルミナは座ったまま動かない。力尽くで捕らえよう、という気配は見えなかった。

 俺がそれでも身構えてると、イルミナは大丈夫、というように首を振った。


「フォニアってほら、繊細でしょう。無理やり捕まえて連れ帰っても、ストレスで死んじゃうから……」


 なるほど。そうやって殺してきて、希少種になるまで減らしたんだな。あまり多く生まれる種でもないし、あっという間だっただろう。


「ダンジョンじゃなくても、住んでるのはこの辺り?」

「監視でもする気か」

「外れてないけど、言い方に容赦ないね……。でも、それじゃあストレスでしょう?」

「そうだな」

「だから護りの魔法をかけてもいい?」

「断る。術者との繋がりが残るんだろう?」


 純粋に困る。ノーウィットの錬金術士として暮らせなくなってしまう。


「それも嫌なのね……。なら、普段は繋がりを切っておいて、護りの魔法が発動されたときにわたしに分かるぐらいなら、どう? 貴方に危ういことがあったら、すぐに助けに行けるようにしておきたいの」


 その提案には、少し迷った。

 種族的に、俺はあまり強くない。危機に陥ったとき助けが来るというのはありがたい話ではある。

 イルミナが俺を無理に捕まえようとしていないのは本当だ。言葉に――音に嘘が混じれば分かるから、そこは間違いない。

 今までの話からするに、イルミナが俺に期待しているのは、保護をしつつフォニアを繁殖させることだろう。希少じゃなくならないと手荒に扱えないだろうから。

 フォニア種の雌が見つかったら紹介されるかもしれないが……まあ、別にいいか。


「それならいい」

「ありがとう!」


 ぱっと顔を輝かせ、いそいそと地面に魔方陣を描き始める。

 かなり複雑で精密なものだ。こんなものを何も見ずに描き上げるには、相当の努力が必要となる。王宮騎士の実力を垣間見た。

 門外なので詳しくはないが、式や記号単体は読み解ける。危ないものはなさそうだ。


「これでよし。じゃあ、中心に立ってくれる?」

「こうか?」

「そうそう。始めるよ」


 イルミナは地面に手をつき、魔法陣に魔力を流し始める。見たところイルミナは魔力よりも神力適性の方が高いようだが、これは魔物の俺に合わせたんだな。

 俺は勿論魔力適性が高いが、神力も使える。これもあってフォニアはあまり人間から敵対視されないのかもしれない。紛うことなく魔物だが。


 魔力が満ちた魔法陣は淡い金の光を放ち、術式が俺の体に刻まれていく。

 光が収まり、術式がすっかり定着すると、腹の当たりが妙に温かいことに気付く。嘴で毛を避けて肌を確認すると、守護の紋章が浮かび上がっていた。

 そうだ。これが出る場所を確認するのを忘れていた。人化しても服で隠れる所だったのは幸いである。


「これでよし、と。――そういえば貴方、名前はあるの?」

「一応あるが、教える気はない」


 錬金術士である自分とフォニアの自分に繋がりを持たせる気は一切ない。


「呼ぶならフォルトルナーでいいだろう。少なくともこの近辺では俺だけを指す種族名だ」

「味気ない……。でも、分かった。フォルトルナーって種族なのね」


 正式名は違うが、どうでもいいだろう。


「なら、俺はもう行く。――あ」


 そろそろ本格的に外の時間が気になってきたので、話を切り上げようとする。――が、その前にふと疑問が頭を過ったので、解消していくことにしよう。


「そういえば、なぜお前はこんな時間にこんな場所にいるんだ?」


 討伐『隊』が派遣されることが示す通り、ダンジョン討伐は複数人で行うものだ。

 ダンジョンの構成上、度を超えた大人数で密集するのは得策ではないので、少数精鋭で討伐隊を組むことが多い。大体六人程のパーティーを二つか三つ、というところか。

 稀に一人で挑む猛者がいるが、あれは一体何を考えてそうしているのだろうか。今のところ、俺には明確な理由が理解できない。現在のイルミナが正にそうだな。


「中級種が表に出てきてたから、下見に。もしこのダンジョンの危険度が高いようなら、討伐隊に加わる人をもっと絞る必要があるかなって」

「そんなことのためにか?」


 討伐隊には探索に優れた力を持つ者も加わるだろう。その人物の到着を待てばいいだろうに。その方が安全だし、確実だ。


「修正するなら早い方がいいでしょう? できる所まではやろうと思って」


 効率的ではある。だが少しばかり不思議だ。

 なぜならそれは、イルミナ自身が余計に危険に晒されることだからだ。

 押しつけられたならともかく、自ら危険を買って出るとは。それも、己の住処ではない場所のために。


「そういうものか」


 とりあえずイルミナの思考は理解できたので、翼を広げる。察したイルミナが一歩引き、俺はそのまま飛び上がった。

 見送る視線を受けながら、ダンジョンの出口に向けて飛んでいく。

 人間の心理はたまに、教わって尚不可解なことがある。どうでもいいが。

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