第4話

 普段は処分に困る試作品だが、ダンジョンができているなら丁度いい。

 このダンジョンというもの、有機物や魔力は取り込み、無機物や神力の混ざった物は一旦取り込んでから適当な場所に吐き出し放置する、という性質を持つ。


 つまり俺の試作品もダンジョンに捨てておけば、純魔力で構成されている物は吸収されて消えるし、神力交じりの物は討伐隊が見付けて鹵獲なり処分なりしてくれる、という寸法だ。


 町から明かりの消えた深夜。俺はダンジョンを求めて外に出る。

 これでも魔物だ。自らにとって快い、魔力の濃い場所を探すぐらい容易い。

 城門は閉まっているが問題ない。夜陰に紛れて人化を解き、本来の姿で袋を足にひっかけ、飛び上がる。


 下級種であった頃とは違って、今の俺の体はそこそこ大きい。人と同程度はある。音を立てないように慎重に羽ばたき、空へと昇った。

 翼で柔らかく空気を打ちながら、町の周囲を旋回することしばし。


 ――見つけた。


 普通の人間が歩いたら、徒歩半日といったところか。小さめの森に立ち並ぶ木の一つに、魔法陣が浮かび上がっている。

 夜の闇は魔物の領域だから、滅多に人はいない。悠々と魔法陣に突っ込み、ダンジョン内部へと転移する。

 人がこの魔法陣に気付くのはいつだろうか。まあ、俺には大して関係ないことだが。


 念のため、明日明後日では人間が到達しないだろう奥に捨てていくことにした。吸収までの時間は稼がなくては面倒になりそうだから。

 いくつかのフロアを抜け、階段を下り、試作品を廃棄する。――これでよし。

 進化した中級種が表に出てくるだけあって、このダンジョンはすでにそこそこの大きさまで育っていそうだ。ノーウィット常駐の戦力だけでは討伐は不可能だな。


 とはいえ、人間はダンジョン討伐に慣れている。そうと分かれば手練れの冒険者や騎士を増やして対応するだろう。

 ……そう考えると、落ち着くまでどこかに退避していた方がいいかもしれない。実力者に姿を見られたら、俺が魔物だと見破られる可能性が高まる。


 そんなことを考えつつ来た道を戻っていくと、剣戟の音が聞こえた。

 魔物同士の食い合いだろうか。

 進化するには経験を積み、肉体を鍛え、魔力を高める必要がある。己が生き残るため、魔物同士での殺し合いも珍しくない。

 かく言う俺も数多くの魔物を屠ってきた。進化して人間の手を手に入れるためだったから仕方ない。


 巻き込まれるのは御免だが、出口はその先。陽が昇ると町に戻るのが難しくなるから、あまり時を待ってもいられない。

 幸い、争い合う音は地上部分からだ。上空を確保しながら様子を見よう。

 しかし様子を見る間もなく、現場に辿り着くのとほぼ同時に静かになった。決着がついたのか。


 下を覗いてみればゴブリンの群れが倒れ伏し、見覚えのある人間――イルミナが佇んでいるところだった。

 俺が認識すると同時に、イルミナも俺に気が付いた。体の向きを変えつつ、問答無用で剣を振るってくる。神力を帯びた剣閃が、軌道に沿って衝撃波を生む。


「!」


 様子を盗み見るつもりでしかなかった俺は、とっさに木から飛び降りるしかできなかった。その際に掠った剣閃が翼を裂く。

 そして落下先では、イルミナが万全の構えで俺を狩ろうと待ち受けていて――


「フォニア!?」


 しかし俺の姿を目視で確認すると驚きの声を上げ、剣を放って落下地点に駆けつける。そのまま手を伸ばし、人と大して変わらない俺の巨体を受け止めた。


「くっ」


 落下の衝撃にイルミナが苦痛の声を上げる。俺の方に衝撃はこなかったが、人の腕に捕らえられたことに激しい拒絶感が噴き出す。


「放せッ!」

「わ、わっ。お、大人しくして。大丈夫だから。怪我してるから!」

「やったのは貴様だろう!」

「ごめんなさい、謝るわ。あんなに強い魔力がフォニアのものだと思わなかったから」


 言いながらもイルミナは治癒魔法を使っていた。神力の刃に斬られた傷があっという間に塞がる。

 害する気は、ない、のか?


「他には? 怪我していない?」

「……していない」

「そう」


 ほっとした息をつき、イルミナはすぐに俺から手を離した。飛び退き間合いを取る俺に、残念そうな顔をする。


「フォニア種……だけどフォニアじゃないよね? 進化してるよね? 大きいし、喋ってるし。フォニアって本当に進化するんだ……」


 確かに、フォニア種は弱い。俺も進化を重ねるまでに何度死にかけたか分からない。夢を叶えるために諦めなかったが。


 ほとんどのフォニア種は進化まで行きつかないだろうし、辿り着いたとしても多くが亜種を選ぶだろう。

 俺は人化の術適性が少しでも高い純進化先にしか興味なかったが、せっかくそこまで生き延びたのなら、戦闘能力の向上を求める気持ちは理解できる。


 だから、人や魔物とここまで至近距離で対峙してしまったら覚悟を決めるしかない、と思っていたのだが。


「……俺を殺さないのか?」


 イルミナに敵意を感じない。


「殺したりしないわ。どうしてそんなこと……。ああ、そうか。密猟か……」


 後半苦い表情をしてイルミナは納得の声を出す。

 しかし俺にとって意外だったのは、殺さない、と断言されたことだ。


「俺は魔物だが……?」


 人間は魔物を見ると襲ってくる。俺たち弱小種はその限りではないが、魔物も人間を見ると襲う。これは仕方ない。種族的に相容れないのだ。世界創造の瞬間からの理である。


「うーん、そうなんだけど、フォニアって基本無害だし、声が綺麗で癒されるし、可愛いし……。進化すると可愛いより美しいって感じになるのね」


 ……そういえば、襲ってきた人間たちも殺そうとはしていなかったか? 捕らえようとはしてきたから同じだが。


「貴方だって、今こうしていてもわたしのこと襲ってこないじゃない?」

「人間を襲う理由がない」


 多分多くのフォニアが人間に牙を剥かないのは自分が勝てないと分かっているからだが、俺の場合は本当に理由がない。


「ほら」


 ……フォニア種そのものには当てはまらない理由だが、まあ、いいか。下級種のときに狩られたら本当にフォニア種は生きていけない。そういうことにしておこう。

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