第6話

 無事に工房まで戻ってきた俺は、半日ほど休んでから研究を再開した。

 昨夜イルミナに斬られて感じたのは、やはり体の脆弱さだ。

 フォルトルナーに進化してからは錬金術士としての活動しかしていないから、正直に言うと能力的には進化前より劣っている。


 町中で人間として暮らしていれば、危険は少ない。そのため鍛える必要性を感じていなかったが……やはり少しは身を護る術を持っていた方がいいのかもしれない。

 魔物と戦って鍛えるのもいいが、ダンジョン討伐に沸く現状、それは取るべき手段ではない。人化の最中は魔力波長も変えてより人らしい擬態をしているが、擬態したままでは大した魔法は使えず、本来の魔力を使えば擬態が解ける。気付く奴はいるはずだ。


 ならばせっかく身に付けた技術だ。錬金術を使おう。

 とはいえ錬金術は人のための技術なので、鳥型である俺には使いにくいものも多い。今まではよりよいレシピを追及するだけだったが、そろそろアレンジを加えて制作してもいいかもしれない。


 俺の脆弱な能力を底上げしたところで、強者には勝てない。それよりも始めから相手に認識されないような、隠密系の品がいいだろう。採集にも役立つこと請け合いだ。


 材料は何が適当だろうか? 俺が身に付けるのだから、ネックレスか足用のリングが現実的だろう。重量はなければないだけいい。布系も悪くないが、とりあえず成形しやすい金属でやってみるか。


 思考しながらの一からの創作。悪くない。そうだな、まずはデザインを考えるのが先か。それによって必要な材料も変わるのだし。

 そうして紙とペンを引っ張り出したところで、ギルドカードが服の内側で振動した。


 ギルドカードは所属ギルドにおける身分証だ。手の平に収まるサイズの、くすんだ銀色をした長方形のカード。

 通常であれば商業ギルドの紋章が描かれているのだが、今は『ギルド依頼通知。ギルド内にて要確認』と文章が浮かび上がっていた。緊急連絡にもこうして使われたりする。


 所属ギルドの依頼は余程の事情がない限り拒否できない。向こうも『どうしてもやってもらわなくては困る』という依頼だけを出してくるからだ。


 それでも拒否した場合、除名処分もあり得る。とはいえ送られてくる依頼は過去実績に基づいて判別されるので、できない仕事は回ってこない。


 低ランク品しか納めない俺にギルド依頼が来るなど、相当である。少し難しいやつはこの町のもう一人の錬金術士の方へ行く。かなりの高齢だが、その分腕はある、らしい。


 とにかく、除名は困る。ギルドに行って内容を確認してこよう。

 外に出ると、前日と比べて随分雰囲気が変わっていた。町全体がピリピリしている。


 産毛がチリチリするような落ち着かない町中を抜け、商業ギルドに辿り着く。そして確認しろと言われたクエストボードへ直行。ギルド依頼も通常依頼と同様、こちらに張り出されるのだ。

 依頼をしていなくてもやれる人はやってくれということだろう。


 内容は……各種回復薬の生成。最低納品数はそれぞれ十。強制分ではないが中位薬の名前も並んでいる所を見るに、俺への配慮だと思われる。


 先日同じような内容を頼まれているが、改めて組織からの命令になったらしい。

 ちなみに上限はなかった。依頼が取り下げられるまで――ダンジョン討伐が終了するまで作り続けろということか。

 昨日で危機感を覚えたから装備を作りたかったんだが、仕方ない。除名は困る。


「あ、ニアさん。ギルド通知届いたんですね。よろしくお願いします」


 受付職員に声を掛けられ、こくりとうなずく。最低本数は必ず納品しなくては。

 そしてこういう場合、依頼を受けた多くの者がもっと余分に納品するのを俺は知っている。人間らしく、傾向に倣うつもりだ。


 しかしそうなると、素材が足りない。

 俺が作る回復系の素材は近場の林で十分なんだが、ノーウィットには他に錬金術士が一人、薬師が三人いる。全員が素材採取に行ったら、すぐに採りつくされてしまうだろう。


「王都から通達があって、隣町のグラージュスから各種薬や道具の現品と素材、両方が届く予定になっています。到着は十一日後です」


 ノーウィットから一番近い、そこそこの規模と活気を持つ都市がグラージュスだ。妥当だろう。


 しかしどうせその素材は購入しないと使えない。作らせるための素材納入なので良心価格にはなると思うが、タダで手に入る物を買う余裕は俺にはない。そちらは俺以外の人間の方が喜ぶだろう。


 なにせ、彼らは俺より戦闘能力がない。採取にも出かけず、基本、素材は買っていたはずだ。


「素材を買うつもりはないが」


 常日頃からそうしていることをこの職員は知っている。だというのに、彼女は今日に限ってぎょっと目を剥いた。


「まさか採取に行く気ですか!? 無茶です!」

「?」


 これまでは特に何も言われなかった。今更無茶とはどういうことだ?


「あぁ……。ニアさん情報に疎いですもんね……。えっと、昨夜王宮騎士様によってダンジョンの正確な位置が判明したんですけど、脅威度Bに設定されました」


 人間の付けるこの脅威度、最大のSは青天井なので何とも言えないが、Bというのは中級まで進化した竜種クラスほどである。


 竜種は総じて強大な力を持ち、中級まで進化すればその鱗の強靭さは生半可な金属では歯が立たず、まともな効果を期待するなら魔法は上級呪文から、といったところ。


 フォニアの上級種である俺が竜の中級種と正面から戦えば、一瞬で俺が食われて終わる。そういう相手だ。


「町の近辺にも、ゴブリン系や虫系、獣系、植物系の中級種が確認されています。なので、町の外での採取は推奨できません。手持ちに素材がなければ、グラージュスの物資を待って、買っていただくのが一番かと……」

「……そうか」


 挙げられた種族の中級種ぐらいまでなら、成長度合いにもよるが何とかなりそうな気がする。しかしそれをしてしまえば怪しまれるのは確実。

 俺の目的は錬金術の研究。住民に埋没できない特異性は排除するべきだ。

 生活費は……在庫整理で補充したばかりだし、節約すれば何とかなるだろう。

 依頼内容は確認したし、現状では何もできないと分かった。家に戻ろう。


 しかしこれは、自衛装備品の開発は一旦諦めた方がよさそうだ。

 やる気になっていたところに水を差され、息をつく。値段との兼ね合いで外周に近い位置にある自身の工房まで戻って来て――つい、顔をしかめる。

 滅多にいない来客が来ていたのだ。一人静かな研究生活を送りたい俺にとって、来客など不要。だが家の前に陣取られている以上、無視もできない。


 難しい顔をして壁に背を預けていたイルミナは、急に顔を上げてこちらを見た。まだ橋一つ以上先であるのに、だ。気配察知もかなりの精度だ。


 ……あまり近付きたくない相手だな。

 昨夜の件から考えても、イルミナは俺よりも強い。彼女がその気になれば、俺の隠蔽など容易く看破するだろう。ただの人間だと思っているからやらないだけで。

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