現代昔話考 ~現代に「お化け」は必要か?~

 お化けが出るぞと子供を脅す。


 今の感覚からすればそれは非常識であり、無闇に子供を怖がらせて暗闇へのトラウマを植え付けるとクレームの対象にもなるのでしょう。


 それは現代の感覚。

 昔とは違う。


 昔の夜は暗い。

 現代とは比べ物にならない。

 暗闇にはありとあらゆる恐怖が待ち構えている。それを恐れるなとするほうが危険。

 山や野にも危険が多い。

 狼や熊などの人を襲うけものだけでなく、ヘビに咬まれても蜂に刺されたって薬もない。

 夕暮れに人さらい。

 本当に、お化けではなくそれがあったのは様々な史料からも読み解けます。

 

 命の危険はそこかしこに。


 それでも子供は無茶をする。

 綱渡りほど大好きで、大人が静止すればするほど駆け出す。

 それは今も昔も変わらない。


 「七歳までは神のうち(それまでに死んでも神様のもとに帰るだけ)」と無理にでも納得しようとするほど、子供の死亡率が高かった時代。「たぬきが逆襲しておばあさんを殴り殺して……」などときつめの表現で子供を止めることも必要だったでしょう。語りの昔話ならそこで、わっと子供を驚かして震え上がらせる演出もあったはず。


 トラウマを植え付けることで、危険を回避させようとしたのです。


 今と昔の差を全く考慮せず、今の目だけで「本当は……」などというのも、決して物の真理をついているとは思えません。むしろ、語られる昔話の本質を見失わせてしまいます。


 トラウマは決して、悪いだけのものではありません。


 子供がマンションの高層階から落ちてしまうことありますが、一つにそれは「高所平気症」というものがあるからだそうです。適度に怖さを感じるジャングルジムなどで遊ぶこともなく、見下ろせば豆粒ほどの人しか見えない高層階に住んでいる。するとどうでしょう、高いところが怖いという感覚がなくなって……。


 高所恐怖症というのも、それから見れば、高いところを危険だと感じる正常な反応といえなくもない。もちろん、立っている高さから目線を落とす、それをも怖いと感じるならそれは治療が必要でしょうが。


 動物だって同じこと、むしろ動物のほうが鋭敏です。


 小鳥でもトラウマを持てば、それは危険と判断して決して同じ過ちを繰り返さないし、その場所へも行かない。

 人間に飼われたペットの犬猫ですら、例えば大きな地震があった時、そのとき休んでいた寝床にはかなりの時間、それこそ数年経たないと近付かなくなる。


 動物でも親は危険がないように見守るもの。

 ですが、過度なそれはかえって子供を危険にさらすことになる。

 トラウマを持つこともなく、危険を危険と知らないまま育って、命を短くしてしまうことになるのですから。

 それもまた、人間と同じです。


 お化けはだから今の世にも必要なんだ。

 そうは私も言いません。


 西洋のおとぎ話も改変を受けることで今の世にも通じるものとなりました。


 シンデレラなど、口承そのままなら、シンデレラストーリーの後日談として継母、義姉は焼けた鉄板の上に立たされます。その上で踊るようにして苦しむ姿を、シンデレラは王子様と共に笑って見ていたという。

 それを現代にもそのままなんて、とんでもないでしょう?

 でも、抑圧された封建社会、身分制度は日本のそれよりもはるかにきつく、底辺に生まれれば這い上がることさえ出来なかった中世ヨーロッパのこと。せめてお話のなかだけでもうっ憤を晴らしたい、そう願うのは人情でしょう。


 日本の昔話は、どちらかといえば、農村部、山間部での暮らし方を子に教えるもの。そこで学ぶべき大事なことの一つは、危険を避けるすべ。それが前述の通りきつくなるのも致し方ない。


 現代とは違う昔の感覚を、現代に当てはめることはできない。

 今の世には今の世の危険もある。

 今の世なりの伝え方もある。


 昔話そのままを今に伝えてもまるで手ごたえがないのは当然のことです。


 楽しいお話でハッピーエンド。

 恐怖よりも優しさを子供に与える。

 心を豊かにすることで、危険や暴力から遠ざける。

 それは今の時代にこそ必要でしょう。

 

 ただ、昔話を今の世と照らして否定するにしても、昔の事情も危険の濃淡も考慮せず、その世界観を否定してほしくはないのです。


 適度な改変をしつつ、今の時代に見合う昔話を楽しんでもらいたい。

 昔懐かしいものは、それはそれとして残しておきつつ。

 

 昔話の現代でのありよう、私は模索し続けていきます。



 -最後にブレイク、豆知識-


「カチカチ山」


 前半と後半はそれぞれ違うお話だったといわれています。


 前半のたぬきは恐ろしい存在、ところが後半になるとおまぬけにウサギにだまされてしまいますよね。


 「狐七化け狸八化け」といわれるように、古い時代はたぬきのほうが恐ろしいとされていました。それが、江戸の町が栄えてからは本来山にいるはずのたぬきが町に入ってきて愛嬌のある姿を人に見せるようになる。そうなると……。


 時代が違うたぬきの姿が同じお話のなかに組み込まれたことで、どこかちぐはぐな印象の物語になったのが「カチカチ山」であるといわれています。ある意味、それも昔のこだわらない自由な感覚といえなくもないのですが。

 

 狸の豆知識とはこれ如何に。


 おあとがよろしいようで。

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