猫
猫に関係する怪異は多い。
それはなぜか?
かわいいから。
以上。
……と、終わってしまってはエッセイとして語る意味がない。
ではなぜ、「かわいいから」が怪異に至るかを語らせてもらいましょう。
「猫の婿取り」でも触れていますが、まず猫の仕事はネズミ捕りです。
養蚕や農業が盛んな村々では特に猫は重宝されていました。馬一頭よりも高値で取引されていたこともあるくらいに。そもそもからして、中国から貴重な経典を運ぶとき、それをネズミにかじられるのを防ぐため船に猫を乗せた、それが日本の猫のルーツの一つといわれるくらいです。
農村部での止まない
しかし、ネズミ捕りだけが猫の役割だったのでしょうか?
そうとは言いきれません。
そこにあるのは、猫が人の身近に癒しとして存在する今と変わらない姿。
江戸には「猫のノミ取り」なんて仕事もあったくらいです。(儲けや効き目があったかどうかはいざ知らず)
猫の仕事はネズミ捕り。それは変わらないけれど、猫を人間がコントロールするのは、犬ほどにはうまくいかない。気まぐれで、素知らぬ顔。でも、そっと近づいてきて、猫なで声で甘えてくる。かわいいじゃないですか。だからこそ、愛する人も多かった。
怪異譚に戻れば、例えば鍋島の猫騒動。かわいがっていた猫が主人になり替わって復讐を果たそうとする、それがおおよそ共通の筋立て。そこで浮かび上がるのは、純粋な愛玩としての猫の姿でしょう。かわいがられていたからこそ、主人の恨みも我が恨みと執念深く化けて出る。それを誰もが当然と受け取るから「猫の怨念」も怪異として成り立つのです。
妖怪学的な目から見れば、猫の習性が怪異を呼んだともいえるでしょう。
犬が苦手な人がその理由に挙げるのが、
「咬まれる」
「吠えられる」
といった、身体的、直接的な痛み。
それはどちらかといえば怪異にはつながりにくい。
対して猫が苦手な人は、
「薄気味悪い」
「何を考えているか分からない」
と、感覚的な嫌悪感を上げる人も多いでしょう。
大きな瞳で凝視されると魔法にでもかけられたようにも感じる。じっと暗がりから光る眼でのぞき込むのは、人のすきを窺って何か悪さをしようとしているのかも。夜、犬は人とともに寝るけれど、猫は起きている、そこでもしかしたら……。
説明しにくいそれは怪異と結びつきやすいものです。
干されている手拭いがゆらゆら揺れる。それに興味を持った猫がちょいちょいと、手を伸ばす。はては驚くくらいに体をにゅーっと伸ばして。二本足で立ちあがってついに手ぬぐいに手をかけた。それが予期せず、ばさりと頭に落ちてくる! 猫は大慌て。驚き、棒立ち。手ぬぐい取ろうと躍起になる。その姿はまるで踊っているかのよう。それを昔の人は「猫が人のものを取って化け、人まねして踊る」と見たのではないでしょうか。
猫がしゃべる怪異も江戸の随筆あまたに載せられていますが、今だって動画を探せばいくらでも「しゃべる猫」は出てきます。ニャーニャーだけではない鳴き声、ご飯を食べながらウミャウミャ。しゃべる猫など、江戸のころからいくらでもいたでしょう。それをさらに想像膨らませて怪異と結びつける、今にもあることです。
猫は人の身近にあって、人の予想だにしない習性を見せる。
従順な犬にはない、それがかわいいという人は多い。
人間でも、かわいい人ほど何か裏があるんじゃないかと勘繰りますよね?
それと同じ。
今昔、猫の怪異に触れるたび「猫はかわいいからなあ」と、一人納得する私です。
【参考「猫の日本史」2017年刊(洋泉社)】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます