応援コメント

現代ファンタジーへとつながる昔話 (「オイオイ石」のあとがきに代えて)」への応援コメント

  • なるほど。試練を乗り越える過程があってこそ、ドラマにもなりますしね。
    「背負う」という行為は、自分の体にぴったりくっついていながら、首をねじ曲げてもよく見えない、という状態を作る、微妙な体勢になりますね。そこに福があるのか邪があるのか…ホラーでもあり、サスペンスでもありますね。

    作者からの返信

    三奈木真沙緒さま

    本日も私の考察にお付き合いください、お疲れさまでした
    「なるほど」とうなずいてもらえるのは本当にうれしいです

    今回の話は「現代ファンタジーへ」の部分は自分独自のものですが
    そのほかに関しては各種学問に沿ったものとなります
    それを難しい用語を使わずにうまく伝えられるかどうか
    「中学生でもわかるように」はその際に必ず使われる言葉ですが、それが出来ていたと感じられて一安心しております

    今回に関してはもう、三奈木さまのご理解で十分!
    私の補足など何も必要ありません

    ありがとうございました

  • 大変面白く興味深く読ませていただきました。井上円了先生の本は、ぜひとも読みたいと思います。岩波文庫の「江戸怪談集」を持ってるんですが、挿絵がいいですね。程よく想像力を補填してくれます。「奇異雑談集」も、見世物小屋的な興味を掻き立てる話があって、当時の人が夢中になったのが分かります。それにしても、文字以前の昔話が伝わるということは驚異的なことです。伝言ゲームでも、10人もいれば、全く別の話になっちゃうというのに。やはり、そこには、その物語が持つ意図、伝えたいとする心に頷き、尊重して受けとめる気持ちが不可欠だったと思います。人生の教訓と、村落共同体の不文律の中に身を置きながら、一人一人が小さな幸せを見出していこうとしていた。現代人がマスメディアで簡単にコントロールできるのと違い、足が地についていたと思う。無名なおばあさんが、自分が身を置いている現実の中にアイデンティティを持って生きていた。だからこそ、文字、記録ではなく、心を伝えることが出来たのでしょうね。

    作者からの返信

    ありがとうございます
    私のつたない話から深く興味を持ってもらえた、自分なりの考察までいただけた
    本当に作者冥利に尽きます

    円了先生の本としては「妖怪学講義」がそのものずばりでありますが
    それは図書館に求めることをお勧めします
    その他いろいろ図書館でいいと思います
    児童書コーナーでも昔話の本はいっぱいあって、私もそこを漁るくらいです

    「心」大切にしたいですよね

    編集済