伝統
奥深い山のなかに隣り合う二つの村がありました。
どちらも過疎化、高齢化に悩んでいました。
山越えの国道が出来たことをきっかけに、昨今の移住ブームも背景にしてよそから若い人たちも入ってくるようになりました。
古くからの村人は喜びました。
しかし、山奥の不便さは古くから住む者こそ強く感じるものです。
土地の若者が街へ出ていくことは止められません。
村の人口が増えるのはいいが、これでは古くから伝わる祭りが廃れてしまうではないか。
それぞれの村で、それぞれの古老たちは頭を悩ませました。
村の祭りは村の伝統。
祭りは村のものだけで行うのが習わし。
村のもの以外が祭りに参加することは許されない。
老人たちは頑なだったのです。
結果。
一つの村は祭りそのものを残そうと移住者も祭りへの参加を認めました。
一つの村は土地の者が伝えることこそが大事と、祭りの伝説だけを残して祭りを途絶えさせました。
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どちらが正しいかと言えば、どちらも正しいのです。
祭りそのものを残すのか、祭りの成り立ちこそ大切にするのか。
要は伝統に対する考え方です。
老舗の和菓子屋に例えてもいいでしょう。
昔の味を細々と残そうと小さい店を守るか。
もっと多くの人にこの味を知ってもらおうと、時代のニーズにあった商品を展開するか。
どちらも代々の看板を残そうとするのは同じ。
違いは伝統の芯を何とするかだけのこと。
祭りの話に戻れば。
「その土地の者だけで行うのが祭りの習わし」
それをいくら誇ろうとも、現実が追い付かないなら、祭りか、習わしか、どちらかを選ぶしかない。
祭りは残したい、習わしも大事とどっちつかずでは、果てに祭りは自然消滅するでしょう。それでは祭りを始めた先祖が浮かばれない。成り立ちも、歴史も、形のないものさえ残すことができないまま何もかも同時に消えてしまうのですから。
伝統が大事と鼻息荒くするならばこそ「心」がどこにあるか、真に失ってはならないものは何か、それを常に根本に置いて考えないといけません。
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