現実と空想の境界はスピンにより隔てられる

 影たちの夢を見てから3日が経ちましたが、その間犬上さんと八雲さんは一度も学校に来ていません。今日も朝の学活が終わりましたが、2人はまだ登校していないようです。

 出どころ不明な噂が校内でまことしやかに囁かれるようになりました。


「犬上さんたち、校舎裏で暴行されたらしいよ」

「不審者がうろついているってせんせーたち言ってたのにね」

「食べられちゃったんだ。男は狼だもんねーかわいそー」


 もし、事実だとしたら大変なことです。明日は我が身と思わねばなりません。

 そんなことよりも、今日夏海さんが登校していない事の方が心配です。


「おっはよー」

 元気よく夏海さんが遅刻してきました。ちょっと安心しませんでした。夏海さんの左手はギプスで固定されているからです。


    おはよう


 いつものように心の中だけであいさつを返しました。また、声を出せませんでした。そんな私と夏海さんの目が合いました。ハツラツとした笑顔をむけてくれました。





 お昼休みの図書室は静かになったことがありません。閲覧用机で数人で集まって宿題をやっている方達の相談声や他愛のない雑談をしている声、図書委員の打ち合わせなど雑多な声が、炭酸水の気泡のように小さく浮かんでは割れて消えていきます。


 本来の図書館のルールとしては違反していますが、学校図書館である以上、寄る方のない生徒が集う場所としての機能も必要という先生の考えのもと多少のお話は許容されています。


 そんな図書室に珍しい利用者さんが来ました。夏海さんです。キョロキョロと物珍しげに9類ーー文学の棚を眺めています。目的の本や読みたい本があるわけではなさそうです。本をとっては表紙を眺めてすぐに棚に戻してしまいます。

 それに、チラチラと私がいるカウンターの方を見てきます。その間にも棚を移動してついには3類の棚にまで到達しました。そのタイミングで私のカウンター業務もひと段落つきました。それを見定めた夏海さんが、タイトルを確認せずに本を手に取りカウンターへやってきました。


「貸し出し、お願いします」

「はい承りました。学年組出席番号は2年2組33番で間違い無いですか?」


 確認しつつ、書籍裏のISBNをバーコードリーダーで読み込み、エクセルに記録をつけていきます。

「返却期限は2週間後の14日です」

 そう言って本を手渡すと、夏海さんは真っ赤な顔をしていました。彼女の視線は本の表紙に向けられています。『女の子同士の恋愛はありですか?』というタイトルと共に告白から最後までという帯がついていました。


「ち、ちがっ。そういう意味じゃないから」

「存じております」


 利用者の読書傾向は気にしない事。何事もなく貸し出し業務を行う事。この二つは先生から徹底されています。


「そ、そう、だよね」

 冷や汗がおでこから流れ落ちるのが見えました。

 きっと私は今、顔が赤くなっていることでしょう。

 

 本のタイトルから夏海さんを抱きしめた時の柔らかさとスベスベお肌の触り心地を一瞬で思い出せてしまったのです。


「これ」

 そっぽを向きながら夏海さんは、図書リクエスト用紙を差し出してきました。

 書かれていたのは次のとおりです。


 タイトル:日色雪菜の連絡先を知りたい。

 作者:RINE希望

 リクエスト者名:枝折夏海 アカウント————


 「謹んで受理させていただきます」

 

 人生初のお友達登録です。やり方を調べなくてはいけません。お友達の作り方系の本に書いてあるといいのですが。

 

 私はカウンターを一旦閉めて、複本でもう一冊あるはずの『女の子同士の恋愛はありですか?』を取りに行きます。同じ本についてお話をするのはきっと友達同士では当たり前です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る