3. 醜い感情を消すために

 早乙女なつきは彼にいう。

「今日はカレー作ってきたの」

「マジか。腹減ったわ」

「煮込んであるんだから美味しいわよ~きっと」

 定時退勤した彼らの声が私から遠ざかる。


 ドロドロした感情も

 彼らの後ろ姿を見ていると小さくなっていく。

 諦めようと視線をパソコンに移した。


「そう。仕事仕事」

 朝峰の声がする。残業の確定の用紙を持ってくるのは彼だ。

「そうそう。朝峰には翼を授けてもらないとねーおごり楽しみ~」


 諦めよう。


 だって私では

 彼のあんな表情を引き出すことは無理だもの。

 私の知っている彼はいつだって仕事モード。

 営業スマイルがせいぜいだった。

 彼女にはあんなに天真爛漫に笑うんだ。

 いいなと思えど、代わりにはなれそうにない。


 一心不乱に仕事に打ち込んでいたある日。

「聞いた? 彼別れたらしいわよ」

「意外よね。あんなに仲のよかったのに

 ……やめないといいわね」

 そんなことが囁かれることになったのは

 12月に入ってから彼の様子が変わってきたから。


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