第3話 毛利秀元
立花宗茂殿と島津義弘殿の軍が4,000から5,000の東軍と遭遇して交戦状態となっているとの話だったが、戦場はすぐに分かった。大阪城の北方20キロ程の地点だが、東軍と思われる敵は旗指物から判断すると、どうやら福島正則隊のようである。だが5,000と言うのは大袈裟ではないか。多分3,000から4,000程度だろう。
幸村と勝家の隊は直ぐ突撃を開始、立花宗茂殿と島津義弘殿に幸村らの軍が合わされば約10,000だ。
立花宗茂隊と出会った福島隊は初め互角の勝負を想定していただろうが、敵に突然の援軍が大量に現れた。福島隊は遮二無二退路を切り開き脱出を図ったが、そこに更なる得体の知れない騎馬軍団が現れ蹂躙されて壊滅、福島正則殿は討ち死にする。
大垣城に駐留していた西軍は9月14日夜、主力を関ヶ原へ移動させ、大垣城には守備兵として福原長堯以下7,500名を残している。
本丸は福原長堯、熊谷直盛、二の丸は垣見一直らが、三の丸は秋月種長、高橋元種らが受け持った。
関ヶ原の戦いは15日で決着がついたので大垣城は敵地に取り残されることとなる。
翌16日夜に三の丸を守備していた相良頼房、秋月種長、高橋元種が垣見一直、木村由信、木村豊統、熊谷直盛らを軍議を名目に呼び出した。この時点で三の丸を落とされていた秋月らは、すでに東軍への内応を決めていたのだ。
「行くぞ」
垣見一直が振り返ると声を掛ける。
自分達が謀殺される情報を歳三から聞いている四人は、家臣の中から特に腕の立つ者達を選び出して連れて行く。
三の丸に集まった双方がぎこちなく会釈をしようとしたその時、相良頼房の手が刀に触れた。
「やれ!」
相良頼房の動きを見た垣見一直のひと声で、呼び出された者達が素早く刀を抜く。
既に鯉口は切ってある。
まさか軍議の名目で呼び出した相手から、いきなり斬りかかられるとは思ってもいなかったのだろう。謀殺しようと呼び出した者達は刀を抜く間もなく逆に皆切り倒された。
異変を感じて集まった相良頼房らの家臣達に向かって垣見一直が宣言する。
「裏切り者には制裁を加えた。我々は秀頼様の臣下である。逆賊家康に与するのか、その方らの好きなようにせよ」
その場に居た者全員が西軍に与する事を選んだ。
「秀家殿」
「はい」
「直ぐ大垣城に向かってもらいたい」
カヤンの領主ダニエル・ヤングの軍団である重装騎馬兵4,000は、家康軍との戦闘で必要になる。大垣城を包囲している東軍との戦いは秀家軍4,000と交代させる。
この時点で大垣城に残っている兵士は約5,000で、秀家の軍と合わされば9,000となる。
秀家軍が大垣城に接近した時、城を包囲する東軍は三の丸攻略で10,000に減った兵力が、ヤングの騎馬軍との交戦でさらに7,000となっている。
ヨーロッパでも重装備の騎馬軍が数で倍する軽騎兵で構成された軍を打ち破るなど、重騎兵は大きな力を発揮した。
さらにヤングの騎馬軍は馬の機動力を活かしながら、アトラトルを使っていた。
アトラトルとは槍投げにおいて、人力を容易に上回る飛距離と威力を生み出す、非常にシンプルな器具である。
男子槍投げの世界記録でも100メートルいかないが、アトラトルの競技大会では、ごく平均的な体格の成人男性が130m離れたところにある直径1mの的に命中させることがある。
ヤングの騎馬軍が使用する槍は通常のものよりやや短いが、その器具を使った槍の威力は、馬のスピードが加わると歩兵の鎧など簡単に貫いてしまう。
しかも一騎が五本から六本もの槍を所持し、車懸りで次々と新手が投げて行く。東軍は火縄銃の装填が間に合わず、兵士達はなす術もなくアトラトルの犠牲になった。
関ヶ原に関して地方の情報は錯綜している。どちらに付くべきか、各地の大名達は進退を苦慮していた。
しかし西軍の総大将に秀頼様が出陣なさったという。この話が伝わると流れが西軍に傾き出した。やはり秀頼出陣の意味は大きかったのだ。
立花宗茂の国許でも戦が起こっており、黒田孝高・加藤清正・鍋島直茂が柳川を攻める予定となっていた。しかし立花勢13,000が柳川城へ篭城する構えを示したところに、西軍が東軍を押していると知らせが入る。家康が逃げたと言う話もあるではないか。
これで黒田・加藤・鍋島の軍は柳川城への進軍を取り止めてしまう。
関ヶ原の起こる直前、石田三成が挙兵したとの知らせを受け取った如水は、中津城の金蔵を開いて9,000人ほどの速成軍を作り上げたが、なんと西軍が勢いを盛り返して家康が逃げているとの情報が伝わってくる。
トキに空間移転させられた歳三の配下がばら撒いた情報である。
毛利輝元が広島を出発した時の総兵力は60,000であったという。輝元到着の少し前に、秀元は大坂城西の丸を占拠しており、大坂の徳川氏勢力の動きを封じている。西軍決起計画のスタートであった。
ただ輝元自身の気持ちは大坂城に入城後どう動いていたのか。諸将から西軍の総大将に推挙され、盟主として軍勢の指揮を執っていたが、関ケ原の戦いの終結まで城から出陣することはなかった。
「貴方が秀元さんね」
「…………」
突然目の前現れたトキに秀元は固まっている。
「驚かせるつもりは無いんだけど、目をつぶっていた方がいいかも」そう言ったトキが瞬きをし終わる前だ、秀元の身体はトキと共に時空を超えた。
ここは佐和山城内である。転送された秀元がまだ固まっている。
「秀元殿」
「これは!」
南宮山に布陣していた毛利秀元の大軍勢は退却し、輝元のいた大坂城には入らず、大坂市中に駐屯した。
トキによって誘拐されたその秀元殿は目を白黒させて周囲を見ている。さらに目の前に居るのが秀頼だと分かり、言葉に詰まっているようである。
「西軍は家康殿をこの佐和山城下の戦いで追い詰めております。秀元殿の軍も再度大阪から此方に動かしては下さらぬか」
秀頼から声をかけられた秀元は、なんとか返事をした。
「……それはもちろん構いませんが、これは一体……」
「今は詳しく説明している時間が有りませんが、西軍は秀元殿の軍が必要なのです。もう一度戦って下され」
何しろ秀頼様直々の要請なのだ。
「ははっ」
秀元は深く頭を下げた。
「トキ、秀元殿を元の場所に戻して差し上げてくれ」
「分かったわ」
今はこれ以上詳しく説明している暇がない。まあ例え説明しても分かってはもらえないだろう。
秀元殿には大垣城に進軍して頂く事にした。再び佐和山城より東の大垣城が打倒家康軍の最前線になる。
「殿!」
秀元の陣営である。
「殿、一体何方にいらしたので御座いますか」
「……あ……それは……」
「殿、実は先程大阪城の輝元様からの伝令で軍は直ちに大坂を引き払い――」
「皆の者、出陣だ。秀頼様直々のご命令であるぞ」
「…………!」
秀元の軍15,000は大垣城に向けて進軍を開始した。
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