「貉」

夷也荊

第1話 対談

 若手実力派俳優の叶紗江かのうさえと、人気怪談作家の犬飼悟いぬかいさとるの対談が、都内某所で行われた。この対談を申し入れたのは、叶の方だった。彼女は犬飼のファンを公言し、いつかお会いできたら、と雑誌のインタビューでも語っている。そこで彼女のエッセイを掲載していた雑誌社が、同い年で同郷のよしみだと犬飼を口説き、今回の対談に至ったというわけだ。


 叶は俳優業の傍ら、ファッション雑誌でモデルを務める外、タレントとしてもその地位を確立していた。彼女が身に付けていた服やアクセサリー、化粧品は品薄になることから、叶効果などと呼ばれている。長い黒髪と白くて小さい顔に整った顔立ちは美しいと言うより愛らしかった。一方の犬飼は地元で学生時代に作家活動を始めた。今では全国各地の怪談を収集して執筆し、彼の書いた怪談本は増版を繰り返している。中肉中背で老け顔の彼と、スレンダー美人の彼女の対比は、どう見ても同じ歳とは見えなかったものの、話は合うようだった。向かい合ったソファーに腰かけた二人は、ボイスレコーダーを持った立会人を気にする様子もなく、今回の対談企画の趣旨を確認して、会話を始めた。


「今回は、犬飼先生から怖い話を聞かせて頂けると聞いて、楽しみです」


 叶が笑顔でそう言う。すると美女から先生と呼ばれることに対して、犬飼の方はまんざらでもないような顔つきになって、「はい」と短く答えた。


「私、昔から怖い話好きなんです。でも最近は、生きている人間が一番怖いって言うでしょう? 先生はどうお考えですか?」

「意外ですね。叶さんのような方が、昔から怪談好きとは。ああ、質問の答えですね。わたしは生きている人間も幽霊や妖怪も両方怖いと思います。怖さの質が違うんです。人間の怖さは不気味で恐怖感があるだけですが、それ以外は畏怖の念が恐怖に混在していると思っています」

 

 自分の得意分野への質問に、犬飼は鼻息を荒くして淀みなく答えた。叶はその答えに感動したようで、何度もうなずき、嬉しそうに目を細めた。


「じゃあ、先生のとっておきの怖い話、お願いします」


 叶は犬飼に向かって、ペコリと頭を下げた。犬飼は顎を撫でながら、身を乗り出して語り始めた。


「これは、小学校のクラスメイトから聞いた話なんです。クラスに一人二人、いるものですよ。怖い話が好きな奴ってのは。クラスの中心からずれた、周縁的な存在です。わたしが叶さんを意外だと言ったのは、そう言うことです。それで、そいつがわたしを怖がらせようとして、この話を聞かせたんです」


 くしくもこの発言によって、犬飼自身もクラスの中心から外れた周縁的な存在だと表明してしまったのだが、本人は気付いていないようだ。もちろん、叶がそれを指摘することはなかった。


 そして、いよいよ犬飼の怪談話が始まった。犬飼は声のトーンを落とし、叶は生唾を飲んで話に聞き入った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る