第4話 一徹酒店

「(ユウト! ユウト! 終電に遅れるよ!)」

「うわ! やべ!」

 ドンッ!!!


「いて~~~!」

 左膝に悶絶する程の激痛が走った。何だこの痛みは……目を開けてみると、どうやら俺の膝は柱を蹴飛ばしたらしい。

 赤く腫れあがっている。

 夢か……


 そうだ。結局終電に乗れずに急性アルコール中毒で死んだのだ。それで異世界に転生し、フォルスターと出会ってこの宿屋に来た。

 昨日はすぐにこの宿に入って寝てしまったようだ。

 思えば二日酔いでこの世界に転生して、相当疲れが溜まっていたのかもしれない。


 今は何時だろう?

 柱の上に時計があった。まだ3時半か。もう少し寝よう……。


 ん、待て……酒屋の朝は早いぞ。もしかすると、もう始動しているかもしれない!

 それにフォルスターはこの世界で職業を見つけなければ、軍へ入隊させると言っていただけに、真面目に動かないとやばい。

 よし、身支度して昨日のエビカニマーケット西店へ行こう。納品している酒屋が来るかもしれない。


 宿借やどかりのエントランスに出ると、「いってらっしゃいませ」と、ヤドカリたちが律儀にも俺に向かって一礼をしていた。

 外に出るとまだ暗い。薄っすらとした街灯が静まり返ったメインストリートを照らしていて、何か綺麗だ。

 エビカニマーケット西店は宿借やどかりから歩いてすぐだったな。


 あそこだな。お店の前に大量の空瓶が置かれている。昨晩飲まれたお酒やらジュースに違いない。見たことのないラベルばかりだ。瓶の形状は現実世界と一緒かな?

 お、これは日本酒だ。こっちはワインに焼酎! スピリッツも色々あるじゃんか! 異世界でも割と種類があるんだな。

 空瓶のまとまったケースには「一徹酒店いってつさけてん」と書いてある。昨日ペンギンが言ってた酒屋の名前だな。そろそろ4時か。もう来る頃かな?


 メインストリートの両端は朝霜あさしもに覆われて良く見えない。東側の端の方から徐々にガタガタと音が近づいてくる。来たか?

 俺は覗き見するような真似は好きではない。出会うからにはしっかりと挨拶をしておこう。


 朝霜の向こう側から俺ぐらいの身長で二本足で走る大型犬が見えてきた。荷車を引いている。

 近づく音は瓶と瓶がぶつかり合う音に聞こえ始め、直感的に酒屋だと判断した。


 どうやら別の店舗へ先に納品を行っているようで、お酒を降ろしつつ回収も行っている。

 荷車は四方を板で囲い、大きな車輪が2つ付いた木製のものだ。前方には手押しができるように棒が添えられ、人が入れるスペースがある。いつの時代だよ!

 現代じゃトラックが当たり前だから、人力はきついだろう……。

 納品を終えた大型犬はそのスペースに納まると、俺のいるエビカニマーケット西店へやってきた。


 間近で見ると、シベリアンハスキーであることがわかった。

 身長は同じぐらいでもガタイがよくて威圧感がある。


「おはようございます!」

 とりあえず、初対面は挨拶あいさつが大事。物おじせずに元気よく挨拶をしてみた。

「……」

 あれ……無視?

「はじめまして、お仕事中申し訳ございません。実は今就職先を探していて、もし良かったら……」

「なんだ、クソガキが。納品の邪魔だ、どけ!」


 くぅー、挨拶もできないのかこのおやじ!

 メガネをかけていて、声が少ししわがれている。恐らく老人だろう。

 俺の存在を無視し、合鍵を取り出すと店舗の中へ入りせっせと納品を始めた。


「あのー、宜しければ会社のことを教えていただけませんか?」

「……」

 ぐぐぐ……完全に無視されている。


「すみません、もし」

「邪魔だと言っているだろう!!」

 目の前でシベリアンハスキーに吠えられた、いや怒鳴られて、俺は尻もちをついた。このおやじ、よく見ると左右の眼の色が違った。青と緑だ。

「し、失礼しました」

 背中に「一徹入魂いってつにゅうこん」と書かれている。典型的な頑固おやじじゃないか。


「このクソガキ! あっちへいけ!」

 空瓶を回収した頑固おやじは次の店舗へ向かうためだろう、俺に捨て台詞を吐くなり走り去っていった。


「聞く耳持たずか」

 でも、あんなに怒っていても仕事は丁寧だ。ガラス張りからお店の中を見ると綺麗に納品された商品が並び、それにスムーズな納品回収。酒屋目線から見ても早い。

 店舗入口に挟まれた納品書には「いつもありがとうございます」と書かれていた。手書きで達筆だ。


 一瞬の出来事だったが、何か引かれるものがあり俺は跡をつけることにした。本来こういう真似はしたくないのだが……会社の所在地がわかれば何とかなるだろう。

 酒屋なんていくつもある。ただ、最初の出会いだ。大事にしたい。


 それから跡をつけること数時間……

 商品の陳列は見事なこと、納品書への感謝のメッセージもその場で書いていて、怠らない。店舗ごとに内容も違っていて、ホスピタリティの高さを感じる。


 一体一人でどれぐらいの店に納品しているんだ? こっちはへとへとだというのに、頑固おやじは重そうな荷車を引きながら走りっぱなしだ。

 30件近く回った今、メインストリート東側最奥、城門付近まできたところで路地裏に入っていった。

 いよいよ、倉庫か!?


 頑固おやじは疲れる様子もなく、2階建ての建物の前で止まった。

 おお、これはまさに老舗しにせの酒屋だ!

 1階が店舗になっているようで、その裏手には倉庫がある。周辺には住宅がなく、広々としていて、スペースに空瓶がまとめて置かれている。

 そこに頑固おやじは空瓶を降ろすと、倉庫の中に入っていった。


 電柱の影に隠れて待つこと20分。

 再び荷車を押した頑固おやじが出てきた。

 え!? また納品!?


 時刻は10時。第2便なのだろうか。

 荷車を追いかけると、中身が空っぽであることに気が付いた。

 なんだ?


 東西メインストリートの交差点を北へ向かっていく。城へ向かっているのだろうか?

 更に進むと、橋を渡り川沿いを上流に向けて進んで工場らしき建物に入っていった。

 もしかして、在庫補充の為の引き取りか?


 予感的中。

 10ケース程の瓶を積んだ頑固おやじが出てきた。

 続けて、川の下流へ進んでいき、同様のことを繰り返していた。

 その間にも俺の体力は消耗し、待っている最中も息切れが止まらなかった。だから、荷車を生身で引き平然と走る頑固おやじに心底感服した。


 時刻は14時。

 頑固おやじは倉庫の方角に戻り始めた。

 何もここまで追いかける必要はなかったのに、無茶しすぎた。もう足が上がらない。自転車が欲しい……。

 さすがに走る気力がなくなり、俺は追いかけることをあきらめめた。

 頑固おやじは颯爽と消えていった。


 川沿いで休んでいると、草むらの上で寝ていたようだ。

 周囲でひぐらしが鳴き、夕日が川に反射してとても綺麗だ。

「はぁ~、厳しい~~」

 叫んだ声がこだまして返ってくる。


 あの様子だと一徹酒店いってつさけてんは一人で納品と仕入れを行っているように見えるな。

 しかし、フォルスターが一瞬で消えられるように、テレポート的な魔法がこの世界にあるなら、それを活用して届ければ楽なのではないか?

 仕事は生産性を上げるために、効率化が必要だ。無駄を省いていくことで、もっとお客様のニーズに応えることもできるだろう。何か事情でもあるのだろうか。


 帰りにもう一度一徹酒店いってつさけてんの倉庫に寄ってみよう。

 別に採用担当者がいるかもしれない。

 えっと、どっちだっけ?


 俺は自分が来た方角を見失った……。

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