第3話 卸業者探し

 さて、とりあえず出てみたものの、手持ちは手帳と地図のみ。スーツに差していたペンはあるけど、ポケットには使えない定期券に財布、それと携帯だ。

 携帯は電波はないし、充電器もないからじきに使えなくなるだろう。財布は普段現金を持ち歩かないからクレジットカードや保険証ぐらいしか入っていない。

 使えるものは手帳、地図、ペンの三種の神器と言う訳だ。

 まぁ神器になるかは、今後の活躍次第だけど。


 地図を見ると職安のある位置は南の城門付近で、そこから北へ向かうと、東西に伸びる商店街らしきメインストリートがあった。

 この国は城壁に囲まれていて、中央には城があり、西側城外には大河が流れているようだ。

 具体的な個人宅名や店名まで書かれていて、まるでゼンリン地図を思わせる。

 これは便利だ。


 俺は無難に飲食店の多いエリアである、東西のメインストリートへ行くことにした。

 職安から、数分歩くと大通りに出た。この道をずっと進めば目的地へ着くことができるようだ。

 近づくに連れて活気に溢れ、動物の往来が増えてきた。まるで町屋だ。

 時折、荷車を引く者が現れたり、暖簾のれんも見えてきた。

 江戸時代へタイムスリップしたような感覚になった。


 風情ある町並みに感動していると、メインストリートへ着いたようだ。十字に伸びた交差点から、東西どちらに行こうか迷う。

 どちらの道も人気ひとけは多い。

 話しかけやすそうな動物がいないか挙動不審にしていると、誰かが俺の肩を叩いた。しかも結構強く。

「何か困りごとかね?」


 振り返ると、チンパンジーのフォルスターだった。握力が強いはずだ。

「あー、びっくり! フォルスターさんでしたか」

「いやーさっきは突然去ってごめんね! もうあの堅苦しさに疲れたから、普段の俺でいかせてもらうよ!」

 何だこのギャップは。いきなりフランクチンパンジー。

「いやさ、この転生者の案内人の仕事を何人も掛け持ちしてて、しかも騎士団の仕事をしながらだから本当ブラックでさ。これで君が5人目」

 5人目だと……そんなに転生者は多いのか。


「転生者には親切で紳士的な言葉遣いで対応をしろとマニュアルが用意されている始末。ほら、俺普段がこんな感じだから、自分を繕うのが本当まじ面倒くさくて」

 そういうことか。この国にも業務を掛持ちさせられたり、強要されているのか。俺も少なからず、その状況を受け入れてきたから気持ちはわかる。


「そういうことだから、これでいいよね?」

「は、はい。フォルスターさんがそれで良ければ」

「いいのいいの、あくまで"マニュアル"だから」

 マニュアルであって規則ではないのか。顧客と仲良くなることが彼の営業スタイルなのかもしれない。まぁ入口は強引だけど、基本だな。


「青山佑人。ユウトって呼ぶわ。よろしくな! 俺のことはフォルスターでいいから、お互いフランクにいこうぜ! 今日から友達だ!」

「お、おう」

「何だよ~、もっと肩の力を抜いてさ。折角新たな人生を歩めるんだから、もっと自分を変えていこうぜ!」

 そんな急に言われてもなぁ。確かに積極的にならなきゃならない面はある。仕事の面では優しすぎるし、プライベートは女性に対して消極的とか……。


「悩みも一杯ありそうじゃんか! パパっと就職決めて、異世界ライフを楽しもう!」

 フォルスターのこのテンションにはなれないが、仕切り直しの人生。もう少し積極的になってみるか。

「ほれ、俺に続け! 異世界ライフを楽しもう! おーう!」

「おーう!」

「よしよし、その意気だ!」


「それで就活は順調かね?」

「一先ずは前職と同じ業務用酒屋に就きたいと考えてるんだけど、職安には登録がないみたい。直接飲食店に行って話を聞くのが最短ルートかなと思ってる」


「それは名案。この国には登録したくてもできない会社もあるし、登録する必要のない会社も存在する。1週間以内に見つけ出せるよう、こちらも行きつけの酒場に行って探してみるからよ!」

「(それ、ただ飲みたいだけなんじゃ……)」

「ただ何だ?」

「いや、何も!」

「そうだ。言い忘れてたけど、ユウトの住居について、この1週間は保証する。所定の宿屋を用意しているから、そこで寝泊まりしてね!」

 おお、そうなんだ。それはありがたい。というか当たり前にあった家がないんだよね……全く考えていなかった。


「ほれ、この通りを西にずっと行くと宿借やどかりという宿屋があるだろ? そこに予約入れているから、遠慮なく使ってくれ」

 地図上に宿借が見えた。西側に宿屋があるなら、こっちを攻めてみるか。

「んじゃ、ユウトの希望は酒屋ということで。俺の好きなお酒をたらふく飲めるように、ちょっくら飲み屋にいってくるわ! ユウトのツケで」

「え、ちょっ! ちょっと待って!」

「ダメ?」

「ダメも何も、金さえ持ってないよ!」


 そう言えばこの国に通貨はあるのだろうか?

 共通語だから日本円なのかな。

「何だよ仕方ないな~。小遣いにしようと思ってたけど、やるよ」

 何、初心者転生者向けに渡すべき金を着服しようとしていたのか! とんでもないやつだ。

 受け取ると、1万と書かれた1万円らしき札が3枚あった。中央にはライオンの絵が描かれている。


「これは現実世界でいう1万円札と一緒なのかな?」

「同じと思って良いよ。基本的に百、千、万の単位で札があってコインはないから。どこの店も値付けは百円単位になっている」

「それと、働かざる者食うべからず。これ以上は渡せないからね! あーあ、今晩の飲み代が~」

「一晩で3万も飲むとか、フォルスターも急性アルコール中毒には気を付けなよ」

「ユウトに言われたくないな!」

 と言うと、またどこかへ行ってしまった。


 変なチンパンジーだ。でも愉快な性格してて良い友達になれそうだ。

 西側はまさにザ・町屋という感じだ。

 所狭しと暖簾のれんが掲げられ、店前には人だかり。いや、動物だかり。


 酒屋を探すに辺り、ある程度お店を絞る必要があった。

 一応前職は業務用酒屋と言う名目だったが、お酒だけを卸すのが仕事ではない。俺は発注担当として、飲料にも携わってきた。

 お酒を置かない店にはソフトドリンクが必要だから、相応の客がいた。この国も同様だと思い、喫茶店らしき店舗を探してみることにした。

 特に今は昼時間だろうから、酒場は営業していない。


 一軒目の訪問はリスの喫茶店だった。店長が不在で、業者のことを知る人がいないようで子供が店番をしていた。

 物珍しそうに、奥から更に小さい子供が顔を覗かせていた。店奥は住居になっているようで、昔の日本を思わせる。

 このような店が数店続いた。

 すると、ようやくまともに話せる店舗と出会えた。

 それは「エビカニマーケット西店」であった。


 店の規模は3軒分の大きさの大酒場と言っても良い。

 ここはランチも営業しているようだった。

「こんにちわ、このお店のことで伺いたいことがあるのですが、店長さんいらっしゃいますか?」

「俺が店長だけど、何か?」

 ペンギンがヨチヨチ歩きではなく、軽やかに歩いてきたので驚いた。


「あ、どうも。こちらに飲料やお酒を卸している業者様を探していまして、差し支えなければどちらの業者様か教えていただけませんか?」

「教えてどうするの? あんた、別の酒屋か?」

「いえいえ、転生したばかりの者で就職先を見つけようと探しているんです」

「ああ、転生者制度で焦ってるのか。ここはね、エビカニマーケットの姉妹店だ。西と東と北と南店があってね。本社が城の中にある」

 ほうほう、いきなり系列店を相手にしてしまったか。

 系列店だと、ほぼ同じ酒屋を使っていることは間違いない。


「確かうちは、こじんまりした酒屋を使ってたよ。本社の者が同級生だったか、その伝手つてでね。いつも早朝に納品回収にきているよ」

「業者名などはわかりますか?」

「何だっけな。気にしたことなかった。おい、お前! 納品書持ってきてくれ!」

 お前と呼ばれたペンギンの妻だろうか。早速やってきて、納品書を手渡しした。


「えーっと、『一徹酒店いってつさけてん』と書いてあるね」

「一徹酒店……かしこまりました。早朝に会えればご挨拶してみます」

「ああ、そうするといい。従業員を募集しているかはわからんけどね」

「承知の上です! 情報ありがとうございます」

 業者間の争いの種になるから情報はあまり教えたがらないんだけど、良いペンギンだった。


 まずは就職希望先の一つにリストアップできるといいな。

 午後も遅くなり始めた。

 そう言えば、深夜まで飲んで死んでからほぼ一睡もしていなかった。

 今日は早めに宿屋に行き、早朝もう一度このお店に来てみよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る