10


夏期講習が何個かあった僕は、せっかくの夏休みに大学に通っていた。

今年の夏は例年通り、前年の気温を大きく上回るとの気象予報士の決まり文句の下、日に日に暑くなっていった。

半袖シャツ一枚でさえ、脱ぎたくなるほどに。

ちなみに夏期講習は萄真もあって、それぞれ別の講習を受けていた。

今は丁度、お昼時。僕は萄真と食堂に赴いていた。

夏休み期間なだけあって、食堂はガラガラ。椅子なんて座りたい放題。

残念ながら、食堂は空いているだけで料理は作っていないからだろう。

僕達は併設されているコンビニで、昼食を買い揃える。

「よっこいしょ」

「買い過ぎじゃね?」

「それが……、無意識のうちに、千寿に取られる分も買ってたんだよ……」

トホホ……な気分になってしまうが、確かに買い過ぎた。

普通の唐揚げ弁当におにぎりが五つ。

細身の僕には弁当だけで割と十分な量になるのだけど、それ以外が多すぎる。

まぁこれも、一緒にいる時間が長くなったおかげと捉えよう。

「……」

「あ、これとこれ食べてくれない?」

「別にいいけど……あ、んじゃあ一つ、答えてくれたらな」

「なぞなぞ?」

「うんにゃ。ただの質問」

菓子パンの袋を開け、パンを半分ほど袋から出す萄真。

そして、パンで僕を指す。間に挟まっている生クリームが今にも零れそう。

「正直、千寿のこと、どう思ってんだ?」

「どう……って?」

「どうは、どうだよ」

「んんん……?」

千寿をどう思うか……? 大食い? 食の番人?

食事以外なら、後は……。

「どこか……面倒見がいいというか、人に寄り添う才能を持っているというか。一緒にいて楽しい人だと思うよ?」

うどん屋での一件。それが僕の中での千寿の見方が変わったことに、間違いない。

人を視る目と、人の懐に入り込む愛嬌は、ずば抜けていると思う。

「思ってたのとちげーけど……じゃあ、蘭は?」

藪から棒に質問続きなのが気になる。けど……。

「蘭さん……?」

蘭さんをどう……?

初めは無口でクールな感じで、取り付く島もないって感じだった。

でも、最近は変わった気がする。特に笑顔が増えて、話しやすくもなった。

具体的に……なら……。

「他人を想う気持ちと信じる気持ちが真っすぐで、何事にも真摯に受け止める……いい人だと思うよ?」

「はぁ……」

どうやら、萄真の期待の返答ではなかったらしく、大きな溜息をつかれた。

「何が聞きたかったのさ?」

「薔から見て、二人はどう映ってるのか……って、もういいわ」

「……怒ってる?」

どこか苛立ちめいた雰囲気の萄真。パンの嚙みちぎり方が、それを示していた。

「薔ってさ……恋ってしたことあんの?」

「コイ……?」

魚の『コイ』? 味とかの『濃い』? わざとって意味の『故意』?

他に何か……あったっけ?

「『コイ』って、どの『コイ』?」

「はぁ? 異性を好きになる『恋』だよ。おま、何言って………………え?」

「ん?」

「誰かを好きになったこととか、ないのか?」

「誰かって……。みんな好きだよ? 蘭さんも、千寿も、萄真も」

「くっ! 眩しい……ッ!」

友達を作ることばかりしてきた僕は、誰か一人だけなんかじゃなく、みんな好き。

一緒に過ごして、楽しいと思える人はもっと好き。

でもどうやら、萄真の言う『恋』とは、そういう意味ではないらしい。

「って違う! なんか……こう、俺一人のものにしたい! とか、抱きしめたい! とか思わねぇのか⁉」

「ええぇ……萄真を?」

「俺じゃねぇ!」

「じゃあ誰さ?」

「それを聞いてんだが⁉」

何故か興奮状態の萄真は、ゼェハァと肩で息をしており、ペットボトルに入っていた半分くらいあった水を勢いよく飲み干すと、テーブルに叩きつける。

そして、深呼吸。

「……分かった。恋愛したことないんだな?」

「んんん……多分?」

恋愛なるものがよく分からないから、したことがあるないは分からないけど、萄真の思っているのではないみたいだし、多分、ない。

「んなら、『好き』が何か教えてやろう」

「別にいらないけど……」

ゴホンッ! と僕の声を遮るように咳払いをするので、まぁ聞いておこう。

などと中途半端な姿勢で聞こうとしていた僕は、まだ子供だと気付いてしまった。

萄真がそれまでとは全く違った、真剣な眼差しをしていたのだ。

思わず座り直してしまう。

「いいか? 今の薔の『好き』は、あのバンドの曲が好きとか、一緒にいて楽しいから好きっていった、言わば『服』だ」

「…………服?」

「そうだ。薔もそうだけど、服って自分の気に入ったものを着るだろ? そういう服って、周囲の人間や、着ている本人から一番『見えやすい』。そこに他人は共感を持ったり、不快になったりする。一番見えている部分だからな。服とは得てして、自分以外がその人の『好き』を容易に知ることができるモノってこった。でも、死ぬまでずっとその服が好きとは限らねぇだろ? 小さくなったとか、流行りじゃなくなったとか。兎角、『飽き』がいずれ来る。分かるか?」

「うん。分かりやすいよ」

例えが上手いおかげで、言いたいことがよく分かる。

要は、僕の『好き』は、心変わりしやすいものってこと。

「……でだ。今度は俺の言う、『好き』とは何ぞやってことだけど。正直、自論のオンパレードだ。俺もこれが確かって言いきれない。その上で、聞いてくれ」

より一層、神妙な面持ちになる萄真に、僕の気も勝手に引き締まる。

「俺の言う……いや、一般的な『好き』ってのは、『服』みたく他人がジロジロ見れるやつなんかじゃない。むしろ誰にも見られてはいけない、内に秘めるものなんだ。だから……例えるなら『裸』だなっ!」

「えぇっ⁉ は、ハダカ⁉」

「別に、変な意味じゃねぇからな?」

突然何を言い出すのかと思ったけど、至って真剣な萄真はそのまま続ける。

「ほら、裸って人に見られたくねぇだろ? 見られるのって恥ずかしいだろ? そういう『服』と違って他人に見られたくないものを、どうしても見せたい! って思う相手が『好きな人』になるんだ」

「う~~ん……よく分かんないかな?」

裸を見せたい相手……? 見せたいなんて……。

「んまぁ、はっきり言うと、もっと複雑なものなんだぜ? 人を『好き』になると、その人に傍にいて欲しいとか、もっと長く一緒にいたいとか。それ以外にも、悩み、苦しむ事ばっかりだ。自分の心臓に刃物突き立てるより……痛いものなんだ。

それでも……どうしても……どうしようもなく『想う』。それが俺の言う『好き』ってこった」

「……」

「今までそんな経験がなかった薔だって、いつかは来る。その時、『好き』が何か分かりづらかったら、こう考えてくれ」


——自分のことを、もっと話したいって思う相手か——


だから……『裸』。

僕の全てを知って、聞いて、欲しい。

僕しか知り得ない、『僕』を……。

「萄真は……そんな相手がいるの?」

堂々と胸を張る萄真は、今まで見たことがないくらいの……寂しそうな笑顔を浮かべる。

「あぁ。いるさ。どうしても一緒にいたいやつがな」

「そう……なんだ……」

何故だろう? 本とかでそういうジャンルを読んだことは何回かあった。

だけど、『好き』をこうも言いきれる人が目の前にいると……僕は人として劣っているんじゃないかって思う。

人としての感情の何かが……。

「悩むには、はえーぞ?」

「え?」

僕の肩をポンッと叩く萄真。

「薔は気付いていないだけ…………なんだよ。何も、知らないことに気付けなんて、到底無理な話だろ? だけど……今、『好き』がふんわりと分かったよな?」

「う……ん」

「んじゃ、これが最後。『裸』を見せたい相手。は、ちょっちムズイだろうから、これを判断材料にしたらいいぜ」

右手を伸ばしてくる萄真。これは……握ればいいのかな?

なんとなく萄真と握手するかたちに。

「こんな感じで手を繋ぐ。そんで、ビビッて来たら……或いは、かな?」

そう言うと、萄真はおにぎりを持って立ち上がる。

「教室遠いから先に行くぜ。おにぎり、あんがとな!」

それだけ言うと、萄真はパンを口に詰め込みながら走って行ってしまった。

……。

……。

萄真の手を握っていた右手から、目が離せない。

ビビッて……来たら……か…………。

「確かめなきゃ……」

さっきから鳴りやまない鼓動の正体も、きっと何か、分かるはず……。


その機会は、意外にも早く訪れた。

今日の分の夏期講習の終わりに、情報館の前でばったり蘭さんと会ったのだ。

なんでも、借りていた本を返しに来たらしい。

「こんな偶然もあるんだね」

「全くね」

なんかぎこちないか……? いや、元からこんな感じだっけ……?

きっとそう思っているのは僕だけで、蘭さんはいつもと変わらない気がする。

兎に角。僕は蘭さんに用があるんだ。例のビビッの正体を知りたいから。

おもむろに右手を蘭さんの方へと伸ばす。

すると、訝しげな眼を向けられた。

「な、何?」

「えぇっと……手を繋いでほしいというか……」

数秒の後。

「な、な、な、何言ってるの⁉ 手を繋ぐ⁉ 私と薔が⁉ な、なんで⁉」

凄い動揺をしているけど、それもそうか。訳を話していないのだから。

「蘭さんの手を握ったら、ビビッが何か分かるかもしれないんだ」

「え? こ、この季節に静電気?」

「静電気じゃなくって……。なんて言ったらいいんだろう……?」

ビビッの正体を説明しようにも正体が分からないし、他のどの言葉が適しているのかも分からない。

静電気ではないことだけは、言いきれるのだけど。

「はぁ……。分かったわ。とりあえず手を繋げばいいのね?」

別の言葉を探している僕に呆れてか、蘭さんはため息交じりに手を繋ぐことを承諾してくれた。

「あ、ありがとう!」

「全く……。久しぶりに二人になったっていうのに……」

僕の右手と蘭さんの右手が、握手と同じかたちで交わる。

……蘭さん手って、その……小さい。

小さくて、思っていたよりもさらさらしていて、もちもちもしている。

しかも、ちょっと温かい。ちゃんとそこに手がそこにあるって言うか……って何を言ってるのだろう?

その後も二度、三度、にぎにぎとしてみる。

すると、遂に蘭さんがしびれを切らしてか、口を開いた。

「な、何か分かったの?」

「う~~ん……、さっぱり分かんない……」

そのまま腕を立てて、蘭さんの手のひらと僕の手のひらを合わせて、指と指を絡ませる。

にぎにぎ……。にぎにぎ……。

「ごめん……。やっぱり、分からな…………」

まさにその時、時が止まった。周囲の音が無くなった。そう言っても過言ではないコトが、僕に起きていた。

蘭さんの浮かべる表情と仕草に目を惹かれ、吸い込まれそうになって、そして……。


ビビッと……来たのだ。


仲良くなってからずっと一緒にいたけど、初めて見るその表情。

どうしても、目が離せない。

どうしても、意識が制御できない。

僕が僕であろうとすることが、できない。

そんな蘭さんはというと……耳まで真っ赤にして、左手で顔を隠そうとしていた。

その小さな手では、殆ど役目を果たせていなかったけど。

どうにも、蘭さんの行動一つ一つが可愛らしく見える。そう見え始めると、蘭さんから目が離せなくなっていく。

だんだんと……、だんだんと……。

それが不意に、怖いと感じてしまい、

「はぁ……はぁ……。ご、ごめんね?」

蘭さんの手を解放する。……正確に言うと、僕が手を引っ込めたのだけど。


気まずい空気になったものの、いつも蘭さんと別れるバス停までは一緒だった。

その間、すっごくぎこちない会話をしていたのだけは覚えている。

蘭さんと別れた後は、ずっとビビッの正体について考えていた。

考え過ぎて、電柱にぶつかったり、何もないところでコケそうになったりした。

だけど……、分かった気がする。

あのビビッの正体と、萄真の言っていたこと。

僕にとって、誰にも見せたくない『裸』を見せたいと思う人。

もしかしたら……『好き』ってこういうことなのかもしれない。

「僕は……蘭さんのことが…………好き……………………」


翌日、このビビッの正体が本当に合っているのか、萄真に聞こう! と決心して家を後にする。

不思議なことだけど、寝て起きても、蘭さんのことで頭がいっぱいだった。

あまりにもいっぱい過ぎて……講習内容が一切入ってこなかったけど。

講習が終わると、昨日と同じく、食堂で萄真と落ち合うことになっていたので、真っすぐ食堂へ向かう。

すると、昨日と同じ席に萄真ともう一人、別の人影がいた。

「あっ! お~~い! お疲れ~~」

僕に気付いてブンブンと手を振るのは……千寿?

「なんでいるの?」

「ナチュラルに棘ッ⁉」

「なんでも、先生に呼び出しくらったらしいぜ~~。バカだから?」

「違うわ! うちは褒められたの! 萄真と一緒にしないでくれる⁉」

他に食堂を利用している人がいないので、大声でいがみ合う千寿と萄真。

やっぱり千寿がいると、場が凄く賑わう気がする。……じゃなくて。

「そうそう。萄真に確かめて欲しいことがあるんだ」

「ん? なんだぁ?」

「あの、ビビッの正体なんだけど……」

「なになに? ビビッの正体? 何それ~~?」

不思議そうに首を傾げる千寿だが、ビビッについて話していないから、知らなくても当然か。

簡単に説明しよう。

「手貸して?」

お互いの右手で握手する。

「……」

「どう? ビビッてきた?」

「薔……。なんの説明もなしにそりゃあ……」

横で頭を抱える萄真だったけど……千寿はそうでもないらしい。

握る手を黙って見つめ、やがて千寿は顔を上げる。

「うん……やっぱり…………」

どこか寂しそうで、それでいて嬉しそうな、複雑な表情を浮かべていた。

「やっぱり……? まぁそれが、萄真曰く『好き』ってことらしいんだけど……昨日、それが分かった気がしたんだ」

「マジか⁉ それって……?」

昨日。なかなか寝付けなかったけど、いっぱい交錯した思いは一つの答えを出せたと思う。

「僕……多分だけど……」

蘭さんが……と続けようとした時、千寿が勢い良く立ち上がる。

それも、椅子の引きずる大きな音を立てながら。

「ご、ごめん。うち、用があるんだった……」

「千寿?」

「…………ばいばい」

僕と萄真が呆気にとられている内に、千寿は足早に立ち去ってしまう。

珍しく……いや、初めて、一度も振り返ることなかった。

「千寿……?」

まさに、その瞬間。僕の中で……何か違和感が生まれた。

千寿の手を握った時、ビビッとも何とも感じなかった……けど。

……。

……。

僕の……『裸』を見せたい…………人。

……。

……。

僕を……知って欲しい…………人。

……。

……ッ⁉

あぁ……。そう……か。そうなのか……。

僕は……、僕は……ッ!

「ねぇ。萄真……」

「なんだ?」

「僕……、僕……ッ!」

「いい。ゆっくりでいいから。ちゃんと口に出すんだ」

その一言で、溢れてきた感情の波が最後の堤を決壊させる。

「あぁ……あぁああああああああッ! うわぁああああああああああああああッ!」

心の底から込みあがってくる、感情の波。

この感情の名前を僕は知っている。今までの人生で、幾度も感じたことがあるから。

でも、それが今、現れた理由が分からない。

分からないけど……途方もなく『悲しい』。とてつもなく悲しい。

溢れる涙が次々と両の眼から出て来て、頬を滝のように流れ落ちる。

止めどなく。意思に反して。

「うぅ……ぐすっ……」

あまりにも泣き過ぎて、僕は思わずテーブルに腕をついてしまう。

実は……僕は一つ、嘘をついた。

この涙の理由に、気付いていた。分かっていた。

だって……認めたくなかったから。

今の僕はきっと……人として最低だと思うから。

なのに……僕は……ッ!

「言え。言うんだ! 息を整えて、お前の口で……お前の気持ちを、自分の口で言えッッ!」

食堂中に響く萄真の叱咤が、僕に染みわたる。

そう……だ。僕の気持ちは、『僕の気持ち』なんだ。

どんな気持ちだって、それは僕自身が抱いた心からの気持ちなんだ。

口にしなきゃ……ダメなんだッ!

「僕は……蘭さんが『好き』なんだ! どうしても話したい! 他愛無いこともみんな、みんなぁ! 手を握った時、蘭さんと関われるようになれて嬉しいと思った! 頬を赤らめる蘭さんにもっと……もっと……僕を見て欲しいって思った! 昨日の夜だって、そのことで頭がいっぱいで寝付けなかった! それくらい……『好き』なんだッ!」

でも……。

でも……。

でも!

「僕は…………千寿も『好き』だ……。隣にいてくれるだけで明るい気分にさせてくれる。苦しいことを忘れさせてくれる。一緒になって、僕のことを『聞こう』としてくれる。隣で涙を流して僕を支えてくれて……僕の過去に意味があったって、言ってくれた。だからあの時……僕は千寿に話してよかったって…………もっと話したいって思った!」

僕は、二人を好きになっていた。

蘭さんと千寿。

こんなことが許されるわけない。二人の女性を想うなんて。

蘭さんへの気持ちに気付いた夜。僕は高校の友達の恋愛観を思い出していた。


—一人だけを好きになれないやつは、二股をするクズになる—


—だから、普通は一人だけを好きになる—


僕は蘭さんだけが好きだと思っていた。だから、僕は普通なんだと。

最低な奴にはならないだろうって。

でも……なんで、あの時に千寿の顔が出てこなかった? こんなにも、好きなのに。

蘭さんのことで頭がいっぱいだったから? 本当にそうなのか?

もし、昨日。先に会っていたのが蘭さんではなく、千寿だったら?

千寿の手を握っていたら? 僕は一晩中、千寿のことを考えていたのか?

そんなのが……本当の『好き』なのだろうか……?

どんどん、堕ちていく。何が正しくて、間違いなのかも分からないまま……。

僕が僕を信じられなくなっていく…………。

そんな僕の肩を、強く掴む手があった。僕が迷わないように、喝を入れてくれる……手が。

「薔は多分……二人を好きになった自分が最低で、二人を好きになったことで本当に『好き』なのか信じられないと思っているだろうけど……、それが薔の、『薔だけの気持ち』だろ? 別に二人の女を好きになることは、悪いことなんかじゃない。むしろ誇るべきことだぜ? このクソ広い世界で、クソ狭い日本の、このちゃちな大学で、なんの偶然か必然か分かんねぇけど、薔の気持ちを気付かせてくれて……、涙を流す意味を持てる相手が二人もいたんだ。……いいか? 薔のその気持ちは、誰の言葉で覆るものなんかじゃない。ましてや、薔自身が卑下するものでもない。誇るべきものだ。薔だけの……一生の宝モノになる、いや、しなきゃならねぇモノだ!」

萄真の核心を突く熱い思いは、幾度も僕を震わせる。

僕が何を思っているかなんて、全部萄真にお見通しなのだから。

だから、最高のアドバイスと同時に、背中を押してくれるのだ。

「僕は……二人を好きで、いいのかなぁ?」

僕の不安を、萄真は真っすぐ受け止めてくれる。

「今はそれでいいさ。……でもな。いつかは選ばにゃならん。その時、薔は今以上に……って、やっぱやめやめ。今のナシ。……その代わりに。これだけ言っとくな」

人差し指を立てると、僕の胸を小突く。

「来たる決断から逃げるなよ? 決断も含めて、『好き』なんだからな」

決断……。

何度も僕の中で反芻する、その言葉の重みを、僕はどれくらい理解できているだろうか?

萄真が導いてくれた感情に報いる答えが、僕に見つけ出せるだろうか?

でも、この気持ちに噓なんかない。萄真の言っていた通り、誰かの意見で変わったりもしない。


だからこそ……、『決断』……。


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