9


季節も大きく変わり、夏。常夏。

毎週、先週の最高気温を超える灼熱地獄の大学生活も……中盤に差し掛かっていた。

「う~~~~海だぁあああああああああああああああああああッ!」

昨日から夏休みに突入した僕達は、千寿の一声で海に行くことに。

僕達が通う大学の近くに海はないので、少しばかり足を伸ばさなければならなかったけど、萄真が車の免許を持っているということだったので、萄真に運転をお願いして海まで。

もちろん、いつものメンツ。

車内では例のバンドの曲が流れており、爆音合唱。気分はアゲアゲ。

天気予報士も一日中晴れと太鼓判を押していたので、帰るまでこのテンションは続きそう。

と、早速、テンションが上がっている所以の強烈な投球が放たれる。

「あ、そうだ! うちの水着、可愛い水着とカッコいい水着のどっちだと思う?」

「ぶふっ! え、えぇ……?」

後部座席から身を乗り出して聞いてくる千寿のストレートな質問に、飲み物を拭き溢しそうになる僕に代わって、萄真が運転しながら、かなりイケボで応える。

「俺は純白にぃ……フリフリ……」

「萄真に聞いてませ~~ん! ってか、それ萄真の好みでしょ?」

「チッ……バレたか」

そう。この質問の裏側には、僕の好みを探るという凶悪な思惑が渦巻いている。

そんなことなど露も知らない僕は、真剣に考えて……考えて……。

「千寿はオレンジの白玉。蘭さんは黒の無地……?」

好みというより、何が似合いそうかに視点を置いた僕のコメントは、どうやら千寿の意表を突いていたようで、乗り出していた半身が後部座席に消えていく。

「なはは~~っ! 薔のセンスってすげぇな~~」

「ちゃんと考えたんだけど……」

萄真はケタケタと笑っているが、僕は割と真剣に、二人の似合う水着を考えたのだ。

想像するだけで、結構恥ずかしいけど。

それにしても、言い出しっぺの千寿が一向に何も言ってこない。

どうしたのかと思い、後ろを振り返ってみると、気分が悪いのか俯いている。

蘭さんの方は、右手で口元を押さえながら窓の外を見ていた。

「こっち見ないで……」

いきなり雰囲気が悪くなったが……その理由はすぐに分かることとなる。

車を止めて更衣室に向かい、手早く着替える僕と萄真。

今日は絶好の天気と同時に海開き。浜辺一面では人が蟻の大群のようにうごめいている。

荷物を持つ僕達は先に浜辺へと向かうと、蘭さんと千寿を待ちながら、レジャーシートを広げられる場所を探す。

「こっちとかどう?」

「おっけー」

海から遠すぎず、近すぎず。良い感じの場所を陣取ることに成功した。

さて、ここで車内の異様な雰囲気の答えが照らし合わされる。

てくてくと僕と萄真の前に現れた、蘭さんと千寿は……。

「ジロジロ見やんで……」

千寿の水着は、オレンジ色に白玉模様のビキニ。

「恥ずかしすぎる……」

蘭さんの水着は、無地の黒いビキニ。

二人とも妖艶な四肢を隠そうと、薄いパーカーを羽織っているけど、返って色っぽい雰囲気があった。

「薔って……変態なの?」

「な、なんでそうなるの……?」

「あなたに話した覚えもないのに、完璧に当てているからよ」

「確かに……これは変態だな! あはははっ!」

僕の肩をバシバシ叩く萄真は、目いっぱい笑い声を上げる。

そして、そのまま海の方へと駆けだす。

「あ、沖まで速かった方が勝ちな! 変態!」

「えぇっ⁉ 僕、泳ぐの下手なんだけど⁉ あと、その不名誉な呼び方はやめてくれる⁉」

兎に角、萄真の後を追いかける。

その祭、残してきた千寿の叫び声が背中の方から聞こえてきたような……聞こえなかったような……?

「なんか……言ってけぇえええええええええええええええええッ!」


蘭さんを除いた二人は数年ぶりの海らしく、大いに満喫していた。

時には、ひたすら泳いで。

「萄真……速ッ⁉」

「小学校の時、水泳習ってたからね。……にしても速すぎじゃない? うちら誰も追いつけないんだけど」

時には、ビーチバレーをして。

「ッ……シャオラァアアアアアアアアアアッ!」

「あだっ!」

「あ~~~~~はっはっはっ! 薔……顔で受けて……くくくっ……」

「だ、大丈夫なの?」

時には、海の家でかき氷を食べて。

「ねぇ~~! イチゴ欲しいぃ~~」

「だぁああああああああ! やらん!」

「なんで⁉ 蘭も薔もくれたんだよ⁉ あとは萄真の味で、かき氷フルコンプなの~~!」

「ううぅぅ……頭が……」

「蘭さんって冷たいもの、ダメなんだね」


そして、浜辺へ。

「よしっ! 競争だねっ!」

「千寿……女だからって手は抜かねぇぜ?」

「望むところよ?」

空のペットボトルを砂に突き刺し、疑似ビーチフラッグをすることに。

昼時を境に人が少なくなったのと、僕と蘭さんの疲労により、元気な千寿と萄真だけで行うこととなった。

「いつでもいいよ~~!」

倒れない且つすぐに引き抜ける程度にペットボトルを調整し、ゴーサインを出す。

「えぇっと……位置について……ドン!」

蘭さんの掛け声と右手を振り下ろす合図でスタートする……が。

「『よーい』はッ⁉」

「先手必勝ッ!」

一人ツッコミを入れる萄真を置いて、走り始める千寿。

びっくりするくらい速い千寿は、その身軽さを器用に利用する。

相対する萄真は体格的体重的問題で、足が砂にとられて上手く進めない。

なので、この戦いの結果は……まぁ……火を見るよりも明らかだった。

「にゃあああああああああああ!」

変な叫び声をあげながらペットボトルに飛び込む千寿は、そのまま勢い余って僕の方に突進してくる。

「え、え、えっ……うおっ⁉」

いとも簡単に吹き飛ばされる僕は、千寿を抱えながら仰向きに倒れ込む。

幸い、砂の上だったので大した怪我はしなかったのだが。

ある意味、大事故がすぐそこで起こっていた。

「いてて……。あっ⁉ ご、ごめん! 止まれなくって……」

「いや……大丈夫。それより千寿は怪我して………………ッ⁉」

千寿の豊満とは言えない、控えめな胸が僕のへそあたりに……。

一拍置いて、この状況を理解した千寿は、みるみるうちに顔から耳まで赤くなる。

まるで、茹でだこみたいに。

「ご……ご…………ごめ~~~~~~ん!」

ビーチフラッグの時以上の足の速さで、どこかへ走り出す千寿。

その背中を見ながら、遅れて来た萄真はため息をついてしまう。

「これは迷子になるパターン……も~~」

ぶつくさと小言を言いながらも、千寿の後を追いかけて……行ってしまった。

「……」

尚も放心状態の僕は、完全に置いてけぼり。

そして、忘れられそうにない感触に悶々とするしかない。

「今の……大丈夫なの?」

本気で心配している蘭さんは、どうやら一連の事故をあまり把握していないようだった。

だけど……。

髪が落ちてこないように耳あたりで押さえながら、かがみこむ姿勢は……千寿よりも実った胸が、僕の視界いっぱいに入り込んできていて……。

「ご、ごめん……」

刺激が強すぎた。

「何を謝っているの?」

不思議そうに首を傾ける蘭さんは、そのまま僕の横に腰を下ろす。

変に固まってしまう僕だったけど、気にした様子のない蘭さんは、地面をぐるぐるとなぞりながら話し始める。

「ね……ねぇ」

「はひぃ!」

僕の裏返る声をスルーする蘭さん。

「私と千寿の水着……なんであそこまで正確に的中できたの? 二人だけで買いに行ったのに」

「あ、んんん……」

一度、蘭さんの水着に視線がいく。が、すぐさま空に戻す。

「それが一番……似合ってそう…………だったから?」

ここまで当たっているとは一切思っていなかったけど、思っていた通り、二人とも似合っている。

蘭さんは四人の中では特に大人びていて、無駄のないクールな感じ。

千寿は元気で明るい性格だから、遊び心のある白玉柄入りのパッションな感じ。

お世辞抜き、誇張抜きに……可愛かった。

「似合って……るの?」

「え……あ、うん。似合ってるよ?」

ごく普通に、まるで私服を褒めるかのような言い方だったけど、まんざらでもない様子の蘭さんは、僕とは反対の方に顔を向けながら小さく感謝の言葉を返す。

「そう。ありがとう」

こそばゆくて、嬉しくて。それ以上何も言うことはなかった。


日も完全に落ちきって、閑散と静寂が広がる浜辺に一人の大声が響き渡る。

「は~~な~~び~~!」

聞き慣れた効果音と一緒に、両手いっぱいに花火を持つ萄真は、そそくさと花火の準備を始める。

萄真がどうしてもしたかったらしく、秘密裏に事を進めていたらしい。

「さっ……すが萄真! この手のことを任せたら、ホント抜かりない!」

先程までの態度はどこへやらな千寿。だけど、確かにあれは事故だった。しかたない。しかたない……と言い聞かせるしかないのだから、僕も変に考えないようにしないと。

萄真が用意してくれた花火は、大袋に百本入りと書かれたものが三つと、打つ上げが三つ。

少しやり過ぎな気もするけど、最も気になるところはそこじゃない。

「萄真……許可とか取ってるの?」

人が他にいないとはいえ、花火は危険があったり、ゴミをその場に捨てていく人も多い。

無断でするのは……後々マズい。

僕の疑問に千寿と蘭さんもはっとするが、火消用の水を汲んできている萄真は、胸を張りながら答える。

「あたぼーーよ。俺に抜かりは……ないってな!」

「ここまでくると、用意周到すぎて怖いわ」

「ま、何かあったら萄真を犠牲にするから、どっちでもよかったけどね~~」

「うぉい!」

悪びれもせず平気で言いのける千寿も大概だけど、許可があるなら……大丈夫か。

「あ、打ち上げは下りてないから。打ち上げだけに、下りないって……くくっ」

などと付け加えなければ、こんな空気にはならなかったと思う。

この話をされなかった方が、もっとマズい空気になっていたかもしれないけど。

「え、大丈夫なの?」

「任せとけって! 何とかしてやるさ!」

妙に張り切っているので、それ以上何も言わないけど……。

喋りながらも準備を進めていた萄真は、あっという間に着火直前までを済ます。

「よぉし! やろうぜ!」

「いぇ~~い! うちはこの赤いやつ~~」

「じゃあ……僕はこの太いのにしよっかな! 蘭さんには……はい!」

「いいの? 一本しかないけれど」

「気にすんなって! 三袋分あるしな!」

花火を両手に持って走り回ったり、以前やったことのあるというヲタ芸を萄真がしてみせてくれたり、人の花火から火を貰おうと戦争したり、花火で絵を描くような撮影をしてみたり……と、それはもう目いっぱい楽しんだ。

線香花火だけは、萄真の忍耐力ではどうにもできなかったけど。

やっぱりと言うか、ここで一番強かったのは蘭さんだった。

「え⁉ うち五本目なんだけど? なんでまだもってるの⁉」

「ほんとに。僕で二本目なのに、蘭さん……一本目だよね?」

「これくらい普通……じゃないのね」

自然と萄真の方へと一同の視線が集まる。

「だぁあああああああああああああああああああああああああああああああッ! なんで落ちるんだよぉおおおおおおおおおおおおおッ⁉」

火を着けた瞬間、次々と落ちていく線香花火達は萄真の怒りの感情を仰ぐには十分だった。

「なんでこんっなショボい花火が、セットに絶対入ってるんだよ!」

「萄真じゃあ……、こんな繊細な遊びはできないよね~~」

「言うほど繊細でもないけれど……」

「ま、まぁ……向き不向きが……ね? あるしね?」

フォローしきれないほど向いていないので、どうしようもないけど……って⁉

拗ねた萄真が、何か筒のようなものを取り出す。

イヤな予感が…………するッ!

「打ち上げてやる……ッ! ド派手にかましてやるぅううう!」

気でも狂ったかのようなキャラに早変わりしているけど、打ち上げ花火を本気でするらしい。

導線を確認して、チャッカマンを構える。

「い……いくぜ……」

思わず立ち上がってしまう僕達。そのまま二歩ほど後ろに下がる。

「こっち向けないでよ?」

警戒心むき出しの千寿は、何故か僕を盾にする。

それに連れられてか、蘭さんも僕の後ろにいた。

何故、僕達がこんなに訝しんでいるのか。その理由は、チャッカマンを構えた姿勢でぴたりと止まった萄真が、何か企んでいる表情を浮かべているからだ。

「萄真? 何か良からぬこと考えてない……?」

「これ……三つ一気にやろっかなって」

「それは別に……いいけど……?」

「よしっ! ちょっと下がってろ!」

打つ上げ花火を三つ、倒れないように地面に立たせると、チャッカマンを人差し指でクルクルと回す。

そして、手早く着火する。

萄真が生み出した小さな火は、たちまちシューと蛇に似たような声をあげながら、導火線をなぞり、打ち上げ花火本体へと近付いていく。

……。

……。

焦らされるような感覚で、火を見つめてしまう。

だけど、『その時』は突然訪れる。

三つの筒は、ほぼ同時に火花を吹き出し、そしてそのまま……夏の風物詩ともいえる「ひゅ~~……ドーーンッ!」の音を三連続で奏でる。

黒いキャンパスに描かれたその花火は、鮮やかな色で、僕達の目を魅了していた。

「うわぁ……きれい……」

「うん……」

「……」

言葉が上手く出てこない。

たった三発。それも間髪入れずに打ち上げたので、三回分の余韻を楽しむことも出来なかった。

なのに、花火の美しさに圧倒されてしまう僕達は、見上げた格好のまま立ち尽くしていた。

只々、感動の余韻に飲まれて。

気付けば、僕の右隣には千寿が。

左隣には蘭さんが。

みんなと共有する静寂が、僕達をただ……切り抜いて…………。

「打ち上げたやつ、誰だぁああああああああああああッ⁉」

作業服のおじさんが二人、怒鳴りながらこっちに近づいて来るのが遠目に見える。

それはもう、凄い剣幕で。

「ど、どうする萄真⁉ ……って、え?」

この状況をどうにかしてくれそうな萄真は、火消用の水を抱えて、今にも走り出そうとしている。

「ま……さ……か……」

「そのまさか! 逃げるぜ!」

駐車場の方へと駆けだす萄真は、どこにまだそのスタミナが残っているのかと思うくらい速い。

それに連れられて、萄真を追うようにみんなで駆けだす。

「なぁああああ! やっぱ萄真を信じるんじゃなかったぁあああああ!」

「私……もう走れな…………」

喚き散らす千寿と、体力の限界がきている蘭さん。

僕でさえ、足が棒になりそうだと言うのだから、女性の二人には限界が近づいていてもおかしくはない。

その証拠に、だんだんと送る足が遅くなっている。

そんな二人の手を……僕は無意識に引っぱっていた。

右手には千寿が。

左手には蘭さんが。

腕を振って走れないから、一人で走る時よりも遅くなってしまうけど、それでも各々で走っていた時より速いから、これはこれでいいと思う。

……そんなことより。

二人の手を握った時、何か電気? の、ようなものが流れた気が……した?

静電気の季節でもないし、そもそもそんな感じじゃない。

何か得体のしれないモノが……二人からやって……きた?

いや、僕の中で生まれた……?

正体が何か分からないけど、握り返してくれる二人の手が、温かかったことだけは忘れないと思う……。

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