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長寿でない桜の花が、ちらほらと散り始めた頃。

早いもので葉桜へと様変わりをする木々は、夏への衣装に衣替え。

日に日に暖かくなる気候に伴い、街を歩く人達の服装も軽装化されていく。

次なる季節の幕開け……そのギリギリ一歩手前での、ある日。

ひょんなことから、僕は有名なバンドのライブに行くことになった。

順を追って事の経緯を話すと、まず、言い出しっぺである千寿が大ファンらしい。

そのバンドは今回初めてのツアーで、ファンは大盛り上がり。おかげで、かつてないブームが巻き起こっている……らしいけど、千寿以外誰もそのバンドについて詳しくないから、どう凄いとかはさっぱり。

とりあえず、曲くらいなら知っていると言う萄真を召喚して、三人で行こうとなった。

と、ここで千寿が良いアイデアを思いつく。

『蘭も一緒に……どうかな?』

未だに蘭さんと話せていない千寿は、この機会に距離を縮められたら……と考えたのだ。

だが……。

『……私、ライブとか興味ない』

相変わらずの蘭さんに一蹴されてしまい、この計画は頓挫してしまった。

仕方なく、僕と萄真と千寿の三人で行くことに。……だったのだが、更にここで問題が起きてしまう。

遡ること数分前の電話にて。

『わりぃ! バイト先で欠勤が出て、俺が代わりに出て来いって……。二人で行ってきてくれっ!』

飲食店のアルバイトをしている萄真が、まさかのドタキャン。

結果、集合場所に来たのは、僕と千寿の二人だけとなってしまった。

こうなってしまうとは誰も予測できなかったので、どうしようかと千寿と話すことに。

「せっかくのライブなのに……勿体ない!」

萄真のドタキャンにご立腹な千寿だけど、千寿はそれでもライブには行きたいみたい。

当初予定していた半分の人数になってしまったし、ここで解散……でもいいけど、僕にとって初めてのライブなので経験しておきたかった。

「僕とで良ければ……ライブに行かない?」

「ええっ⁉ いいのっ⁉ あぁ…………でも…………」

「駄目……かな?」

「全然ッ⁉ むしろ……薔が困らないかが心配で……」

「困る?」

「うち…………喋り出すと……止まらないの」

「ん?」

「あ……あははは……」

何か分からないけれど……まぁいいっか。

……。

……。

なんて思っていたのは……、甘かった。

「でねっ! そのバンドのヴォーカルの人が~~~~~~~~~~~~」

「なるほど……」

「そうそう。それでね、このファーストシングルが~~~~で、~~~~が、~~~~~~(略)~~~~~~~~~~~~なの!」

「あ……それで?」

「(略)~~~~は、~~~~で、(略)~~~~~~~~そうなの! だからうちは~~~~を、~~~~~~~~、~~~~~~~~……」

「な、なるほどねーー」

「(略)~~、(略)~~、(略)~~、(略)~~、(略)~~……」

饒舌。饒舌。

バンドの話になると、本当に止まらなくなる千寿。

最後の方は専門用語だらけで全く理解が追いつかないけど……まぁ千寿が楽しそうでなにより。

ライブ後の興奮が冷め止まぬのは、僕とて同じなのだから、その気持ちも分からなくはないけど。

「あぁ~~~~でねでねっ!」

「ち、千寿! 一回落ち着こう? 飲み物でも買って来るから」

「あ……、ごめん。つい夢中に……」

「いいよ、いいよ。戻ったらまた聞かせて」

「そのつもりだよ?」

「あははは……」

大きな目印になりそうな噴水の所で千寿には待っていてもらい、僕は飲み物を買いにお店へ走る。

噴水の所に向かうまでの道中で、偶然スムージーの屋台を見つけていたのだ。

立て看板と共に並んでいるカラフルなメニュー表の前まで来て、改めてその種類の豊富さに驚いてしまう。

「タピオカに……ソーダ系? それに……スムージー系とラテ系まであるんだ……」

千寿の好みが何か分からないから、無難に果物系のスムージーで……。

僕は……、適当に別の果物系スムージーにしておこう。最悪、どっちかは飲めるだろう。

とりあえず、千寿にはいちごミルクで、僕はブルーベリーにしておこうかな。

「よし……」

あらかた注文を決めたのならば、次なる試練に覚悟を決めなければならない。

「五分で注文出来たら……っていうのは流石に甘いか……」

少々長い列。僕だけが待つ分に関してはいいのだが……生憎今は人を待たせている。

どうか、早くありますように。と誰に頼んでいるのかも分からない祈りを捧げながら、最後尾に並ぶ。

ざっと見積もって……十分は超えるかな?

ただ待っているのも退屈なので、携帯の検索バーにバンドの名前を打ち込んでみる。

戻ってから少しでも千寿の話に付いていければ……と、簡単に勉強しておこうと思ったからだ。

「それにしても、カップル率の高さがすごい……」

このスムージーの屋台に並ぶ列、基本的に男女のペアばかり。

一人で並んでいる人なんて……僕以外に一人⁉

とは言っても、僕に特別一人が恥ずかしいなどの感情はない。

多分……、今まで誰かと付き合ったことがないからだと思う。

別に『彼女』という関係でなくても、女友達に困ったことがないから、『この人が女性として好き』と言った考えに至ったことがない。

そんな僕は、ただひたすら携帯の画面を睨んでいたのだが……。

ピロンッ!

一件の通知が画面に出てきたせいで、集中が解けてしまう。

「なんだろう……?」

送り主は千寿。

もしかして急かしの連絡かな? と思い、確認してみる。

「ん……?」

千寿から送られてきた内容は短く、『助けて』だけだった。

顔文字も絵文字も何もなく……ただ文字だけ。

「いたずら……な、訳ないよね……?」

直感的に千寿の身に危険が迫っていると思った僕は、他の何事よりも思考を支配される。

千寿がこんななんの前振りもなしに、短文で送って来るなんて……。

訳の分からないモヤモヤが、心臓を締め付ける。握りつぶすように。

と……とにかく、千寿の所に行かないと!

屋台の列のことなど完全に忘れ、全力で千寿と別れた噴水の所まで走る。

運動など当分していなかった、棒になりかけている使えない脚に、鞭を打って。

「だぁああああああッ!」

頼む……ッ! 何も起きてないでいて……ッ!


結論から言うと、残念ながらその願いは叶わなかった。

千寿は、千寿の背丈を優に超える男三人に囲まれていた。

どこか必死な様子で千寿に声をかける男の一人は、千寿の携帯を持つ手を引いている。

そして……千寿は必至で抵抗していた。

その様子を遠目で見ていた僕は、沸々と怒りが込み上がっていた。

どうして周囲の人は、千寿を助けないのか。

どうして見て見ぬふりをするのか。

確かに、千寿を囲む男達は周囲の人にバレないように立っている。

それでも、すぐ近くの人は……どうにかできるはずなのに。

握る拳が小さく震える僕は、千寿の元へと駆けだす。

人の波をかき分けながら、時には強引に突き進んで、やっとの思いでたどり着く。

「ごめん千寿! 遅くなって!」

千寿の手を掴む男の手を強引に引きはがし、割って入る。

「ああ? んだテメェ?」

「ひょっれ~ヤツだなぁ?」

「……」

千寿を思い通り捕まえられなかった上に、僕の介入があったせいでたちまち怒り始める男達。

特に、周りで騒いでいただけの二人は、自分達よりも体格の小さい僕にいびり散らかす。

対して僕はただ、背中に千寿を隠しながら睨むだけで、何も言わない。

何を言われても、決して何も言わない。

僕が腕を振り解いた男だけを睨んで。

すると、その男は何も言わずに立ち去ってしまう。

「あ、えっ?」

「どーしたんだよ⁉ おいっ!」

状況が全く読み込めない別の二人は、後を追うようにその場を立ち去ってしまった。

一体何が起きたのか……全く理解できない様子の千寿は、今までの緊張が解けた反動で、その場に倒れ込んでしまう。

ギリギリで肩を貸して支える。

「だ、大丈夫?」

「うん……なんとか。あ、ありがとう……」

「そんな! って言うよりごめんっ! こんな所で一人にして……」

「うちの方こそ迂闊やった……。ナンパってあんなに怖いなんて、思ってもみなかったよ……」

「ほんっとごめんっ!」

「もう……そんなに謝らないでって。うちにも責任があるんだし……」

そう言って、男に掴まれていた手を見る千寿は、男が不意に去ったことが気になったようで、僕に首を傾げながら呟く。

「なんで……帰って行ったんだろう?」

その問いの答えを、僕はなんとなく分かっていた。

「多分……有段者だったからじゃないかな?」

「どういうこと?」

「実は僕……ちょっとだけ空手をかじってて。それが腕を捕まれただけで分かったんじゃないかな?」

お父さんが空手の有段者だった僕は、何度か技を教えてもらっていた。

と言っても、護身用の域を超えない、ちゃちなものなのだが。

「えぇっと……どうしよっか? あんな事があった後だし……」

「ちょ、ちょっとだけ……怖いかぁ~な?」

「どしたの? その変なテンション」

いつもとは違う変なテンションの千寿に、ちょっと違和感。

まぁ、あんな事があった後だから……仕方ないか。

「とりあえず……帰る?」

もう少し話してみたい気もするけど……無理に引き留めるのは止めておこう。

と思ったのだが、千寿はどうやらそうではないらしい。

「一緒なら怖くないから……もうちょっとだけ…………いい?」

「千寿がいいなら……僕はいいよ?」

たちまち咲き始める、千寿の笑顔。

「ほんとっ⁉ じゃあ……どっかのお店に行こう!」

「そうだね……って、そんなにくっつかないでよ。歩きづらくない?」

「あ、えっ、あう……」

「ん?」

「なんでもないっ! ほら……行こ?」

千寿に手を引かれるまま、おすすめのお店に。

キウイジュースとパンケーキを食べながら、バンドの話に花を咲かせる千寿と一緒に過ごすこと、約三時間。

しっかりと楽しめた様子の千寿を家まで送った僕は、なんの気の迷いか本屋さんに立ち寄っていた。

偶然見つけたこともあり、興味が惹かれたのだと思う。

まず向かったのは、音楽系のコーナー。

千寿の熱弁を聞いて見事に感化された僕は、例のバンドについての本を探す。

「…………あっ! これだ!」

千寿に強くおすすめされた本。そこにはバンド結成から、曲一つ一つの意味などが書かれており、特にインタビューのページは何度も読み返したとか。

早くもファンになりかけていた僕は、何冊か例のバンドに関する本を手に取る。

「後は……」

向かうは絵本のコーナー。

古い絵本である『どうぶつ学校のおともだち』があれば、手元に置いておきたいなぁ……と思ったからだ。

案の定、置いていなかった。まぁ、仕方ないか。

「教科書に載っていたなんて何年も前のことだし、今もそうなのかなんて知らないしなぁ……」

とりあえず手に抱えるバンドの本をレジに持って行く。

ついでに『どうぶつ学校のおともだち』が裏にあるかだけ聞いておこう。

レジの近くの棚を整理していた店員さんに声をかけ、会計をしてもらう。

「合計で二千四百三十円です……あっ」

「ん? ……ああっ!」

「そ、そんなに驚かれても困る」

「ごめん……。まさか、蘭さんがここで働いているなんて思ってもみなかったから……」

今の今まで気付いていなかったことに驚きだけど、本屋で働いていたのは蘭さん。

まさか、こんな所で出会うとは。

「三千円でお願いします」

「……はい」

知人がレジをしている、少し面白い感じについ笑みが零れてしまう。

「あ、このバンドが、千寿が好きなバンドなんだ」

今日見て知ったことを蘭さんに話してみる。だけど、蘭さんはやっぱり素っ気ない。

「……そう」

「今度、萄真と千寿に会わない? 二人とも蘭さんと喋ってみたいって……」

本を袋に詰める蘭さんは、冷たい態度で僕の言葉を遮る。

「そういうの……いいから」

そう言うと、本の入った袋を僕に渡して、また棚の整理に戻ってしまう。

……やっぱり、分からない。

蘭さんの気持ちが……。

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