第104話 紡いだ絆の先にある残酷な繋がり

 凍てついた声。一筋の光のない瞳。

 それは、彼女達と対峙した時に何度も体感にしたものだった。

 

「……島津君。いつから、それを」

「質問してるのはこっちです。答えて下さい」


 情け容赦のない優奈の言葉に、校長は驚愕の視線を崩さぬままこちらに目を向けてきた。

 助けを求めている……というよりは、事実確認といったところだろう。

 無言の校長に合わせるように、俺は静かに頷く。

 校長はしばらく罰の悪そうな表情をしていたが、最終的に観念したかのように口を開いた。

 

「そう言われれば、言い返す言葉はない……」

「では、事実なんですね?彼が、弟を──優斗を殺めたというのは」

「それはっ……」


 とんでもないけとをあっさりと言い切る優奈。校長は再度俺に驚愕の目を向けて来るも、先程と同じように相槌のみを打つ。

 俺自身、奏から聞かされていなければ耳を疑う内容であっただろうが……。


「……すまない」

「いえ、別に責めるつもりはありませんから」


 短いやり取りを終えた後、優奈は立ち上がる。俺は自然のままに彼女に目を向けると、最初に視界に入ったのは潤んだ瞳。

 ……優奈もまた、一心に俺を見つめていた。

 そこに弟と呼ぶべき存在を殺めた男への怒りは感じ取れない。

 だとすれば、残酷な運命を紡いだ校長へ向けられたものでもない。


 辛い?悔しい?寂しい?悲しい? 


 絶望の中でようやく見出した希望……それを理不尽に踏み躙られ、道を閉ざされた者ならば、こんな瞳が出来るのかもしれない。

 未来を掴むこと……否、望むことすらも叶わなくなった者ならば、こんな瞳が出来るのかもしれない。


 全てを失った者だけが──こんな瞳を出来るのかもしれない。


 ……それは、そんな彼女のあらゆる感情の入った──潤んだ瞳が今にも泣きそうな程に揺れていた。


「……悪い」

「ううん、君は悪くないよ。仕方なかった、んだから……」


 優奈は今にも消え入りそうな声でそう言う。

 やがて、その視線を再度校長に移した。


「……少し頭を冷やしてきます。このままでは、気持ちの整理がつきそうもないので」


 その言葉と共に、優奈は室内を後にした。

 校長が彼女を引き留めることはなかった。

 いや、その術がなかったと言うべきだろうが……。


「計画は失敗か?」

「……かもしれないな」


 気まずい雰囲気の中、校長は眉間にシワを寄せつつ目を閉じる。

 しかし、その表情からは自身のした選択への"後悔という感情"は感じられなかった。


「君に島津君の情報を漏らしたのは、奏君かな?」

「全部聞いたぜ、数日前にな。つかあいつ、かなり驚いてたぞ。あんたが彼女を俺の監視役に選んだことに」

「そうだろうな……」


 校長の態度は依然として変わらない。

 ならばやはり、ここは素直に聞いておくべきだろう。


「なぁ、あんた一体何を企んでるんだ?」


 俺は脳内に浮かぶ最大の疑問を目の前の男に投げかけた。

 かつて彼女が語った過去。正直、流石にショックと言わざる得ないだろう。

 ……彼女が、優奈が──"あの事件"によって俺が殺めてしまった者の肉親であるなど。


「……君ならば、彼女ならば──支えられると思ったからな」

「?」

「すまないと思っている。だが、死にゆく彼女を止めるにはこうするしかなかった」

「──あぁ、そういうことか」


 その言葉を理解するのに、思わず数秒の時を要した。

 しかし、予め彼女自身の口から過去を聞いていた為か、その時の現場を想像すること自体は難しいことではなかった。

 

「私と島津君の関係は聞いているだろう。あの時の彼女は──」

「わざわざ話さなくていいぜ。その辺りは本人に聞く」


 優奈の過去に直接関わる以上、当事者といえど被害者以外の口から聞くのは野暮というものだろう。

 何よりも、今の俺が知りたい点は"そこ"ではないのだ。


「彼女は言ってたな。あんたは罪滅ぼしの為に自分を差し向けたって。つまり、彼女をお目付け役に任命したのはあんたなりに俺の為を思ってってことになるが」

「……だとしたら、君はどう思う?」

「そうだな……はっきり言って、無謀としか言えねえな」


 校長からの問いに対し、俺は自身の意見を正直に述べた。

 朝神グループの崩壊後、優奈が自らの命を絶とうとしたこと。それを止めたのはこの男ならば、功績と称えるべきだろう。

 だが、あの事件──SURVIVE GAMEで実の弟を殺めた男の監視役に彼女を任命するなど、明らかに正気の沙汰ではない。その最終目的が、彼女の心の傷を癒やすことにあるとするなら尚更だ。


 ……経緯はどうであれ、俺が"彼女の弟を殺した"という事実に変わりはないのだから。


「無謀……か。確かにその通りだ。だが、私はそれでも君達の闇を晴らしてやりたかった」

「………」

「同じ痛みを持つ君達ならば分かり合える。互いが互いの傷を癒やし、過去から未来へと歩き出せる。残念ながら、君にはほとんど効果はなかったようだがね」

「なるほどな……」


 レールを敷いた張本人が思い描いたのは、あまりにも残酷で──あまりにも夢のような未来だった。

 

「また随分とえげつねぇことを考えたもんだ。その結果が今の状況って訳か」

「……すまないと思っている」

「ならいいけどな」


 もはや聞き飽きた謝罪を耳に、俺は立ち上がる。

 流石に、優奈とは話す必要があるだろう。

 奏からの情報とあの様子からして俺を恨んではいないようだったが、もはやそんな領域ではない。

 成すべきことはわかっている。しかし、果たしてそれが優奈にとってどんな結果をもたらすのか。今のところは想像しか出来ないが……。


「んじゃ、俺も帰るわ。一応フォローはしとくが、あんたも優奈とは話しておけよ」

「……私を責めないのか?」

「責めれば状況が良くなるのか?」

「全く……君という男は」


 険しい表情を見せながらも、微かに校長の口元は緩んでいた。

 瞬間、内ポケットにあるスマホが電子音を響かせる。

 取り出し確認してみると、ディスプレイには血の繋がった妹の名が表示されていた。


「もしもし、どうした?──そうか、わかった。すぐに行く」


 要件だけを終え、素早く通話は終わりを告げた。


「(やれやれ……こんな時だってのに)」


 長い人生、生きていく上で望まずとも困難や挫折は必ずやってくる。

 それは、言うなれば人の身である以上は抗いようもない。天からの試練ようなものだ。

 予測不可能、想定外、理不尽、そんなものがこの世には溢れている。

 しかし、それを踏み越えた先でしか掴めないものがあることもまた事実だろう。

 俺自身、嫌と言うほどそれを目の当たりにして来た。


 ならば、今回もその一環として立ち向かうまでだ。


 決意を新たに、俺は校長室を後にした。


 

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