第25話 姉との再会
数分後、俺は制服に着替え直し、指定された場所向かっていた。その際、裕也からは例の招待券を受け取った。
聞くところによると、あいつが貰った招待券は二時間無料体験コースというものであり、本来、この温泉は観光用の旅館として成立されたものらしい。
一応、一般客が利用出来ないということはないが、その際は全予約制であり、夏という季節。気軽に立ち寄ることが出来ないからなのか風呂に足を運ぶ客はそれ程多くはなかった。
対照的に、建物内には貸し切り同然だった湯場とは違い、客室や休憩所にはそれなりに人が多く、食券場に至っては軽い行列が出来ていた。
何か軽いものでも注文しようかと思ったが、仕方ないだろう。
俺は自販機でドリンクを買い、食堂に辿り着く。和室の扉を開けると、数人の老人が食事を取っている。その中から若い彼女を探すのは容易く、店内から用意されたであろう浴衣を着用しており、彼女も観光客の一人かと納得した。
「よう、待たせたな」
「ううん、大丈夫。一緒に居た友達は?」
「ああ、あいつなら先に帰らせた。久しぶりに会ったんだ。姉弟水入らずで話してえからな」
言いながら、俺は彼女の向かい側に腰を下ろした。
あまりに突然で、唐突に。5年振りの再会した実の姉の向かい側に……。
「湊、本当に大きくなったね。見違えたよ」
「お前はあまり変わらないな。一応確認だが、まだ姉さんって呼んでもいいのか?」
「呼び方?好きにすればいいよ」
俺の問いに、姉は淡々とした様子で答える。
そういうことなら、好きに呼ばせてもらうことにしよう。
「当時が中学入りたてだったから、今は高3か。まさか、あんな形で再会するとは夢にも思わなかったが」
「お風呂場でのこと?柵のことはちゃんと謝っておいたよ。修理費用もあたしが持つから心配しないで」
「……あんたの方も相変わらずみたいだな」
実の弟とはいえ、年頃の男に裸を見られてもこの天然っぷり。どうやら未だにこいつには羞恥心というものがないらしい。
「ま、とにかく元気そうで何よりだ。進路は決まったのか?」
「うん。少しやりたいことがあって。そのまま就職しようかなって」
「そうなのか?意外だな。お前の成績ならどこの大学だろうと引っ張り凧だろ?」
「買い被り過ぎだよ。それに、あたしが決めたことだから」
何気ない会話をかわしながら、俺は改めて目の前の姉を観察した。
その小柄で童顔な容姿も合わさって、彼女の姿は5年前からあまり変わっていない。
まるで、あの頃のまま俺の前にタイムリープでもして来たかのように……
──あれ?あいつって。
──男の方の黒鉄だな。ほら、よく菫さんと一緒に居る。
──ああ、劣化コピーか。
それは、脳内に眠っていたはずの記憶。とっくの昔に吹っ切ったつもりだったが、今になって思い出す辺り、想像以上に気にしていたらしい。
「叔父さん達のことは聞いてる。ごめんね、お見舞いにも行けなくて」
「ま、葬式に来なかったことから大体察してたけどな。あの両親のことだ、興味もなかったんだろ?」
そう言うと、姉はどこか寂しげな表情を見せた。
「気にすんな、今更だ。それより、お前自身の方は大丈夫なのか?腐っても肉親だ。周りの人間に白い目で見られたりしてないか?」
「……大丈夫だと思う。学校や警察の人から話も聞かれたりもしたけど、お母さん達も自分達に子供は1人しかいないって言い張ってたし」
「そりゃあまた我が子を守る為に最善の選択をなさったことで」
皮肉を呟きつつ、俺は実の両親と共に暮らしていた日々を思い返していた。
ろくに家事もしなければ、外出もしなかった母親。
祖母の年金と貯金にしがみつき、ギャンブルに打ち込んだ父親。
そんな環境の中で、あいつらが唯一期待していたのはこの姉だった。
幼い頃より、天才と呼ばれていた姉が極めて来た剣術家としての道。
その小柄な体格、男女という決して覆ることのないステータスの差がありながら、姉の実力は同じ部に所属していた他の男達をも圧倒し、稀にだが大人相手にも勝利することすらあった。
無論、あいつらが向けていたそれは決して愛ではない。この天才と謳われた姉を自分達の新たなる利益と見ていたが故であるが……。
「本当、清々しいもんだな。ここまで来ると」
「……うん」
今や亡くなった祖母の保険金で暮らしている実の両親。そこに怒りの感情はなかった。
あいつらは、俺達を愛さなかった。しかし、俺達とて同じこと。
そういう意味では、お互い様なのだから。
そんな俺の心境を最も理解している姉は、穏やかな笑みと共に手を伸ばし、俺の頭を撫で始めた。
「警戒してる?」
「っ……」
目を閉じ、まるで幼い息子の努力を称えるかのような姿に思わず俺は当惑してしまう。
「ごめんね、ずっと一人にして。今はまだ話せない。ただ──これだけは信じて欲しい。あたし自身も、一日たりとも湊のことを忘れたことはなかった。ずっと側で、共に歩んで行きたかったよ」
俺の顔面を強く抱き寄せ、姉は耳元で囁いた。
聞こえて来る心臓の鼓動は通常のものよりもかなり大きく、姉自身も緊張しているのがわかる。
劣化コピーとして何も持っていなかった頃の俺に常に寄り添い、温もりを与え続けくれた姉。
生まれる前から一緒に──これから先もずっと、一緒にいるものだとばかり思っていた姉は、自分と共に居てはくれなかった……。
あんなにも、大好きだったのに。
「(ったく、情けねぇな)」
俺は自虐的に笑い、姉の手のひらから逃れた。
姉自身、特に抵抗することもなく、俺を解放する……と同時に、内ポケットから振動が走った。
9/6(火) (18:48)
後30分程で着く。(既読)
届いたのは、淡々としたメッセージだった。俺はすぐさま返信する文章を作成すると同時に、立ち上がった。
「わりぃ、時間だ。そろそろ戻るわ」
「うん、久しぶりに話せて良かった。それとこれ、あたしの連絡先。困ったことがあったらすぐに連絡して。今度こそ力になるから」
「ああ。じゃあな──“菫“」
姉から渡された電話番号と住所が書かれたメモ用紙を懐に仕舞い、歩き出す。
襖の入り口を開く音と同時に首を傾けると、そこには意味深な表情でこちらに笑みを浮かべる姉の姿があった。
◆
それから20分程が過ぎ、俺は学園から少し離れた路地に立っていた。
そこに立つ建物のほとんどは営業外、または閉店したものばかりであり、人通りは全くない。
時刻は19時を回り、物音すら一つない空間の中で、微かながら背に突き刺さる気配を感じ取る。
「ほぅ……時間より前に来るとは関心だな」
「ああ、理由が理由だったからな」
俺は軽いため息をつき、突如として首元に向けられた拳を受け止めた。
その拳を握り締めたまま振り返ると同時に、目の前に現れた男を伺う。
黒服にサングラスと、いかにも怪しげな男だが、俺からすれば特に因縁のある男だろう。
当然、その名も把握している。
何を隠そう、叔父夫婦に莉緒を殺すように仕向けた張本人──朝神グループに仕える奏のボディーガードの一人にして、この俺に“実戦“を叩き込んだ張本人だった。
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