第15話 感謝の言葉

「いいかい?君の勇敢なる行動には感謝しているし、責めるつもりはない。しかし、これからはくれぐれも勝手な行動は控えるように」


 そこはつい先程まで犯人と対峙していたプレジャーレストランのキッチンルーム。

 犯人の襲撃から役数十分後、その身柄を拘束した後、天野澪は警察に連絡を入れていた。

 結果、被害者であるウェイトレスと俺はこのように取り調べを行われている。

 最初こそ人質にされた時の恐怖からかまともに話も出来ないほどに心に傷を負ったウェイトレスだったが、現状では多少ながらもまともに会話になるくらいの回復はしていた。

 

 そして、肝心の俺はというと、事情聴取と説教の連続。

 

 一応、人質を救出したことへの感謝の言葉は少なくはなかったが、それは結果的に上手くいっただけ、下手をすれば君自身や人質の命をも危機に晒すことになったんだぞ?などと何度も言い聞かされた。


「警部」

「うむ。黒鉄君、少し席を外しても構わないか?」

「お好きなように」

「すまないな、桃瀬さんもすぐ戻るから待っていてくれ」


 そう言い渡し、二人の警察はキッチンルームを後にした。


「(ま、こうなるわな……)」


 我ながら愚かな選択をした自分に苛立ちを覚えた。

 莉緒には店の外で待つように言ってあるが、天野澪はどうしているだろうか?

 早朝に妹と初対面を果たした時は、莉緒からの殺意を軽くあしらい、反撃しようとすらしなかった。

 勿論、あの時は俺という障害が居たからと考えることも出来るが今朝の狙ったようなタイミングの再会に、プレジャーレストランへの同行。彼女の狙いは未だに見えない。


「……ありがとう」


 警官達が出て行ったキッチンルームに、沈黙のみが舞い降りる。

 その沈黙を打ち破ったのは、ウェイトレスからの感謝の言葉だった。


「その……今更だけど、自己紹介しておくね。あたしは桃瀬紫ももせゆかり。それにしても、君には随分と格好悪いとこを見せちゃったなぁ……」


 乾いた笑いを浮かべるウェイトレス。

 凶悪犯による精神的ショックを受け、改めて自分の失態を振り返っているのだろうか。


「気にするな。助けに来たと思った奴に見放されそうになれば誰だってああなるさ。俺は──」

「知ってる、黒鉄湊君。澪ちゃんと同じクラスの男の子、でしょ?学校でも噂は聞いてるし」

「学校?」


 俺は目の前の女を観察する。改めて見れば、流石はこのプレジャーレストランで働いているだけあり、天野澪に負けず劣らずの女性だと思った。

 セミロングのヘアースタイル。可愛い、美しいという言葉が似合うような大人の顔立ちに、鋭い目つき。

 正直、一回り程の差があると思っていたが……。


「あんた、星宮なのか?」

「え?え?もしかして、気付いてなかったっ?いやーこう見えても、星宮学校の生徒会長なんだけどなぁ私」


 驚きのあまりか、やや呆れ気味に言うウェイトレス──もとい生徒会長、桃瀬紫。

 本人からすれば失礼極まりないだろうが、彼女の顔を見ても全く思い出せず、いや、記憶すらしてないが正しいだろう。


「いや、悪い。生徒会での話題ってのは、親殺しのことか?」

「……それ、自分で言っちゃうんだ。あれだけ噂になってるもんね。でも、半分は外れかな。あなた、成績は優秀でしょ?あの学校自体がそこまで偏差値は高くないしね、出席日数が多少悪くても成績でカバー出来れば特に言うことはないかなって感じ」


 呆れたように彼女は笑う。生徒会、それこそ会長と聞けば堅物なイメージがあったが、イメージとは大分違うと思った。もしくは、彼女が特別なのか。


「もう半分は、あなたが起こした事件の方かな?先生達からも正当防衛だって話は聞いてたけど、私としては疑ってたんだ。いくら妹を守る為とはいえ、何か裏があると思ってたから……」

「ま、そうだろうな」


 元より噂とはそういうものだろう。

 人から人に知れ渡る内、気が付いた時にはどんどん話に尾ひれがついてしまう。

 仮に俺本人が真実を話そうとしようものなら、必死や言い訳などと片付けられてしまう。


 当然といえば当然だろう。


 何も知らない者からすれば、"過ちを犯した子供を嘲笑える"という娯楽が奪われてしまうのだから。


「その……何かごめんね。こうして助けてくれたのに」

「別に気にしないさ。あんたも無理しなくていいぞ」

「ううん。女の子を助ける為に拳銃を持った男に立ち向かうなんて、格好いいじゃん。私も今から君を信じる。いいよね?」


 そうして、彼女は満面の笑顔を見せた。

 ひとまずは頷いておく。真意はどうであれ、わざわざ敵を作る必要もないだろう。


「それにしても、あの運動神経といい堂々とした雰囲気といい、君ってどことなく澪ちゃんと似てるかも」

「詳しいのか?天野のこと」


 思わず彼女の言葉に興味を持った。ちゃん付けで呼んでいる辺り、それなりに親しいのだろうか?


「詳しいのかって、君の方じゃないの?だって、あなたなんでしょ?澪ちゃんが言ってた再会出来た幼馴染って」

「は?」

「確か、去年の四月くらいだったかな?あの子がここのバイトに入ってきた日。初日からやけにテンションが高かったから、思わず聞いちゃったの。そうしたら彼女、なんて言ったと思う?」


次の瞬間、彼女から放たれる言葉。

 僅かではあるが、彼女と俺との差にあるアドバンテージというものを実感させられた気がした。





 舞台は変わり、そこはプレジャーレストラン裏口。狭い路地ではあるが、人通りは全くない場所だった。

 かつて黒鉄湊と天野澪が対峙した場所に立つ二人の少女。

 その中で、一人の少女は視線を鋭くさせていた。


「ふふ……そんなに硬くならないでください。貴女と少し話がしたいだけですよ?黒鉄莉緒さん」


 もう一人の少女は普段通り、穏やかな物言い。対峙した何者をも背筋が凍るような薄気味悪い笑みを浮かべていた。

 言うならば、獲物を捕らえた捕食者の瞳。

 

 黒鉄莉緒と天野澪は対峙していた。お互い、一人の想い人を理解する者として。

 

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