第14話 負け犬の末路

「嫌!嫌!!嫌ああぁぁぁっ!!助けて、殺さないでぇぇぅーーっ!」

 

 まさに悪魔を見たように叫ぶウェイトレス。その悲鳴は、おそらくは店中に届くほどに大きなものであった。

 偶然にも脅迫犯に人質にされ、拳銃を突きつけられ、助けに来た男にまで見放されたとなれば当然だろう。


「(てかこの状況、まるで俺が悪役みたいじゃねぇか……)」


 まあ、お世辞にも正義のヒーローなんて呼べるものではないだろうが。

 酷な話ではあるが、ここで彼女に情けをかけることは今までの行動の全てを水の泡にするも同然。敵を欺くにはまず味方からだ。

 

「ほら、どうした?早く引き金を引けよ。モタモタしてたら警察にかかっちまうぜ?」

 

 俺は犯人にスマホを向け、そのままスワンプさせる。

 瞬間、画面にはメニュー画面が表示されたはずだ。

 

「や、やめろっ!てめぇ、こいつがどうなってもいいのか!?」


 犯人は明らかに動揺し、銃口をより強く押し当てる。

 それでも人質であるウェイトレスを恐怖に陥れるのには十分だった。


「ひっ!お、お願い!今だけは!今だけはこの人の言う通りにして!後でなんでも、どんなサービスでもしますっっ!!だから……!!だから、命だけは助けてえぇぇっ!!」


 犯人の激昂、人質のウェイトレスである命乞いにも一切耳を貸さず、俺はスマホを自分に向き直す。

 表示された通話画面のキーパッドに移動し、番号を入力する動作をした。

 そのままスマホを耳に当てる。

 

「人生終わったな、あんた」

「っっ!?」

 

 俺は口元を緩め、今の犯人にとってもっとも効果があるであろう一言を放った。

 ここまで追い詰められたなら、やることはただ一つだろう。

 

「やめろって……言ってんだろうがッッッ!!!!」

 

 我を失った犯人は、ウェイトレスに突きつけていた拳銃を離し、俺に向けた。


「(頃合いだな……)」


 俺はそのまま腰を大きく下げ、犯人に向かって駆け出す。

 瞬間——まさに爆発音のような効果音が鳴り響く。

 

 それは、間違いなく俺に向けて放たれた銃声だった。

 実際、犯人の持つ拳銃からは僅かな煙が溢れている。

 当たりが悪ければ、まず間違いなくあの世に直行するであろう拳銃の弾丸が俺に向けられた瞬間。 

 普通の人間ならば、ドラマや映画で耳にすることはあったとしても、その弾丸が自らに向くことはまずないだろう状況——

 

「うっ……あぁぁぁ……」


 店内が静まり返ると同時に、一人の男が呻き声を上げ倒れ込む。

 それが誰かなど、もはや言うまでもないだろう。

 

「素人が慣れない拳銃なんか持つもんじゃなかったな」

「て、てめぇ……」

 

 床に沈んだ犯人は、腹部を抱えながらも俺を見上げる。

 俺はそのまま振り向くと、犯人が放った弾丸が真後ろの扉に貫通しているのがはっきりと見えた。

 普通の人間ならば、拳銃で放たれる弾丸をかわす事など出来ようはずもない。

 そして、他ならぬ俺自身も普通の人間だ。


 ならばどうするべきか?答えは簡単だ。かわすのではなく、外させればいい。


 この作戦が始まったのは、天野澪からこいつが一週間前の脱獄の際に警官から拳銃を盗んだと聞かされてからだった。

 言うまでもないが、この日本において拳銃に所持している人間は特別な訓練を受けた者のみ。

 何の知識もない安全な人間がレクチャーもなしに自己流で使いこなすにはどんなに冴えてる奴であろうと30分は必要になる。


 しかしそれは、あくまでも当てるのみに限った話だ。


 予め撃たれてるとわかっていれば、動けばいい。

 それだけでいい。素人が持つ拳銃など、恐れる必要はない。

 散々神経を煽られ、切り札であった人質すら効果はなく、再度捕まるかもしれない恐怖の中で冷静な判断など出来る程のメンタルなどあるはずもないのだから。

 

「た、頼む……俺を、俺を助けて……」

 

 まだ若干の意識があるのか、犯人は弱々しい手で命乞いをしながら俺の右足を掴んできた。 

 当然、それに対する俺の答えなど考えるまでもなかった。

 

「悪かったな。でもま、いいストレス発散になったぜ。あんた」

 

 もう悠長に遊んでいる余裕はない。早々に終わらせるべく、俺は追撃の足蹴を数発と叩き込んだ。


 

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