第13話 人助け?ストレス発散だ


 まさにドラマや映画、ニュースなどでよく耳にする光景と言うべきか。

 銃声と共に、観客達は悲鳴を上げる。それと共に、必死にその場から逃げ出そうと空き窓に手をかけようとする観客も居た。

 

「騒ぐんじゃねえっっ!!じっとしてろ!!」

 

 さらなる銃声、犯人の怒声。それと共に客達の悲鳴や抵抗もある程度は小さくなる。

 俺と向かい合わせの席の莉緒も震え上がり、もはや何を言っていいのわからぬといった様子だったが、対照的に天野澪はどこか笑みを浮かべているようにも見えた。

 

「おい、店長はどこだ?」

「あ、あのっ……」

 

 再度拳銃を突きつける。人質となったウェイトレスの声は震え、言葉にならない。

 普通の人間ならば、この状況なら叫び声の一つや二つ上げてもおかしくはないだろう。

 

「買い出しに出ていて……今は私達バイトだけ、です……」

 

 それでも尚、必死に情報を伝えるウェイトレス。

 店長の不在、それが本当か否かは定かではないだろうが、犯人が正気でない事は誰の目から見ても明らか。刺激しないに越したことはないだろう。

 

「なら、店長の電話番号くらいはわかるよなぁ?さっさと電話貸せ」

「は、はい……キッチンにあります」

「ちっ……さっさと行くぞ。てめぇら、逃げ出そうなんてふざけたこと考えるんじゃねぇぞ!もし警察なんかに知らせたら、この姉ちゃんがどうなるか——わかるよなあ?」

 

 狂った笑みを浮かべ、男は人質であるウェイトレスと共にキッチンに入っていった。

 莉緒を含み、店内の客達はまさに固まったように動かない。俺はコーヒーカップに口をつけ、隣に座る天野澪に小声で話す。

 

「とんでもないことになったな。店長が不在ってのは本当なのか?」

「私も詳しくは聞いてませんが、恐らく。ただ彼の顔、ネットのニュースで見たことがあります。先日、警官から拳銃を奪った後、刑務所から脱獄したという指名手配犯ですね」

 

 天野澪は視線をキッチン側に向ける。犯人は拳銃を所持し、方やこの店のウェイトレスが人質に取られている。

 あの男の要求は大方想像がつくが、素人である俺達がまともにやり合えば被害は拡大しかねない。

 まさに今、刑事ドラマなどに幾度となく見てきた状況判断が試されていると言っていいだろう。

 人命を優先するなら、犯人の要求に大人しく首を縦に振るのが懸命だが……。

 

「いいか!人質を無事に解放して欲しかったら、今すぐ1億と車を用意しろ!制限時間は一時間以内だ!もし遅れるなら——」

 

 キッチンに居るであろう犯人の怒声はこちらにも丸聞こえだった。要求の目当ては予想通り金と逃走用の車らしい。 

 この店の店長は顔すら見たことはないが、まともな人間ならば間違いなく金よりは人命を優先させる。確実ではないにしろ、ここの店長が要求を呑んだとすれば俺達が無事に帰れる可能性はかなり高い。

 ただ、現状犯人の人質にされてるウェイトレスはそうもいかないだろう。人質がいなくなれば、店側はまず間違いなく警察に連絡を入れる。

 相当に馬鹿な犯人でもない限り、あのウェイトレス口封じの為の切り札として同席させる。どっちにしても、詰んでいるのだ。

   

 しかし、俺達は違う。何もせずとも、俺達は助かる。またあのはちゃめちゃな日常に戻るだけだと……。

 

「兄さん?」

「なあ、天野。あいつが脱獄したのっていつの頃の話かわかるか?」

「そうですね。私の記憶が正しければ、一週間は経っていないと思いますよ」

「なるほどな……」

 

 俺は飲みかけのコーヒーの残りを強引に流し込み、立ち上がる。

 人助け、などと格好つけたいところではあるが……まあ、結局のところ——日頃のストレス発散だな。

 

「まさか……!」

「行くんですか、黒鉄君?」

「ああ、何もなければ10分で戻る」

「な!兄さ——っ!?」

 

 莉緒は必死に俺を止めようと立ち上がるも、すかさずその口を天野澪が塞ぐ。

 どうやら彼女は俺の意図を察していたようだ。こちらを見ながら意味深な笑みで頷いていた。

 相変わらず何を考えているのか読めない厄介な女だが、味方となればこれ以上に頼りになる存在もいないのかもしれない。

 

 俺は何事もなかったかのように店内のキッチンルームに向かうと、目の前には【関係者以外立ち入り禁止】と書かれたプレートのついた扉。

 俺は構わずドアノブに手をかけ、そのまま開く。

 

「ひっ!」

「な!?てめえどこからっ」

 

 たどり着いたのは、12畳程のキッチンスペース。やはり予想通り、犯人はウェイトレスに拳銃を突きつけ続けていた。

 俺はとっさに両手を上げ、犯人が目視出来るようにとゆっくりと身体を回転させた。

 勿論、こんな事をしたところで警戒心を緩めるとは思っていないが、リスクは少ないに越したことはない。

 まあもっとも、肝心の打開策はリスクだからけなのだが。

 

「見ての通り、丸腰だ。別に手荒な真似をする気もない。ただ、あんたと少し交渉がしたいだけだ」

「交渉だ?」

 

 眉間にしわを寄せる犯人。しばらくこちらを警戒する素振りを見せていたが……。

 

「……いいだろ。話くらいは聞いてやる。で、思春期のガキが心理作戦でもやろうってのか?」

「多少は似たようなもんだな。時間もなさそうだし、単刀直入に言う。そのウェイトレスを今すぐ解放してもらいたい」

「あぁ?」

 

 俺は脳内にあるたった一つの要求を突きつける。犯人の反応は当然だろう。

 

「ああ、別にタダでとは言わないぞ。こっちの要求に答えてくれるなら、あんたのことが警察や店に広まるのは見逃してやる。悪くない条件だろ?」

「………」

 

 俺の言葉に、犯人はまさに時が止まったように固まっていた。

 いや、犯人だけではない。人質として拳銃を突きつけられていたウェイトレスも同じだ。

 

「ぷっ!?ぷはははははっっ!こいつは傑作だ!いいねぇっ、面白いよおめえっ!」

 

 犯人は爆笑した。目の前の俺のたった一つの提案が相当な笑いのツボだったらしい。

 無理もない。普通に考えれば、この提案は犯人にとっては何のメリットの一つもない。人質を解放し、目当ての金も手に入らない。この襲撃そのものを無に帰す事になる他ないのだから。


 普通に考えるなら……だ。

 

「おい小僧、残念だがお前に詐欺の才能はねぇらしいぞ。とっとと戻って震えてな。それとも、ここで死ぬかい?」

 

 犯人は不敵に笑いながら、銃口を俺に向ける。

 その表情は誰が見てもわかる、余裕の二文字が浮かび上がっていた。


 しかし、それもここまでだ。

 

「いいのか?ここで俺を始末したら、店内の客達も慌てて逃げ出すと思うぜ?」

「っ……」

 

 途端、犯人の拳銃を握る先が僅かな動揺で揺れ動くのを見逃さなかった。

 

「ちなみに、客の中には俺の妹やクラスメートも居てな、もし銃声が聞こえた時には、何があっても警察に連絡するように言い聞かせてある。ここで俺を殺すのはいいが、その後のことはどうする?あんたは店内の客の10人、20人に顔が知られちまってる訳だ。その全員を一人残らず始末するなんて大胆な覚悟があるのか?」

「てめぇ……」

 

犯人の表情に焦りの文字が浮かび上がる。同時に、その動揺で俺は確信出来た。

 この男は、最初から俺達を殺すつもりなどない。

 あくまでも自身が生き残る為の金と逃走が第一。天野澪からの情報が正しいなら……。

 

「さあ、どうするんだ?このまま俺を殺して一生檻の中で暮らすか、このままウェイトレスを解放して尻尾を巻いて逃げる負け犬になるか。さっさと決めてくれ」

「てめえ、誰が負け犬だとっ!?」

「ちょ、ちょっと君っ」

 

 どうやらこいつにとってのコンプレックスに触れてしまったらしい。

 犯人の激昂と共に、人質であるウェイトレスからの焦りの声。このまま冷静に説得すれば、穏便に解放されると思っていたのだろうか?

 確かに、それは間違いではない。

 むしろ人命や自身の安全を考えるなら最前の選択だろうが、俺はあえて犯人の神経を煽り続けた。

 

「ああ、悪い。癇に障ったか?でもなぁ、金目のものが大量にある銀行でもなく、こんな癖の強い女と童貞しかいない店を襲うなんて、負け犬って思われても仕方ないと思うぞ。まあ、いい歳して強盗なんてやってる時点で社会から逃げた負け犬か」

「っ……っ……!」

 

 犯人のコンプレックスである負け犬三連コンボ。とっさに思いついた俺の挑発に、遠目からでも犯人の身体が震えているのが伝わってきた。

 同時に、今度は犯人の拳銃の先がはっきりと揺れ動くのがわかる。

 正直、笑いを堪えるのが大変だった。この場に莉緒が居れば間違いなく説教の嵐だろうが、こればかりは諦めて欲しい。

 

「前言撤回だ。僅かだが、てめぇにも詐欺師の才能があるのは認めてやる。だがどうやら立場がわかってなかったようだな。調子に乗るなよ、ガキがっ!」

「ひいぃっ!」

 

 すっかり頭に血が上った犯人は、人質であるウェイトレスに銃口を突きつけた。

 ウェイトレスの悲鳴がキッチン中、あるいは店中に響く。

 

「もう金なんかどうでもいいっ!この場でこいつをぶち殺した後に、てめぇもぶち殺すっっ!!店の奴らも道連れにしてやる!!」

「や、やめてっ!助けっ」

 

 切羽が詰まった犯人は、まさにやけくそという言葉が相応しい行動に出た。


「(煽り耐性皆無だな、こいつ……)」


 しかし、こちらとしても楽しむ時間も終わりだろう。俺は心の中でウェイトレスに詫びを入れ、最後の仕上げに取り掛かる。

 

「なんだ、彼女を先に殺すつもりか?」

「ああ、そうだ!おめぇ、こいつを助けに来たんだったよな?だったら目の前で殺してやるよ!その後でてめぇも殺す!俺を馬鹿にしやがった罪はてめぇのしょうもない失敗と命で償うんだなっ!」

 

 いや、そのしょうもない失敗でお前の計画も見事に台無しになったじゃねぇか……などとは突っ込まないでおく。

 

「そうか。なら、仕方ないな」

「へ?」

 

 俺のその言葉に、最初に反応したのは犯人ではなくウェイトレスの方だった。

 

「いやむしろ、考えてみればその方がいいか。彼女を先に殺してくれるなら、俺は通報の時間が稼げるわけだしな」

 

 言いながら、俺は懐にあるスマホを取り出す。

 瞬間、人質となったウェイトレスの顔つきが絶望へと変貌した。


 いや、本当にすまん。耐えろ。もうちょいだ。

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