第10話 妹との休日

 

「ねぇ、昨日の歓迎会、どうして奏ちゃんを誘ったの?」


 翌朝の休日。特にすることもなかった為、優雅にソシャゲを楽しんでいたところ、妹にそんなことを問われた。


「何だ、いきなり」

「とぼけないでよ。兄さんなんでしょ?奏ちゃんを呼ぼうって提案したの」


 ようやく聞いてきたか……俺は手持ったスマホをスリープ状態にしつつ、向き直る。

 ここはひとまず、こいつの知りたがっていることを言ってやるのが一番効果的だろう。


「何を勘違いしてるのか知らないが、誘ったのは俺じゃなくて裕也だぞ。企画したのは陽菜らしいけどな」

「それ、本当に?」

「嘘をつく必要もないだろ。まあ、裕也に奏と別れたことを教えてなかった俺も悪かったが。今後は控えるように言っといてやるよ」

「……裕也先輩に聞くよ?」

「そこまで疑うのか?ま、信用出来ないなら好きにすりゃあいいがな」


 俺はあえて軽い口調で話す。陽菜にしろ裕也にしろ、この程度なら上手く察してくれるだろう。

 少なくとも、この賭けにおいてのアドバンテージは俺の方が圧倒的に有利だ。


「……わかった。兄さんを信じるよ」


 やや不本意ながらも、莉緒は素直に引き下がる。俺の投げやりな態度にこれ以上は無駄だと悟ったか。


「最後に一つだけ、正直に答えてね?兄さんはまだ——あの人のことを……奏ちゃんが好きなの?」

「いや?全く」

「………」

 

 由々しい雰囲気の中で、俺は迷いもなく本音を答えてやる。

 自身が想定していた答えとは大きく違ったのか、莉緒からの返答は数秒の時を要した。

 

「……流石の無慈悲さだよ、兄さん。でも良かった。良かったんだけど──今回ばかりは奏ちゃんに同情しちゃったかなぁ」


 莉緒は呆れたようにため息をついた。この妹に無慈悲呼ばわりされるのは心外ではあるが、そこはいいだろう。

 

「ま、奏とは幼馴染としてこれからも接して行きたいとは思ってる。だからお前にも……なんて強要するつもりはないが、自分の出来る、許せる範囲で接してやればいい。今は会う機会だってそこまでじゃないしな」

「うん。ありがとう、兄さん。何か安心した」

 

 莉緒は微かに微笑む。あんなことがあった後だ。初めから和解など期待はしていない。

 奏と莉緒。こいつらの中でどんないざこざがあったのか、それは想像しか出来ないが……。

 

「ごめんね、変な空気にさせちゃって。今日は何か予定はある?」

「いや、別に。せっかくの休日だし、ソシャゲでもやり込むつもりではいたが」

「なら兄さんが元気なうちに、朝ご飯は外で食べない?昨日は奏ちゃんのせいで台無しになっちゃったし、今度は莉緒と二人っきりで、ね」

「……そうだな」


 台無しにしたのはどちらかと言えばお前なんだがな……などと心の中で突っ込みつつ、俺は莉緒と共に外食をすることにした。


「(やっぱり、まだ暑いな……)」


 容赦なく襲い掛かる太陽の下で、俺は妹と人気のない路地を歩く。

 曲がりなりにも育て親だった親叔父夫婦をこの手に殺め、大人なしの暮らしにもある程度は慣れて来た。

 今や学校帰りに食材を買いに行くのは日課であり、値引きシールのついた弁当などを買い占める毎日。

 無論。その生活費は残された遺産からのものである。あの朽ちたアパートもその一つであった。


 俺達の生活は、あの最悪な両親は勿論、金に眩み莉緒を裏切った叔父夫婦に支えられている。


 改めて考えれば、なんとも皮肉な話である。故に、時々わからなくなってくる。

 俺達兄妹に愛情のかけらも向けなかった両親と、自ら手にかけてしまった叔父夫婦。今やどんな感情を受けるべきなのか?


 俺に、あいつらを憎み、その情けを受け取る資格があるのか?

 

「兄さん、莉緒達はまだ子供。それに、望んで生まれてきた訳じゃないよ?」

 

 そんな俺の心境はダダ漏れだったようで、莉緒に悟られる。

 確かに、少し考え過ぎだったようだ。

 

「わかってるさ。つか、珍しいじゃねぇか。お前の方から外出しようなんて。どっか行きつけの店でも見つけたのか?」

「うーん。行きつけになるかは、これ次第かなぁ」

 

 莉緒はどこか得意げに笑いながら、ポケットから二枚合わせの札のような物を取り出す。

 その用紙にはド派手に《家族と共に最高の快楽を!》と書かれている。

 

「昨日、裕也先輩に貰ったんだ。隣街で少し歩くけど、これを持っていけば一人千円までなら無料にしてくれるみたいだよ」

「……裕也にか?」

 

 思わず声が裏返ってしまう。何故かはわからない。わからないが、とんでもなく恐ろしいものが俺の脳内に走った。

 いや、そんな訳がないだろう。俺は恐る恐る逸らしていた視線を莉緒が握る用紙に向けた。

 中途半端にも、店の名所は莉緒の指に阻まれ直視することはできなかったが……。

 

「悪い、それ見せてくれるか?」

「……?うん、いいけど」

 

 莉緒は不思議そうな表情で俺に券を渡す。現在、俺の脳内に浮かび上がるのは、言わなくてもわかるだろう。

 いや、そんなはずはない。

 いかに変質者で変態かつ精神異常者なあの裕也とはいえ、友人の妹にあんな店の券を渡すなんて真似を——

 

 ──プレジャーレストラン。

 

 莉緒から受け取った用紙には、はっきりとその名が書かれていた。

 

「(裕也く〜ん?お前、殺すからな。マジで殺す。徹底的に埋葬した後に墓の中にゴキブリ放り込んでやるからな〜〜)」

 

 俺は柄にもない笑顔で遠く離れた親友(大爆笑)に囁いた。

 

「プレジャーレストランなら、土曜日からは朝10時から営業します。今から行けば開店と同時に入れますよ」

 

 突如として聞こえてきた声に莉緒は驚いたように俺の背に隠れた。

 それに対して、俺は思わずがくっと頭を落としてしまう。

 

「おはようございます、黒鉄君。こんな朝早くから妹さんと外食なんて、仲が良いんですね。ここでお会い出来たのも何かの縁。宜しければ、私もご一緒に"お邪魔"しても——いいですか?」

 

 そこに立っていたのは、俺にとってはもっとも警戒すべき相手。

 ランニング用のジャージ姿に包まれた美少女──天野澪の姿だった。

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