第11話 莉緒と澪
「兄さん、この人は……?」
俺の背に身を隠しながら、莉緒は問いかける。
目の前の少女の本性を知る身からすれば頭を抱える状況ながらも、さて……どう説明したものか。
「黒鉄君の妹さんですね。申し遅れました。私は天野澪。彼のクラスメートです」
そんな俺の心境を察したのか、天野澪はどこか影のある笑みで莉緒に手を差し出した。
「……どうも、黒鉄莉緒です」
莉緒は冷淡とした様子を見せていたが、そのまま彼女の手を取る。
側から見れば、今の彼女は人見知りな子供に心を開いて貰うために親しげに話しかける姉のような存在にも見えるかもしれない。
特に莉緒は幼い頃から俺や奏以外で心を開ける相手が居た試しはほぼなく、特に同性ならば尚更だろう。
「ふふ……やっぱり兄妹ですね。黒鉄君とそっくりです」
「そうか?自覚はないが」
「自分ではあまり気がつかないものです。どちらかと言えば、黒鉄君が妹さんに似せているのでしょうか?私から見ても黒鉄君は女性側の顔立ちだと思いますよ?」
「あー、何か久しぶりに言われた気がするな。それ」
と言っても、小学生だった頃に奏や周りにからかわれた程度だが、当時はわざと目を細めたり日焼けなどを試みていたなと振り返る。
子供の頃の記憶とはいえ、脳内に刻み込まれていることを考えると、自分が思っている以上に気にしていたのかもしれない。
というか、マジで女顔なのか?俺。
「話が逸れてしまいましたね。それで、どうでしょう?黒鉄君達の朝食、私もご一緒しても?」
「……まあ、俺は構わないがな」
俺は何気ない自然体を装い、天野澪の様子を観察した。
本音を言うならば、莉緒が居る状況で他の女と行動を共にするのは避けたかったが、彼女の意味深な笑みによってその選択肢はかき消されてしまっていた。
『断るなら、あの日のこと──妹さんに話しても構わないんですよ?』
彼女の余裕の笑みからは、そんな心声が嫌でも聞こえてくる。
ランニング用のジャージ姿に包まれ、一見朝練に見せかけてはいるが、それも偶然を装った理由付けか?
プレジャーレストランの時といい、つくづく回りくどいやり方をしてくれる。
となれば、本題はもはや言うまでもない。
「えっと……天野先輩?」
「澪、で構いませんよ。苗字で呼ばれるのはあまり慣れていませんから」
「すみません、では澪先輩で。兄さんとはどういう関係なんですか?」
「はい?」
「いえ、もしかしたら、恋人同士──なんて思ったりしたもので」
「(ああ、やっぱりそう来るよな……)」
全身の力が一瞬にして抜けた気がした。
ろくに接点のない天野澪だけに、莉緒からの問いに彼女がどう答えるのかは──まあ大体は想像出来るか。
「そうですね……あえていうなら、私の初めてを奪った男の子、でしょうか」
瞬間、凄まじい殺気を感じ取った。
それは、もはや何度目かに渡り、俺自身が身を持って体験して来たこと。
怒りと嫉妬に狂った妹の暴走。
普段ならば防衛体制を取るところを、俺はあえてその状況を見守り続けた。
「おや?随分と物騒な物を持ち歩いているんですね」
「なっ!?」
そんな俺をよそに、気がつけば莉緒は昨日と同じく、果物ナイフを天野澪に向けていた。
しかし予想通り、彼女の反応の速さと身体能力は健在。その手首を不敵な笑みで掴む天野澪に対し、莉緒は驚愕の目を向けている。
「これは考えを改めなければいけません。冷静で自信家なお兄さんとは違い、直情型ですぐに熱くなる。残念ですけど、それだけでは彼の隣には立てませんよ?」
「っ……!」
天野湊は自らの手に力を込め、莉緒の手首から果物ナイフを振り落とす。
そのまま手首を解放すると、莉緒はとっさに彼女から距離を取った。
「あんた……一体……」
「ふふ……早くも本性を表してくれましたね。嬉しいです」
これ以上にない殺気を向ける莉緒に対しても、天野澪の態度は変わらない。
正直、いつかはこんな日が来ることはわかっていたが。
「(よりにもよってあんな事があった翌日とはな……)」
俺は周りを見渡すも、相変わらず人通りは少なく、周囲の人間がこちらに気づいた様子もない。
「さて、黒鉄君。わかってもらえましたか?私にも躾のない子供をあやす程度なら造作もありません。それとも……もう一度、黒鉄君がその身で体験してみますか?」
先ほどとは打って変わった鋭い視線を向ける天野澪。
しかし、凶器を向けてきた相手を躾のない子供呼ばわりとは……わざと莉緒の神経を逆撫でしたか。
この女如きに、自分が殺されることなどあり得ない。あなたが目を向けるべきは、自分だと……。
「悪いな、妹が迷惑をかけた。その罪滅ぼしと言ってはなんだが、俺に出来る事があるなら可能な範囲で聞くつもりだ」
「兄さん!」
「お気になさらず。私の望みはただ一つです。一緒に行きましょう?黒鉄君と妹さんと三人で。プレジャーレストランに」
そう言い、くすくすと笑みを浮かべる天野澪。
現時点、俺が最も解決するべき問題は間違いなく奏だろうが、認めるしかないようだ。
この女は間違いなく、俺がこれまで会った中でもっとも厄介な相手である、と……。
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