第4話 小悪魔な天使の告白

 昼間の出来事を振り返りながら、俺はあくびをしながら家とは正反対の隣町を歩いていた。

 時刻は18時半を過ぎ、昼食時には丁度いい時間だが、基本食事を取るのが20時を過ぎる俺にとってはそこまで空腹という訳ではなかった。

 その目的は勿論、あの少女……天野澪に貰ったファミレスの無料券だ。

 別に約束した訳ではないが、彼女からの好意、これからのことを考えれば無駄にするのも気が引ける気がした。


「あ、ここか」


 二十分程歩いた後、俺はようやく目当ての店を発見。そこには『プレジャーレストラン』と随分な名が書かれた看板があった。

 その下には煽り文か"最高の快楽を貴方に"と書かれている。


 見た限りでは、ただのファミレスにしか見えないが、店の大きさに対し、ぱっと見ただけでも駐車場には30台以上の車が止められていいた。


「(確か、あの女の父親が経営してる店って言ってたな)」


 だとすれば、味も期待出来るのだろうか?もしかしたら、席に着くまで長い時間待つ事になるかもしれない。今のところはそこまで空腹でもないし、それならそれで結果オーライと言えるが。


 俺はそのまま扉を開ける。


「おぉ……」


 しかし、そこで見た光景に俺は一瞬にして度肝を抜かれていた。券で見た以上に大胆なウェイトレスの制服──バニーガールにミニスカートを追加したような胸元や太ももが露わになっており、すっかりと身体のシルエットもさらけ出していた。

 もはや、そっちの店としか思われないデザインである。


「いらっしゃいませ♪プレジャーレストランにようこそ!一名のご主人様──あっ……」

「(え?マジ?)」


 もっとも、一番の驚きは平然とそこで働く天野澪……俺をこの店に誘った張本人の存在だったのだが。


 俺は改めて店内を見回す。一言で表すなら、特定の層をねらったサービスが特徴というべきだろうか?

 さらに視線を左右に向けると、自分より年下であろう子供から40代程の幅広い年齢層。

 それだけなら通常のファミリーレストランと変わらないだろうが、問題はその全員が男という点だろう。

 それも、遠目からでもわかるメタボ体型かつ油きった髪の毛。ダボダボのジーパンにチェックシャツ、ハーフパンツ。勿論、例外も存在するが……。

 俺はようやく納得する。多分、この店とは今日限りだろう。


「えっと、ご注文はお決まりですか?」

「……悪いな。なんか食欲なくなってきた」


 そのまま席に案内され、目の前にはハンディー端末を持つ天野澪。思わず、その狙ったデザインの制服に身を包まれた彼女に見入ってしまう。

 

「本当に来てくれるとは思いませんでした」

「え?ああ、来ないと思われてたのか?というか、知られたくなかったなら、わざわざ券なんて渡すこともなかったろ」

「いえ、そういう意味ではありません。それに、他にはお礼する物もなかったですし」


 やや戸惑いを見せつつも、目の前の少女に恥じらう様子はない。本人の言うように、ただ単に俺が来るのが予想外だったというだけなのだろうか?


「それにしても、ふふ……その視線、黒鉄君も男の子なんですね。でも、今なら好きなだけ見ても構いませんよ?」

「こりゃ明日死ぬかもなぁ、俺」


 我ながら冷ややかな目に対し、悪戯っ子のように笑う天野澪。

 彼女とは同クラスながらもろくな接点もなく、どこか引っ込み思案な印象を持っていたが。

 まあ、人は見かけによらないということだろうと俺は早々に納得した。


「それ以上に、あんたってそんなキャラだったんだな。健全な童貞の反応を見て楽しむのもいいが、その事実をクラスの男子に知られちまってもいいのか?」


 もっとも、父の店の手伝いなら仕方ない方法で済むかもしれないが。明らかにノリノリの彼女を見てるとそうも思えない。

 そんな俺に対し、天野は意味深な笑みで段々と顔を近づけてきた。


「そうですね、それは困りました。では黒鉄君、この事はクラスの皆さんには黙って置いて下さい。見返りは、ご主人様の望むだけ……」


 小さな声で耳元で囁く。さらりとした爆弾発言と共に、俺の耳に息を吹きかけてきた。そのあまりのギャップの違いに、俺も思わず口元を緩めてしまう。


「とんだ天使だな。悪い方の」

「ふふ……ありがとうございます。少しでも元気になってくれたなら何よりです」

 

 天野は頬を染めながら恥ずかしそうに微笑んでいた。この店とは今日限りだと決心したばかりではあるが、早くもその決意は揺らいでしまっていた。


「というか、どいつもこいつにも知れ渡ってんのな。本当、噂ってのは恐ろしい」

「ですが、悪いことばかりではありません。だからこそ、助けたいと感じる人も中には居ます」

「そうだな。ま、とりあえずは注文するわ。ハンバーグセットっての貰えるか?」

「かしこまりました。ところで、黒鉄君は長居で?」

「いや、食ったらそのまま帰るつもりだ。妹も心配だしな」


 それは約一年前、高校に入学したての頃だったろうか?

 裕也から他校との合コン(?)に誘われ、一晩中カラオケで過ごしていた日の事だ。

 時刻は深夜0時を過ぎ、家へと戻った俺が直視したものは血眼になって俺の帰りを待つ妹の姿だった。


"兄サン……浮気シタ浮気シタ浮気シタイツマデモ一緒ニッテ約束シタノニ約束シタノニ約束シタノニ約束シタノニ浮気シタ浮気シタ浮気シタッッ!!"

 

 その台詞を聞いたのは、何百、あるいは何千回だったろうか。正直、思い出すだけでも寒気が襲った。

 今だからこそ笑い話には出来るが、あれを説得するのは随分と骨を折ったものだ。

 文字通り、自分の骨を……。


「うん?黒鉄君、どうしました?」

「あ、いや、何か用事でもあるのか?」

「用事という程でもないですが、黒鉄君さえ良ければ、裏口で少しお話しでもどうでしょうか?私も今日は後30分ほどで上がりですので」


 思わぬ誘い。特に用事などはないが、その誘いを妨げるのはやはり妹の存在。

 予想もしなかった天野澪の一面は俺の中でも好印象だった。断るのも悪い気はしたが……。


「大丈夫です。長居はさせません。私も父が厳しく、門限は九時までですから」


 俺の心を読んでいたかのように拒否権を潰しにかかる。あまりのタイミングの良さに、本当に読んでいたのか?とも疑ってしまった。

 まあ、それならそれで……。


「妹さんが心配なら、帰りはタクシーを使いますか?この店の関係者なら、無料で送ってもらえますので」

「頼めるか?」

「勿論です。私の無理なお願いですから」


 嬉しそうに微笑む天野。しかし、これは思わぬ収穫だった。

 元より歩いて数十分の距離の道を歩くのは手数だったので、かなりのリスクを避けられる。断る理由もないだろう。そのタイミングで、別のオーダー機が音を立てた。


「あ、はい。すぐ行きます!では黒鉄君、また後で」


 そう言い残し、別のオーダーに去っていく天野澪。

 俺はしばらくその後ろ姿を眺めていたが──まあ、今更手遅れか、と目を閉じた。

 やがて数分後、別のバニーガールのウエイトレスが頼んだハンバーグセットを持ってきてくれた。


 何やら"魔王の愛液"やら"口移し"やら完全に危ない単語が出て来たが、健全、童貞、シャイボーイである俺は丁重にお断りした。


 



「悪い、待たせたな」

「いえ、私も今まで後始末をしていましたから」


 なるべく早くハンバーグセットを平らげ、俺は指定された場所へと足を運んだ。

 流石に飲食店の裏口なだけあり、狭い路地ではあるが、人通りは全くない。話すにはもってこいだ。

 彼女も先程までのはしたないバニーガール姿はなく、普段俺が最も多く目にかかる制服に身を包まれている。


「改めて言っておく。今日はサンキューな。いい気分転換になった。正直、別の意味で空腹を満たされた気分だが」

「振り返ると恥ずかしい気もしますね……あの、本当にこの事はクラスの皆には、言わないで下さいね?私、あんまりからかわれるのは慣れてなくて……」


 さっきまでの小悪魔な印象はどこへやら。頬を赤らめ、モジモジとした様子で要望してくる天野澪。

 もしかすると、あのバニーガールには店員をその気にさせる魔力でもあるのだろうか?一瞬であるが、そのギャップの違いに俺は思わず心が奪われそうになってしまった。


「まあいいけどな。で、どうする?あんま時間もないが、どこかに入るか?」

「……いえ、あんまり人には聞かれたくない話なので」

「あ?どういうこと──っ!」


 俺は目を疑った。先程まで3メートルは離れていたであろう天野澪の顔が密着するほど目の前まで迫っていたのだ。

 あまりに突然にして、一瞬の出来事。とっさに距離を取る俺に対し、天野澪の目線は俺を捉えてはおらず、モジモジと左手を首に重ね合わせ、左腕はブレザー着の内ポケットに隠れている。


「く、黒鉄君!」

「お、おう……?」


 かと思えば、今度は俺の目をしっかりと捉えて来た。まさに、逃げ場などないと言ったばかりと対応。

 次の瞬間、その真相の全てが明かされる事になる。


「あの……ずっと、あなたのことが好きでした!私と……私と付き合ってください!」

「……へ?」


 天野澪の瞳は真っ直ぐに俺を見つめていた。見た感じ、嘘はついているようには見えない。

 俺は思いっきり右の頬を抓ってみる。痛かった。

 もっとも、本題の方は──


「っ!」


 俺は、突如として信じられない程の速度で迫って来た天野澪の左手首を掴み上げた。


「お、ようやく本性のお出ましか。あれはあれで面白かったけどな」


 天野澪は恐ろしいものでも見るかのように俺を見上げてる。

 掴み上げた手の平からはリモコンサイズの端末のようなものが握られており、ビリビリと物騒な高電圧が音を立てていた。

 そう──俗に言うスタンガンである。


「……ふ……ははははは。流石です、黒鉄君。やっぱり私は──あなたが欲しい……」


 目の前にて対峙する少女──天野澪の黒く、濁った、一筋の光も映さない、正気のない瞳。

 その姿に、俺も思わず口元を緩ませてしまう。

 

「(ほら、やっぱり。思った通りだ)」


 

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