哲学、衒学、狂わしく拙悪
私はどこに実在しているのか、なんてことを素面でのたまう人間がこの世にどれだけいるのか私は知らない。ただし、少なくともひとりは知っている。
それは何を隠そう私の姉で。
私自身を文学少女とするなら、彼女は哲学少女である。
似ているが違う。断じて違う。似ているということは同じではないということだ、なんてことを言ってしまうと、少し姉に似てしまうのだろうか。まあ、なんだ、何の影響も受けていないとは、さすがに言えない次第である。
とにかく、家に帰れば、私の部屋の隣には、私に似た、私が似た、私ではない哲学者が棲んでいる。棲んでいて、私がふと扉を叩いて中に入ると、ぞろりとゾンビの目玉がこぼれ落ちてくるみたいな様で私にしなだれかかってくる。お決まりだ。やや鼻にくる悪臭までセットでお決まりだった。
「我がお姉様よ。今日もまたこのセリフを言わせてもらうのだがね、少々でもいいんだ、この部屋は腐っていると、そう思ってくれはしないかい?」
「ははは、当然だ、ははは。何せ私自身が腐っているのだから」
「違う馬鹿。この部屋の腐臭は紛れもなく、いまお姉様の足元で泡立っている、謳い文句にできないほどに発酵し過ぎたヨーグルトの成れ果てのせいだろう」
「おや本当だ。食べかけだったのだが、いったい何処に行ってしまったのかと思っていたよ」
「嘘をつけ! 少しでもそう思っていたならさっさと探して片付けろ! 数学少女のほうがまだ人間的だぞ!」
「ああ、彼女……元気かい? 懐かしいねぇ、あれはまだ君たちが小学生の時分だったか」
「適当を言うな。誰かもわかっていないだろう。ついでに言うが、彼女と知り合ったのは三ヶ月前だ」
「なら我が妹様よ、何故その私の知らない某殿の話を知らない私に振ったんだい」
「勢いだ。私の知り合いにはなぜか変人が多いが、そこで人間味に欠けるランキングを立てたなら、間違いなく一番は哲学少女で二番目が数学少女なんだ。そういう話だ」
間違いない。それは間違いなく間違いない。
三番手は同率が多すぎて断定できないが、強いて言うなら油絵少女で、敢えて言うなら看護少女だ。
「私の場合、もう少女という年でもないのだがね」
「だが、フローリングの上でヨーグルトを培養している大人を私は大人とは認めていないぞ。まあ、大人子供以前の問題のようにも思うが」
「それは手厳しい」
「どこが?」
嘆息しようと思ったが、無意識のうちに何度も息を吐いていたらしく、溜め息の在庫は肺腑に残っていなかった。幸いなことにティッシュは存在していたので、鼻をつまみながら発酵母胎を掬い取ってゴミ袋の中にシュートする。
「哲学少女というか、劣悪少女だな……」
「そんなところで韻を踏んでくれるな」
「こんなところで菌を踏みかけるよりマシだ」
「どんなところでも危険は降りかかるものさ」
ああ、私はこういうところでブレスのリソースをリリースしているらしい。
「とにかくお姉様、哲学を衒うよりも先に、せめて奴隷でも何でも雇ってくれないか? このままでは遠からず私はお姉様とすらも呼ばなくなるぞ」
「お姉ちゃんから姉さんに姉とお姉様と来て、これ以下の呼び名がまだあるのかい?」
「ゴミ」
「……妹らしくもなく直球だね……。わかった。さしもの私も、最愛の妹にゴミ呼ばわりされるのは避けたいところだ」
「何よりの答えだ」
「というわけで部屋を片付けようと思うのだが、奴隷くん、少し手伝ってくれないか」
「……かしこまりました。それでは一番大きなゴミから片づけましょうか」
「待て待て待って待ってくれ! 小粋な冗談じゃないか! だから、つまり、その……すまないが少し手伝ってくれないか?」
「はぁ……高くつくぞ」
なんだかんだで。
私は姉に似ているのだ。同じではないから似ているのだ。
いやところで、今回の話、果たして哲学少女らしい場面はあったかな? これでは本当に劣悪少女なのだけども、まあ、再登場の機会があったなら、存分に挽回していただきたい所存である。第一印象がすべてと言うし、案外その次の機会とやらにはもう、劣悪少女として登場してくるのかもしれないが。まあ。
いまはとりあえず、少なくとも劣悪少女からは足を洗ってくれていると、多分なんかこう活躍する少女になってくれていると、そう信じるばかりである。
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